14‐4
入ってきた扉とは反対の扉を開け通ると、エリの後について歩いていく。
広く道に迷いやすい構図なのは“最悪の事態”を想定してとのこと。しかしそれ故しばしば新入りが迷子になることも多かった。
たどり着いたのは夜星の間のように装飾が施された1枚の鉄扉。しかしこちらに描かれているのは、ローレルの冠を頭に、瞳を閉じた女の姿だった。
エリはそれを開き、アクティーも後に続く。
扉が、ガチャリと大きく鈍い音を響かせて、閉じた。
入った場所は広間。それまでのふわふわのじゅうたんとは違い、床は透き通った緑の石でできている。
部屋をぐるりと囲むのは複数の、等身大の人形。顔のない彼らはそれぞれ鎧やローブをまとっている。
ヒールの音を響かせながらエリは広間の中央へと歩いていった。
正面に立ち塞がるのは、他に比べて大きな白い扉。
「この奥に元帥たちがいるから失礼のないようにね」
それはこっちの台詞だと言いたくなるのをこらえ、アクティーは小さくうなずく。
それを確認すると、エリは懐から白銀の鍵を取り出した。
高く掲げると、声高々に言い放った。
「聞け! 我はダフネに与えられし聖樹の冠を頂く者なり! 我らの父へと続く栄光の道よ! 我らの父へと繋ぐ栄誉の扉よ! 全ての者の瞳を閉ざせし今こそ! 開け!」
紡がれた言葉に従うように、周囲の人形たちの首ががくりと下を向いた。
そして周囲の明かりがふっと消える。同時に掲げた白銀の鍵が強い光を放ち、白い扉へと伸びた。
ガチャリと大きく鈍い音がすると同時に、ギギギと音を立て、扉がゆっくりと開いた。
扉の奥から伝わる空気は重みがあって、立っているのも辛い。そう感じてしまうのは、やはり風雲の証があるからこそだろう。
つと額から汗が零れ落ちる。やはりこういうとき自分の能力を呪いたくなる。
「道は開けたよ」
振り返り、にっこりと笑いながら手を振るエリを見て、ふっと笑みを零すとアクティーは扉に向かい歩み始めた。
* * *
無造作に置かれた大小4つの机。必要以上に、これまた無造作に置かれた種々雑多な椅子。
あらゆる家具が明らかに機能していないだろう位置に配されている。
その奥には白い階段が上へと伸びていた。
「来たか」
白い柱にもたれかかり腕を組んでいる、黒髪の男がこちらを見やった。
コートの上からベルト、腰には剣鞘をはいている。引き締まった体は努力のたまものだろう。
一見すると傭兵のように見えるが、左胸に施されている刺繍が協会の人間だということを証明している。
「へえ、聞いてたよりいい男じゃない」
机に肘をついているのは褐色の肌の女。
紫のドレッドヘアーに、左耳だけついているイヤリング。
だがそれ以上に強い印象を与えるのは、その格好。
着崩したコート。その下に来ているタイツは、色々と見えそうで見えないギリギリの位置まで網目状になっており、右足にはブーツ、左足にはヒールをはいている。
濃いめの口紅が塗られた唇がにやりと歪む。
「お初にお目にかかります。フォルガナ支部配属のアクティー・グラン・ジェストと申します」
そんな彼らに名乗ると、深々と礼をした。
さすがのアクティーでも、この場でふざけられるほどの非常識は持ち合わせていないし、そもそも余裕などなかった。
「もう、みんな威圧的すぎ。もっと優しくしてあげようよ」
部屋のやや中央に置かれた木製のタンス。開かれたその場所には幼い顔の少年が腰かけている。
コートの下にパーカーを着ており、頭にはフードをかぶっている。
「ほら、もう顔上げていいよ」
そう言われ、ゆっくり、恐る恐る顔を上げると、姿勢を正した。
少年はニコニコと笑っている。
ちらりと視点を変えると、部屋の隅に配置された白いソファーの上で、少女がすやすやと眠っているのが見てとれた。
長く薄黄色の髪はふわふわのロングヘアー。頭には銀の蝶の髪飾り。
白いふんわりワンピースの上に、コートの袖を結び合わせてショールのように羽織っている。
心地良さそうに微笑みながら眠るその顔は、さながら天使だ。
この4人の間を抜けて、さらに大元帥に会わねばならないというのだから、心臓の弱い人間はここで倒れるかもしれない。
――4人?
