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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第13話 月影に踊る黒男
66/196

13‐5

 外に出ると、そこに広がっていたのはすり鉢状になった地形。そしてその乾燥した斜面にはいくつもの木製の板が垂直に打ちつけられており、その一つ一つに家――といっても非常に小さな小屋――が建てられていた。

 いくつものはしごが設置されており、急斜面でも行き来できるようになっている。

 底は深い。下を見ると足がすくむ。巨大なアリジゴクの巣と言っても過言ではないだろう。


「なんだ、ここは……」


 あちらこちらに目を向けるが、どこを見ても同じような家、家、家。百軒以上はあるだろう。


「てっきり盗賊のアジトがあるもんだと思ってたんだが……」


 ノーウィンが困惑したように辺りを見渡している。

 家はあるのだが、決して活気があるわけではない。店や交流所などは見当たらず、中央に空中庭園のような、大きな円形の広場らしきものがあるだけだ。


 人っ子一人いない。暗く寂しく、そして不気味に感じるのは夜だからだろうか。


「どうしよう……これじゃナンシーがどこにいるか分からないよ」


 祈るように手を組むローヴ。焦りと不安が彼女を小さく見せた。


 ひとまず立ち止まっていても何も解決しないと、一行は足元にあったはしごを下ることにした。

 途中通りかかった何軒かの扉をノックしてみたり、声をかけてみたりしたが、反応はなかった。


 そうしてたどり着いたのは広場。この建造物が一体どこまで続いているのか。底の見えない暗い崖下に、ラウダは禁断の地を思った。


「ようこそ」


 周囲を見回していた一行の後ろに、いつの間に現れたのか、1人の人物が立っていた。

 アクティーが怪訝(けげん)な顔をした。


「あんた、いつからそこに――」


 風使いと呼ばれる彼でさえ、気配に気づかなかったようだ。


「お前は、まさか……!」


 その隣でノーウィンがその人物を凝視する。

 その出で立ち。黒いシルクハットに、黒い布で覆われた口元、黒いジャケット、黒い裾広がりのズボン、底が30センチはある黒いロングブーツ――そのせいで軽く全長2メートルは超えている――という珍妙な格好をした男。

