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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第14話 王都にて
69/196

14‐2

 とっぷりと日が暮れる。


 宿へ至るまでの道中、何度も人とすれ違う。

 いずれも華やかな服装の人間ばかりで、男性は真っ白なスーツに、汚れると大変そうな靴を。女性は重そうなドレスや、縁が大きすぎる羽帽子などをかぶっている。

 上品そうに笑う彼らを思わず目で追う。

 まさに自分たちが演じてきたような人間が実際に歩いている。それがどうにも変な感じだった。


「あれ?」


 とあるものが目に入り、ラウダが声を上げ立ち止まる。

 先へ進もうとしていたノーウィンもまた立ち止まり、振り返った。


「どうしたんだ?」

「ねえ、宿屋ってあそこじゃないの?」


 ラウダの指差す方向には確かに宿屋の看板が出ている。

 ノーウィンは困ったように笑うと首を横に振った。


「俺たちの泊まる宿はあそこじゃないんだ」


 不思議に思い首を傾げるも、再び歩き始めたノーウィンについていく。

 そうしてたどり着いたのは、宿屋。

 といっても先程ラウダが見た宿とは大きく異なっている。


 あちらは大きくて立派な白レンガ造りの建物で、入り口ではボーイが1人、客を迎え入れていた。

 こちらはというと、同じ白レンガ造りのはずなのに薄汚れており、当然というべきか入り口には誰もいない。はっきり言うと安っぽい。

 しかし店先でそんなことを言うわけにもいかない。仲間たちに続いてラウダも入る。


 ぎしぎしときしむ床を踏みしめた先にあるのは、ささくれ立った木製のカウンター。

 そこには背を向けた男が1人。図体がでかく猫背の男はどことなく胡散臭く見えた。


「ほら、客だよ!」


 ガレシアがカウンターを指でとんとんとたたくと、男はめんどくさそうにこちらを振り返った。

 腫れぼったい目で、一行をじろじろと見やる。

 とても客を迎え入れるような態度ではない。


「部屋を2つ借りたい」


 ノーウィンがそう言うと、カウンターの内側でごそごそと音を立て、宿泊客一覧のリストとペンを突き出した。

 それを受け取ると、代表者の名前――今回はノーウィンとガレシアの名――を記入した。

 男は返されたリストを再度ごそごそとしまい込み、代わりに鍵を2つ差し出した。

 言葉もなく態度も悪かったが、簡単に礼を言うと、一行は2階へと上がった。

 部屋を2つ借りたのは、いつの間にか大所帯となってしまったので、男女で部屋割りをするためだ。


「じゃあ男はこっち、女はそっちだな」


 隣同士の部屋の前でノーウィンとガレシアがそれぞれ鍵を手に取った。

 ラウダがふと隣を見ると、平然とした表情でセルファが立っている。


「セルファはこっちだよ?」


 ローヴがそう言うが、彼女は首を横に振った。


「私はソルを守らなければいけないから」


 一瞬場が沈黙する。


「いやいやいやダメだって!」


 ラウダが慌てて止めるが、相手はきょとんとしている。


「そーだよ! セルファは女の子なんだから!」


 ローヴもそう言うものの、彼女は頑としてその場を動かない。


「あーもー……厄介な子だねえ……」


 ガレシアは呆気にとられて二の句が継げない。

 額に手を当てため息をついた。


「セルファ、気持ちは分かるが……」

「今までも一緒だったじゃない」


 ノーウィンが説得しようとするも、そう言われると何も言えず、返事に詰まる。

 かといってこのまま男性陣の中に少女1人を一緒にするのは如何なものか。

 皆が思い悩んでいると、アクティーが一つ咳ばらいをした。


「セルファちゃん」

「何?」


 セルファの目は冷たい。

 どうにも馬が合わないらしく、彼女のアクティーに対する態度はいつもこうだ。


「勇者様を守るのが君の使命と言うが、俺だって風雲の証を持つ1人の証所有者だ」

「……だから?」

「ここは俺に任せてほしい」


 自信があると言わんばかりに胸に手を当てた。

 セルファは黙り込む。が、目が言っている。頼りにならない、と。


「じゃあ聞くが、君は勇者様が風呂やトイレに行くときまで守ることができるかね?」


 そこでセルファの表情が緩んだ。さすがの彼女でもそれは肯定できないようだ。

 大げさに、芝居がかった口調でアクティーは続ける。


「俺だったら勇者様がどこに行ってもついていけるぜ? 同じ男だからな」


 実際に風呂やトイレについてこられるなどたまったものではないが、この際仕方ない。

 ラウダも笑顔でこくこくとうなずいた。


「セルファちゃんは女の子だ。それにほら、ちょっとくらい交代して休憩したっていいじゃないの。な?」


 言葉を尽くしたかいがあったのか、難しい顔をして考え込んでいたセルファは小さくうなずき、ローヴとガレシアの元へ歩み寄った。


「じゃあ今度こそ、男がこっち、女がそっち。いいな?」


