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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第2話 知らぬ地 知らぬ風
7/196

2‐3

 やっとのことで遺跡を後にし、一行は森の中を歩いていた。

 陽の光。優しい風。鳥たちの声。足元には色とりどりの小さな花。

 軽く深呼吸をすると、花の甘い香りがすうっと体内に入ってくるのが分かる。


 ラウダは、禁断の地と違い、温かみのあるこの森が気に入っていた。

 あちこちに目を向けると、様々な風景を堪能していた。

 だが、前をちゃんと見ていなかったために、急に立ち止まったノーウィンの背中にぶつかってしまった。


「痛たた……急にどうしたの?」


 何事かと、彼の表情を見て、驚いた。

 そこにあったのは先程までの笑顔ではなく、何かをにらむような、獲物を探している者の顔だった。

 セルファも無表情ではあるが、心なしか表情が硬い。


「ノーウィン」


 ささやくように名を呼ぶと、相棒は小さくうなずいた。


「ああ、分かってる……」


 しかし、何を分かっているのか理解できないラウダは困惑することしかできなかった。


「な、何? どうした――」

「囲まれてる。しかもなかなかの数だな」


 彼の言葉にぎょっとなり辺りを見回すものの、相手の姿などどこにもない。

 だが耳を澄ませば確かに何か物音がするのが感じられた。


 足音、草をかき分ける音――


「ど、どうするの!?」

「任せろ、って言いたいとこだが……無茶はできないかもな……」


 抱えたローヴと背後にいるラウダを交互に見つめると、不安そうな声で答えた。

 そこへ突然、何かが陰から飛んできた。

 それはまっすぐにラウダの方へと向かう。とっさのことにその場から動けず、腕で自分の身をかばおうとする。


 だがそれより早く、硬物と硬物がぶつかる音が響く。

 飛んできた物は、軽い音を立て地に落ちた。


 小型のナイフだ。


 そしてそれをたたき落したのも、ナイフだった。

 だが落ちているものより、二回りほど大きく、銀色に磨き上げられていた。

 それを両手に、セルファがラウダの前に立っていた。


「……1人で十分」


 それだけつぶやくと、勢いよく敵のもとへと駆け出した。

 音もなく、さっそうと駆ける様はまるで風のようだ。


「えっ、あっ!」


 突然のことに驚き、言葉にならない音を発してしまう。

 自分たちの周囲を囲んでしまうほどの大群相手に、少女1人が突っ込んでいくのは無謀すぎると思ったのだ。

 しかし、その不安をノーウィンが払った。


「あいつなら大丈夫さ。見た目に寄らず強いのはお前だけじゃないんだぞ?」


 にっと笑顔を見せるものの、すぐに先程のにらむような顔つきへと変わった。

 いくら強いことを知っていたとしても、やはり心配であることに変わりはないのだろう。


 彼女が突撃するのと同時に、茂みや木の陰に隠れていた敵が続々と姿を現した。

 先程、遺跡で出会ったゴブリンという名の、魔物だ。

 小さなナイフを振り回し集団で襲いかかるが、彼女の方はさらりとかわし、両手に握った短剣で切りつけていく。

 身軽な体は敵の攻撃を物ともせず、舞うように地を蹴る。それに合わせて緑の髪と長く白い袖が揺れる。

 少女の予測できない動きにゴブリンたちは翻弄される。


 しかしその一方で、残された3人を襲おうと敵が飛び出してくる。


「やっぱり、無理があるか……!」


 ノーウィンが攻撃態勢をとるが、両手はローヴを抱えているので塞がってしまっている。

 彼女をラウダに任せてしまえばいいのだが、それをして、もしも2人が襲われてしまえば守りきれない。

 つっと額から汗が流れる。


 どうすればいいか悩んでいた時、ラウダが前へと出た。


「僕が……僕に任せて」


 ノーウィンは驚きを隠せなかったが、こうするしか方法はなかった。


「……無茶するなよ」


 ラウダも任せてとは言ったものの、戦ったのはさっきが初めて。むしろ怖いくらいだ。

 見たこともない生き物と戦うこと。

 いくら芝居で剣術を勉強したとは言え、それは魅せるため。これは生死をかける戦いなのだ。


「でも……」


 守られているだけなのは嫌だった。

 自分が足手まといになっているのは明らかなのだ。ならば少しでも助力を。


 右腕を振り上げ、敵を正面から斬りつけた。

 顔面に命中し、相手は後ろへと倒れた。その隙にも数匹が飛びかかってくる。

 しかしラウダは片足を重心にくるりと回転すると、あっさりと攻撃を避け、そのまま斬った。

 さらに、1歩身を退くと剣を水平に握り、突き、斬り上げる。

 それを見ていたノーウィンは、そのテンポの良い戦い方に若干の違和感を覚えた。


 そんなこととは露知らず、ラウダは向かってくる敵を次から次へと打ちのめしていく。


 しかし、やはり物には必ず限界がある。


 ラウダの握っていた剣は所詮装飾用。本来戦闘に向いているものではないのだ。

 力強く、勢いよくたたきつけたのと同時に、半ばから折れてしまった。


「こんな時に……!」


 残った2匹のゴブリンが、ここぞとばかりに突撃してきた。

 手元に残った柄を握るが、もう武器としては使い物にならない。


 手段を失くした今、やられるしか道はない。


 その時、ラウダの髪をかすめて、両側から何かが飛んできた。

 耳元に空を切る音が響く。

 それは2体のゴブリンの身に直撃、突き刺さった。そしてそのまま後ろへ倒れた。

 制したのは一対の短剣。投げたのはもちろんセルファだ。


「はぁ……何とかなったみたいだな」


 今までためていた緊張をため息としてまとめて吐き出すノーウィン。


「剣が折れた時にはどうなるかと思ったけど、よくやったなラウダ」


 相変わらずまぶしく笑う彼の褒め言葉に、ラウダは思わず強張らせていた表情を緩めた。

 セルファが短剣を回収しようとラウダの横を通り抜ける、その瞬間声が聞こえた。


「まだまだね」


 確かに彼女はそう言った。

 慌てて彼女の方を振り返るが、相手は何事もなかったかのように突き刺さっている短剣を回収していた。無言無表情は変わらない。


「あ……ありがとう」


 とりあえずお礼は言うものの、やはり反応はなかった。


「しかし……今日は異常だな……」


 ノーウィンが眉をひそめながら言う。彼の言葉に対応したのはセルファだった。

 短剣についた血を払い、元通り腰の鞘にしまうと、立ち上がり真剣な面持ちで言った。


「何かが、起ころうとしている……いいえ、もう起こっている……」


 何かが起こっている。その言葉は何故かラウダの心をざわつかせた。

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