 彼こそがポート・ラザで聞いた黒ずくめの人物に相違ないだろう。


「6名様ですか。それで、何を探しに来たのでしょうか」


 どこか機械的に、淡々と言葉を発する彼の目に光はなかった。

 その言葉にローヴが反応し、叫ぶ。


「ボクの母さんの形見を――青い石のペンダントです!!」


 それぞれ聞きたいことは山ほどあった。しかしまずはペンダントを取り戻すことが最優先だ。


「そうですか。ではそれ相応のものをお持ちください」

「……は?」


 唐突な要求の意図が読めず、皆不思議そうな表情を浮かべた。


「これから探しに行っても構いませんし、奪ってきても構いません。それとももうここにおありですか」

「ちょ、ちょっと待って……」


 意味が分からない。そして怖い。

 ラウダは一歩身を引いた。


「あなたは……何を言ってるんですか……?」


 ローヴが愕然としながら、尋ねる。


「ここでは等価交換が適用されます。貴女の探しものと同等の価値のものをお持ちください」

「ふざけるな!!!」


 ノーウィンが声を荒げる。


「お前は一体何者だ!? ここは一体何なんだ!?」


 その声には怒りが込められていた。

 無理もない。もしかするとこの男が父の(かたき)かもしれないのだから。


「遅れました。一人称無しは、クラヴィスと申します。ここは等価交換を絶対とする、一人称無しの仕事場でございます」

「一人称、無し……? 仕事場……?」


 訳の分からない言葉に混乱するローヴ。

 変わらず淡々と述べる男に、ノーウィンは最後の確認を取った。


「お前が黒騎士なのか?」

「一人称無しはクラヴィスです」


 成り立たない会話にノーウィンはため息をつき、首を横に振った。これ以上何を聞いても無駄だ、と。そしてこの男は探し求めている黒騎士ではない、と。


「つまり、だ。ここでは等価交換が絶対のルールで、返してほしいものがあればそれと同等の価値のあるものを持ってこいってわけだな」


 アクティーが整理しているのを聞いて、ラウダがふとあることに気づいた。


「ということは、エルザさんとナンシーも何か大切なものを盗られていて、それと同等の価値のあるものを探していた……?」

「ちょっと待ちな。それじゃあ何だい? ここにある家には等価交換するためにものを探し続ける人間たちばかりがいるってことかい?」

「おいおい……それがメレイア街道の盗賊の正体ってわけかよ……」


 徐々に見えてきたメレイア街道の真実。一行は周章狼狽する。

 ずっと様子を見ていたセルファが口を開いた。


「ただの“もの”だけじゃなさそうね」


 皆がそちらを見やる。セルファはクラヴィスと名乗った黒ずくめの、光なき目を見据えていた。


「まさか……盗られたものの中に人間も含まれてるってこと……?」


 思考が追い付かない。あまりにもぶっ飛んだ考えのせいで一行は呆然自失していた。

 そんな彼らを、何も言わず、瞬き一つすることなく、黒ずくめの男は見つめていた。


「ぺ、ペンダントと同等のものって何……?」


 ローヴが震える声で皆に尋ねるが、誰も答えられなかった。

 それさえも自分で考えて持って来いということなのだろう。


「これじゃ盗賊になれって言ってるようなもんじゃない……!」


 絶望したように叫ぶローヴの前に、ずいとノーウィンが出た。

 そして背負っていた槍を取り出すと、びっと相手を指し示した。


「こうなったら実力行使だ」

「そりゃあいいねえ。アタシもコイツをブッ飛ばしたいと思ってたところだよ」


 ガレシアは鞭を手に取ると、威嚇の意を込めてびしっと地面をたたいた。

 後ろでは、セルファが短剣を両手に装備している。

 その様子が可笑しいのか、どこか楽しそうにアクティーもまた抜刀した。


「こいつがここの管理人ってことだろ? じゃあぶちのめしゃルールが消えて、全員解放ってわけだ」

「ローヴのペンダントは返してもらう」


 ラウダは冷静に、しかし力強くそう言うと、鞘から剣を抜き放った。


「みんな……」


 泣き出しそうだった目をこすり、小さく笑顔を見せると、ローヴも剣を手にした。


「等価交換は絶対です。規則違反は許しません」


 そう言うとクラヴィスはどこからともなく横笛を取り出し、布越しにメロディーを奏で始めた。

 ずずんと大きな音と共に広場が激しく揺れる。


「な、何!?」


 揺れが収まったかと思いきや、次は崖にある数軒の家が粉々に壊れていく。そこだけ景色が歪んで見える。


「気をつけろ! 見えないが、何か大型のやつがいる!」


 アクティーがそう叫ぶと“それ”はクラヴィスの後ろへと飛び移ってきた。

 揺らぐ景色にぼんやりと色が浮かび上がる。

 鈍い黄緑色を持って現れたのは、巨大なカメレオン。体長4メートルほどのそれは、目をぎょろぎょろと動かしている。


 クラヴィスの吹く音色が、先程までの滑らかな曲調から一変、激しいものへと変調する。