 全員が同意を示したことを確認すると、それぞれ扉を開けて部屋へと入って行った。

 男性陣は扉を閉めるなり、そろって大きなため息をついた。


「まさかセルファがあんなことを言い出すなんてな……助かった、アクティー」

「うん……本当についてきたらどうしようかと思った……」


 ラウダとノーウィンがそう言うと、アクティーは腕を組み、ふふんと鼻を鳴らした。


「いいんだぞー? もっと崇め奉っても」

「……遠慮しとく」


 *     *     *


 家々に灯った明かりが夜を妨げる。

 夜の王都。聞こえる笑い声や騒ぎ声は、みな建物の中から漏れているようだ。


 そんな中、夕食をとるべく宿を出て、少し離れた大衆食堂に入ると、むっとするような暑さが出迎えてくれた。

 ベギンの食堂より人の多さもさることながら、広さも倍くらいあるだろう。

 いるのはどこからやってきたのだろうか、仕事終わりで汗臭い男たちばかりだ。

 当然こんなところに先ほどすれ違ったような高貴な人々はいない。


 一行は部屋を出て合流すると、盛り上がって大声を上げる人、立ち上がってジョッキを振るう人、疲れ切って眠っている人等、客の合間を縫ってようやく空いている座席へとたどり着いた。

 たったそれだけのことだが、早くも額に汗が流れる。

 そこへちょうどやってきた店員――食べ終えた皿を両手いっぱいに持った男――にノーウィンが声をかけ、あれこれと注文する。

 旅の道中では缶詰など保存のきく似たようなものばかり食するので、町での食事が楽しみの一つとなっていた。


「ぷはーっ!」


 ジョッキになみなみと注がれていたビールを一気に飲み干すと、ガレシアは至福の表情を浮かべた。


「やっぱり食事処の酒はいいねえ。旅に持ち歩くやっすい酒とは大違いだ」

「ガレシアさん……よく飲みますね……」


 その様子を見ていたローヴがそう言うと、ガレシアはふふんと笑った。

 彼女の前にはすでに空のジョッキが5本置かれている。

 そんな彼女を呆れたように一瞥(いちべつ)すると、アクティーはグラスに少しだけ残っていたワインをくいっと飲み干した。

 年齢制限で飲めないからということもあり、いまいち酒の美味しさが理解できていないラウダは小首を傾げつつ、手にしたフォークで柔らかなキューブ型の肉を刺し、口へと運んだ。


「改めて確認するが」


 食べていたものを飲み込むと、ノーウィンがぐるりと皆の顔を見渡した。


「明日の予定。みんなはどうするつもりだ?」

「何度も言ってるように、俺はシルジオ本部に顔を出してくる」


 暑くなってきたため、スカーフを外し、シャツのボタンをいくつか外しながらアクティーが素早く答えた。

 アクティーもガレシアもコートは置いてきたようだ。こうなることが分かっていたのだろう。


「今勇者様と旅をしてるーって伝えてこないとな」


 いたずらっぽい顔をラウダに向けた。

 向けられた方はむすっとしながらも、行き先を告げる。


「僕は大図書館に行ってみる」

「あ! ボクも一緒に行きます」


 間髪入れずにローヴが挙手した。

 どうやら興味津々なようで、目を輝かせていた。


「それなら私も」


 セルファは顔を上げずそれだけ言うと、フォークに刺したトマトを口に運んだ。

 彼女の様子に困ったように小さく笑うと、


「じゃあ俺も一緒だな」


 ノーウィンもまた同行することを告げた。


「なんだい、てっきり傭兵の仕事探しでもするのかと思ったのに」


 肘をつき、そう言うガレシアの表情は、とてもジョッキ6杯分も飲んだとは思えないほどすっきりしていた。

 相当なうわばみだ。


「相方が行くって言ってるからな」


 そう言ってノーウィンは肩をすくめて見せた。


「ふうん。仕事は2人そろってってわけかい」

「そういうあんたはどうするんだ?」


 合点がいったところをノーウィンが尋ねた。

 ガレシアは、んーと言いながら視線を巡らせる。


「特にこれといって用事はないんだよねえ。まあ、適当にぶらぶらしとくよ」

「それって退屈じゃない?」


 軽く言ってのけたガレシアにラウダが尋ねる。

 それに対して彼女はにっと笑った。


「それが楽しいのさ。特に人が多いこういう場所では、ね」


 旅人は自由だと言っていた。だから上手い時間の潰し方も知っているのだろう。

 それぞれの予定を把握したノーウィンは小さくうなずいた。


「分かった。じゃあ合流するために待ち合わせ場所を決めとこうか」

「それなら東広場でどうだ? 大図書館から近いし、人もそう多くないだろ」


 アクティーの提案にそれぞれうなずいたが、土地勘に明るくないラウダとローヴだけは首を傾げていた。

 そんな2人にノーウィンは笑いかけた。


「俺とセルファがついてるから心配しなくても大丈夫」


 その後それぞれ軽く雑談を交わし食事を終えると、まだまだにぎやかな食堂を後にした。

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