13‐6
「あとはお前だけだな」
ノーウィンが矛先を向ける。
相手は何も言わぬままゆっくりと笛をしまった。
月が雲に隠れ、ふっと辺りが暗くなった。
明かり一つないここは、暗闇に呑まれた。
視界を奪われ、何の音もない。
武器を持つ手に力が入る。額にじわりと汗がにじむ。
少しすると、雲が通り過ぎ、再び月明かりが差した。
いなくなっていた。
慌てて周囲を見渡すが、クラヴィスはどこにもいない。
まるで闇に溶けてしまったかのように。
代わりに背後に黒髪の三つ編みおさげの幼女が立っていた。
「ナンシー!」
その手には、見間違えようがない、青いペンダントが握られていた。
ローヴは慌てて彼女の元に駆け寄ると、うつむくナンシーの前に屈み込み、顔をのぞく。
幼女は暗い表情のままそっと手を伸ばした。
ローヴが手を差し出すと、ナンシーは握り拳を解いてペンダントをその手に零した。
「やめなさい!!!」
幼女の後ろから駆け寄ってきたのはエルザだった。
彼女は息を切らして、しかし強引にナンシーの肩をつかむと、強く揺さぶった。
「あなた自分が何してるか分かって――」
「わかってるもん!」
ナンシーが勢いよく顔を上げた。その瞳からボロボロと涙を零しながら。
「けど……けど! これじゃおとうさんとこうかんできないって!! こうかんしたいならしんぞうもってこいって!!!」
その言葉に一行は愕然となった。
「エルザだっていわれたじゃない! こいびとをかえしてほしかったらしんぞうもってこいって!!! だからいっしょにいったんじゃない!!!」
不思議には思っていた。母娘と呼ぶには、身体的特徴にあまりにも共通点が無さすぎて。
彼女たちは同じ目的を持った盗賊だったのだ。
等価交換。盗られたもの。それを取り返すために必要なもの。ものにはそれ相応の。人一人を取り返すためには、人一人の命が。
込み上げてくるのは、どうしてこんなことをするのかという怒りと、どうにもできない己の無力さ。それを嘆く悔しさ。
「でも取り返しに来た人間に無償で返すということはここでは――」
エルザが何事かを言いかけたとき、広場の下から、倒したはずの敵の舌が伸びてきた。
素早い動きに一行はどうすることもできなくて。
舌はナンシーを捕らえる。そしてそれを助け出そうと手を握ったエルザ共々、底の見えない暗闇へと引きずり込んだ。
あっという間のことだった。
目の前にいたはずの人間が音もなく姿を消したことに、呆然と、ローヴはその場にぺたりと座り込んだ。
「等価交換は絶対です。規則違反は許しません」
どこからともなくクラヴィスの声が聞こえた。それはどこまでも暗く重く、そして不気味に響き続けた。
「……行こう」
最初に口を開いたのはノーウィンだった。
しかし今なお呆然とする仲間たちの耳には届かない。
「行くんだよ!!」
怒りも込められたその声に、ようやく皆が反応した。
セルファは武器をしまい、彼女たちがいた場所から視線を外した。
「どこへ……ですか……?」
座り込んだまま、背を向けるローヴが小さく尋ねた。
「……戻ろうぜ。このままここにいたって何も変わらない」
アクティーは剣をしまうと、やってきた方角を向いた。
「彼女たちはどうなるんですか……?」
力ない声でローヴがそう尋ねた。
ガレシアは武器をしまうと、首を横に振った。
「行こう、ローヴ」
そう声をかけるも、ローヴは動かない。
「ローヴ――」
「ボクのせいだ……」
ノーウィンは槍を背に負うとローヴの側に歩み寄った。
「そもそもボクがペンダントを盗られなければ……」
手にした青いペンダントにぽたりぽたりと雫が零れ落ちる。
「ローヴ」
「ボクがこれを諦めていれば……!」
「ローヴ!!」
ノーウィンが名を呼びながら肩を揺さぶった。
ゆっくりと顔を上げた彼女の瞳は濡れていた。
「それは大切なものなんだろう? だったらそんなこと言っちゃダメだ」
「でも……!」
「あの子の気持ちを無駄にするつもりか?」
そう言われたローヴは堪えきれず、大粒の涙を零し出した。
ノーウィンはそんな彼女を支え起こすと、一緒にゆっくりと歩き始めた。
それを確認すると皆そろって、来た道を戻り始めた。
そんな中ラウダは一人、2人が消えていった、深く暗い底を見つめていた。
* * *
一行が休息所へ戻る頃には、世界は夜明けを迎えていた。
その頃にはローヴも落ち着いていた。しかし、表情は暗いまま、終始無言だった。
今回の一件はアクティーからメルスにあるシルジオ本部へ報告するとのことだった。
「本当はあの黒ずくめをとっ捕まえて突き出してやりたかったんだがな」
そう言う彼の顔には、悔しくてたまらないという表情がにじみ出ていた。
簡単に装備や持ち物を確認していると、ローヴが足元をじっと見つめていた。
そこにあったのはナンシーが手にしていた、今はもうぺしゃんこになってしまったうさぎのぬいぐるみ――だったもの――があった。
ローヴはそれを拾い上げると、外へ出た。
何をするのかと思い、慌てて後を追って外へ出ると、ぬいぐるみを足元に、目を閉じ、胸に手を当てている様が見られた。
「イグニス」
手のひらからぼっと飛び出た火の玉。ただし戦闘中に使うものとは違いとても小さなものだった。
それはぬいぐるみに当たり、めらめらと燃え上がった。
ぼんやりと見つめるローヴの目の前で、ぬいぐるみは燃え、灰になり、風に乗って空へと消えていく。
「よかったのか?」
そうノーウィンが尋ねると、ローヴは首を横に振った。
「分からない。けどこうした方が良いと思ったんです」
ローヴは手を組み、祈りを捧げた。
そしてくるりと振り返ると、にこりと笑った。
「行きましょう」
その姿がどこか哀しく見えて。しかし誰もそのことを口にすることはなかった。
一行は街道へと戻ると、再びメルスへと歩き出した。
第13話読んでいただきありがとうございます!
「面白かった!」「続きが気になる!」など、少しでも思っていただけましたら、是非ブックマークや評価にて応援よろしくお願いします!
一評価につき作者が一狂喜乱舞します。