そこでふとおかしなことに気づいた。
しかし彼の疑問に答えることはなく。
「ぼーっとするな。大元帥に会いに来たんだろう?」
黒髪の男に急かされ、はっと現実に戻ると、アクティーは歩を進めた。が。
「ストップ」
途中で声がかかった。
相変わらず机に肘をつけたままだった女がすっと立ち上がった。
「大元帥にどういう用事があるのか。そこまで聞いてないのよねえ」
そう言うと、女はアクティーの側へとじりじりと歩み寄ってくる。
彼女の側に寄ってはいけない。
一歩身を退く。
「おい、そいつを殺す気か? 止めておけ」
黒髪の男がもたれていた柱から身を起こした。
同時にタンスに腰かけていた少年も立ち上がった。
「ええ? だって気になるじゃない。貴方たちだってそうでしょう?」
視線だけそちらを向くが、体は相変わらずアクティーの方へと向いたままだ。
「まあ確かに気にはなるし、何よりはっきりしないのは俺の信条に反するがな」
そう言うと男は剣の柄に手をかける。
この男もまずい。
さらに一歩退く。
「ちょっとちょっと! 2人ともストップ!」
少年が慌てた様子で、大声を出し、止めに入る。
その間も少女は眠り続けている。
なぜかピンと張りつめてしまった空気に、アクティーは動けずにいた。
やがて女が小さく息を吐き出した。
「冗談よ」
肩をすくめると、すっとアクティーの側から離れた。
それを見た男も手を下ろす。
「まったく……2人とも冗談なのか本気なのか分からないから困るよ」
少年も気が抜けたのか、呆れた声で元いた場所に戻っていく。
そして、唐突に冷めたように、彼らはアクティーから目をそらした。
というよりも、各々自分の世界へと戻って行ったと言うべきか。
男は再び柱にもたれ、何かを考えるかのように目を閉じ、女もまた、机に肘をつくと、ぼんやりと宙を見やる。
少年はタンスに腰かけると小さくため息をついた。
そんな中でも少女は相変わらず眠ったままだった。
ここはさっさと抜けるべきだ。
そう判断したアクティーは足早に奥にある階段を上った。
* * *
階段を上りきったところにはまた扉。焦げ茶色の両開きの扉。
しかし今までのものが、絵が彫られていたり、大きなものだったりと立派なものだったのに比べると、至って普通に見える。
アクティーは小さく深呼吸をすると、できるだけ大きめにノックした。
「どうぞ」
中から低い男性の声が聞こえた。
「失礼いたします」
金色のノブをひねり、恐る恐る中へと入る。
そっと扉を閉めると、奥を見る。
部屋も至って普通だった。
広すぎず、小さすぎず。
客人が来た際に使うであろう低めのテーブルと黒い革のソファー。壁にかけられた絵画、観葉植物。
奥には、フォルガナで自分が着いていた席とよく似た、焦げ茶色の机に回転椅子。
意外なことに机の上は綺麗に片づけられていた。
大元帥ともなるとあれこれと目を通さねばならない書類などがあると思っていたのだが。
いや、よくよく考えればここに人が来ると分かっているのだ。ならば重要な書類などは片づけているのが当然か。
などと考えながらも、奥にいる人物、背を向けているその姿を見る。
白髪にがたいの良い体格。うわさでは70代だと聞いていたが、その背を見る限り、とてもそうは見えない。
くるりとこちらに体を向ける。
「待っていたよ」
シワ一つないワイシャツにぴしっと締められたネクタイ。口元から生える白い髭は綺麗に顎下で整えられていた。
アクティーはぴしっと姿勢を正すと、深々と礼をした。
「フォルガナ支部配属のアクティー・グラン・ジェストと申します。この度は――」
「いや、前置きはいい」
そう言われ、思わず顔を上げてしまった。
それを気にすることもなく、男は席に着くと、鋭い視線をこちらへと向けた。
「もう少しこちらへ来なさい」
体を起こすと、言われたとおり机の前へと歩み出た。
「よろしい」
男は満足気にうなずくと、瞳を閉じる。直後、再度しっかと見開いた。
この人の前では嘘をつけない。全てを見通し、逃げることも許さない。
そんな気がした。
「私が世界治安協会シルジオの3代目大元帥、ラグダナフ・トードロイドだ」
部屋の空気がピンと張りつめる。
鼓動が早くなる。何もやましいことをしに来たわけではないのに。
「この世界の現状……近いうちに君が来ると思っていたよ」
「私が、ですか?」
思わず聞き返してしまった。
大元帥――ラグダナフは大きくうなずいた。
一瞬だったが、伏せた目がどこか悲しむように見えて。
「地水火風の証――風雲の証を手にした君がここへ来たということは、だ」
「……やはりご存じだったのですか」
アクティーが風雲の証の所有者だということは、実はごく一部の人間しか知らない。
彼は証所有者としてではなく、風使いという通り名で認知されている。
知っているのは彼が心を許した相手だけ。
それは特別な目で見られたり、距離を置かれたりするのを避けるためだった。
だがそのことを、入会を許可した大本である大元帥が知っていてもおかしくはなかった。
仮にも魔法使の頂点に立つ者だ。入会試験の際も、仕事をこなす際も、風使いという枠よりはみ出るほどの技量を持っているのだから、見極めるのはたやすいことだっただろう。
「……太陽の証を持つ者が現れました」
相手に聞かれるより先に答えた。
いや、答えるように促された、というのが正しいかもしれない。
「そうか……」
ラグダナフは小さくため息をついた。
「して、その人物はどのような人間なのかね」
じっと見つめる彼の視線に、若干言うのをためらった。
「……17歳の少年です」
「なんだと?」
それを聞いて思わず立ち上がった。
無理もない。いくつもの惨状が起こる世界。それを救う重要な存在なのだ。
それが成人してもいない少年が選出されたというのだ。驚きもする。
「間違いありません」
本来ならこの後に、彼がこの世界とは別の世界からやってきたこと、本人があまり乗り気ではないことなど伝えるべきなのかもしれない。
何せここは世界治安協会なのだから。勇者を援護するのが本来の役目なのだから。
しかしさすがにそれを言うことはできなかった。
これ以上そんなことを言えば怒り出す――むしろ、嘆き出すだろう。
「強いては、フォルガナ支部を離れることを許可していただきたく、こちらへ参りました」
ここへ来た目的を話すと、アクティーは再度深々と礼をした。
ラグダナフはため息をつくと、椅子に座り直した。
「これも運命か……」
目を閉じ、しばらく何事かを思案していたが、やがてゆっくりと目を開け、礼をしたままのアクティーを見やった。
「分かった。君が所属を離れることを許可しよう」
その言葉に一度顔を上げると、再度深々と礼をした。
「ありがとうございます」
「これから協会の方針は、勇者の支援を最優先とする」
再度顔を上げ、礼を述べようとしたアクティーを、続きの言葉が止めさせた。
「だが、その前に一つ試させてもらおうか」
「……は?」




