13‐4
ナンシーが寝息をたてる横で、一行は食事を終えると、起こさないようにそろそろと寝床についた。
ランタンの灯を消すと、小屋内は真っ暗になった。
あるのは窓から差し込む月光だけ。
月が雲に隠れる。
皆が熟睡している中、1つの影が動いた。
それはゆっくりとした動きで荷物へと手を伸ばし――
「そこまでだ」
影が、動きを止めた。
雲が晴れる。
月明かりに照らし出されたのは、エルザ。四つん這いで、伸ばしていた手をゆっくりと引っ込める。
そしてそれを見下ろすのは、アクティーとセルファ。どちらも武器を手にしている。
顔面に付きつけられた刃。エルザの頬につっと汗が流れる。
「な、なんですか? 私はただ自分の荷物を」
「その荷物はどう見ても俺のものだな」
エルザは視線だけを動かし、確認する。伸ばしていた手の先には間違いなくアクティーの荷物が置いてある。
「す、すみません。暗かったもので勘違いして」
「それだけならいいんだけどな」
「ちょっと、どうなってるんだい!?」
物音に反応して起き上がったガレシアが驚愕の声を上げる。同時に目を覚ましたノーウィンもまた目を丸くしていた。
「うーん……何?」
寝ぼけ眼をこすりながら起き出したのはローヴだ。そして彼女もまた状況が読めず、目を瞬かせた。
「え、エルザさん!? アクティーさん何やって」
「あんたなんでポート・ラザに出た怪物を『巨大なクラーケン』って断言したんだ」
「え? そ、それは」
問い詰めるアクティーに対して、相手はしどろもどろだ。
「おかしいよな。だってあの怪物の正体を知っているのはポート・ラザかポート・エルラの人間、それとメルスのシルジオ本部の人間くらいだ」
「…………」
「それにもう1つ。ここに盗賊が出るっていううわさはメルスでも聞けたはずだ。たとえ知らなかったとしても、この街道を通る人間のほとんどは馬車を利用する。特に町民とかはな」
短剣を構えたままセルファが小さくうなずいた。
「それって……まさか」
ローヴが困惑の色を見せる。
「情報に詳しく、この街道を、ガキを連れて、わざわざ歩いて移動するなんてのは盗賊くらいなもんだぜ。なあエルザさん」
相手は完全に黙り込んだ。
「さて。捕まえたからにはシルジオ本部まで同行」
その時、突然ナンシーが起き上がり、手にしていたうさぎのぬいぐるみを力強く床にたたきつけた。
すると、ぶわっと辺りに白い煙が広がる。
「なっ」
完全にノーマークだったうえ、思わぬ行動に戸惑う。
視界は奪われ、のどをやられてせき込む。
ブチッ
「え?」
何かがちぎれる音が聞こえ、ローヴが周囲を見渡すと、うっすらとナンシーの姿が見えた。
ローヴの大切な青い石のペンダントを手にして。
「あっ、ダメ! 待って!!」
うまく声が出ないせいでローヴの叫びは空しく響き、ナンシーは煙の中へ姿を消した。
げほごほとせき込む中、ノーウィンが窓を開け放つ。
小屋内の煙はもくもくと外へと流れていく。
ようやく視界が明けると、全員周囲を見渡した。
エルザとナンシーの姿は、なかった。
「してやられたな」
アクティーはため息を一つつくと、剣を鞘に収めた。
セルファも何も言わないまま短剣をしまった。
未だせき込みはするものの、どうやら噴出した粉は害のないものだったようだ。
「それにしてもよく分かったな」
床に落ちた、ぺしゃんこになったうさぎのぬいぐるみだったものを見つめながら、ノーウィンがそう言った。
「何事も疑うことから始まるからな。まあ最初に入ってきた段階でおかしいとは思ったんだけどな」
セルファがこくんとうなずいた。どうやら彼女も怪しいとにらんでいたようだ。
「どうしよう、どうしよう……」
そんな中、ローヴは1人慌てふためいていた。
2人が立ち去ったであろう、開いたままの扉、その先の暗闇をただただ見つめている。
「どうかしたのか、ローヴ」
ノーウィンが声をかけると、ローヴはうつむき、細々とした声を発した。
「ボクの……母さんの形見が……」
言われてノーウィンがはっとなる。
確かに、彼女がいつも首からかけていたペンダントがなくなっていた。
「さっき、一瞬だったけど、ナンシーが盗って……」
そう言うローヴはすっかりしょげていた。