 カメレオンの目が一行をとらえた。大きく口を開くと、凄まじい速さで舌を伸ばした。

 位置が外れてはいたものの、舌がぶつけられた広場の縁ががらがらと音を立てて崩れ落ちた。あっという間に暗闇の底へと消えていく。


 武器を構えてはいるものの、思わぬ敵の登場にたじろぐ。

 敵は再び目をぎょろぎょろと動かし始めた。


 セルファが舞い踊り始める。アクティーも左手でメガネを押し上げると、集中力を高める。


 横笛が甲高い音を響かせる。それに合わせるように、カメレオンの視点が再度一行へと向く。だが。


「ロックニードル!」

「ウェントカッター!」


 舌が出てくる前に、2人がほぼ同時に手を突き出し、魔法を発動する。

 風の中級魔法が身を切り裂くような狂風を起こし、地の中級魔法が敵の足元を砕いて頭上から降り注ぐ。

 敵はダメージを受けてこそいるものの、身動き一つしない。


 笛の音がまた変調する。今度は動きをつけて奏でられる。

 すると再びカメレオンが動き出した。ひょいひょいと崖に貼り付くようにして飛び移る。そこに建てられた家々などお構いなしに。


「笛の音で操られてるってわけか」


 アクティーはそう言うと、再びメガネを押し上げて詠唱を始める。

 その横を素早く通り抜け、セルファがクラヴィスへと斬りかかった。

 だがその素早い攻撃を、相手は30センチもある超厚底の靴で軽やかにバックステップを踏み、避けた。

 その間合いを詰めるようにノーウィンが駆け、槍で薙ぎ払った。

 にも関わらず、両足を広げて華麗にジャンプしてみせた。30センチもある超厚底で。


「ウェントカッター!」


 さらにアクティーの魔法も発動するが、くるりと一回転してその場を離れた。30センチもある超厚底で。

 その間にも笛の音は止まらない。今度は陽気な旋律を奏で始める。


 カメレオンが崖から広場に飛び落ちてくる。それを避けるべく、周囲へと散らばる。

 降ってきたところをスライディングでかわすと、ラウダは左下に構え、敵の顔面へと、斜めに斬り上げた。

 攻撃は見事に命中する、が、血が吹き出しても敵は身動き一つしない。


 またも笛の音が激しいものへと変わる。

 カメレオンの目が散らばった相手を順番に見やる。ルーレットのように。

 そして留まった先にいるのは、ローヴだった。


「え」


 驚く間もなく、敵は口を開き、舌を伸ばす。

 とっさに両腕で身を守る。


 ビシィッ


 それを防いだのはガレシアの鞭だ。素早くしなるその一撃にはさすがに耐えられなかったらしい。敵は舌を引っ込めると、口元をぱくぱくと動かした。

 よほど痛かったのか、音色が響いても舌を出さなくなってしまった。

 ローヴはその場を離れると、ガレシアの側へと駆け寄った。


「ありがとうございます」

「礼はいらないよ。鞭ってのは動物を調教するもんでもあるからね」


 そう言うと鞭で地面をたたいた。


「これだけ近けりゃアタシの攻撃も通る!」


 構えた武器を素早く敵に向けて放つ。

 ビシッという破裂音と共にカメレオンの皮膚にダメージが入る。


 それを機にセルファが手にした二刀で素早い斬撃を与える。

 続いてラウダが平行に構えた剣を力の限り深々と突き刺し、抜き払った。血しぶきが辺りに散る。

 それまで平然としていた敵が体勢を崩し、徐々に弱ってきているのが目に見えて分かった。

 胸に拳を当て、ローヴが集中する。


 ノーウィンとアクティーも標的をクラヴィスからカメレオンへと変更すると、各々武器を突き出した。

 だがそこでまたしても変調する。重々しい音色を聞いたカメレオンは再び身を起こすと、その場を離れ、崖へと飛びつく。そこから今度は尾を伸ばし、広場をたたき始めた。


「くっ……!」


 そこまで破壊力はないものの、ランダムに攻撃を当ててくるため、地上にいるものを翻弄するには十分だった。

 それでもなお集中し続けていたローヴがかっと目を見開き、拳を開き、力の限り伸ばした。


「イグニス!」


 マナにより形成された火の玉は、まっすぐに敵へと向かい、その目を焼いた。

 その熱を払おうと、ぶんぶんと頭を振り出したために、尾の動きが疎かになる。


 セルファが舞い始める。


 笛の音が再度激しいものへと変わった。

 しかし敵は変わらず動かない。


 そこへセルファが手を突き出した。


「ロックニードル!」


 最初はあまり効果がなかったが、手負いの今ならばダメージは十分だった。鋭い岩の針が次々と敵の体に突き刺さる。


 グゥエエエエエエエ……


 カメレオンはのたうつと崖から剥がれ落ちるようにして、崖底へと消えていった。

 ぴたりと笛の音が止んだ。

 皆武器を構えたまま振り返り、クラヴィスをにらみつけた。

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