「となると、俺たちの出番だな、セルファちゃん?」
小さく笑んだアクティーの言葉に、いささか不本意ではあるようだったが、彼女はこくりと小さくうなずいた。
「なるほど、証の力を使うんだね」
ガレシアは納得すると、傍らに置いていた鞭を腰に装備した。
「風と地の力……その両方があれば必ず取り戻せる。だから心配するな、ローヴ」
そう言ってのぞき込むノーウィンの表情は優しいものだった。
落ち込んではいたものの、2人の力が本物であることは知っている。
ローヴは小さく小さくうなずいた。
「んじゃまずは」
そう言ってアクティーが歩み寄ったのは、これだけの騒ぎがあってなお眠り続けるラウダの側だった。
「たたき起こさねえとなあ」
メガネの奥の瞳が怪しく光った。
* * *
それぞれ荷物を持つと、小屋から出て、セルファは地面を、アクティーは風を探っていた。
念のために全員で荷物の中を確認したが、他に盗られたものはなかった。
「盗賊にしちゃ手際が悪いよなー」
そう言うアクティーの隣では、無理やり起こされた――それについてはご想像にお任せする――ラウダが不機嫌そうではあるものの、眠そうに目をこすっていた。放っておくとそのまままた寝そうだ。
ノーウィンは不安な顔をしたローヴの肩にそっと手を置いている。少しでも彼女を安心させられるように。
以前話を聞いたときにも大切そうに持っていたペンダント。必ず取り返さなければならない。
「こっちだわ」
地面に触れ、瞳を閉じ集中していたセルファが声を上げた。
「伝説の証の力……さすがだねえ」
感嘆の声を上げたのはガレシアだ。以前の海上戦で見たとはいえ、こうも目の前で見るとまた別物である。
それからちらりとアクティーの方を見やった。
「それに対して……ねえ」
「なんですか」
その視線を返すように、アクティーは機嫌が悪そうに返事をした。どうやら先ほどの粉が邪魔をして彼女たちの行方を読めなかったようだ。
その後、一行はセルファの後ろについて、暗い森の中を進んでゆく。
しばらく歩くと、広々と開けた場所に出た。
「モス湖、だな」
ノーウィンがそっとつぶやいた。
大きな湖の水面は暗かったが、その中央には明々とした月が沈んでいた。
「ここが世界最大の湖……」
しんと静まりかえった中で、寄せては返す水の音だけが聞こえてくる。
ひやりとした空気はラウダの目を覚まさせた。
気候が穏やかな昼間、ボートに乗ってこの湖面に静かに揺られてみるのもまた一興かもしれない。
「……湖に沿って歩いていった形跡があるわ」
セルファの言葉に一行はうなずくとさらに歩を進める。
そうしてたどり着いたのはモス湖の水源。高山から降り注ぐ滝の側だった。
「本当にここ? どこにも人の気配がないけど……」
「ちょっと待て」
きょろきょろと辺りを見渡すラウダをアクティーが制した。
直後、滝の前にひょっこりと並ぶ岩の上を跳び、渡り始めた。
「そこ渡るの!?」
大きな岩が並んでいるため、渡る分には問題なさそうだった。とはいえ苔むしているため慎重に行かねば水中へ投げ出されてしまうだろう。
アクティーの行動に驚きつつも、ここでじっとしていても何も変わらないので、同じように岩の上を跳び移っていく。
全員渡り終えたのを確認すると、アクティーが指さした。
そこは滝の裏。本来なら見えない場所にぽっかりと穴が開いていた。
「あそこから風が流れてきてる。多分洞窟じゃなくてトンネルだろうな」
再度その場所で地面に触れていたセルファが小さくうなずいた。
彼女たちは間違いなくこの穴の向こうへ行ったようだ。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……行ってみるとしましょうかね」
アクティーの声はどこか楽しげに聞こえたが、表情は至って真面目であった。
彼を先頭に一行は穴へと入る。
曲がりくねった一本道。水源が近いのもあって内部は少し湿っていた。走ったりすると滑って転ぶこと間違いなしだろう。
風を読み進むが、この内部には誰もいないようだ。
やがて見えてきたのは出口。アクティーの言った通りここはただのトンネルだったようだ。
「え?」




