13‐3
レンガの敷かれた街道を歩いていく。道端に見えた黄色い花はアキノキリンソウ。
いつから敷かれているのかは分からないが、ところどころにヒビが入っており、その間から雑草が顔をのぞかせていた。
「さっき聞いてて思ったんだけど、アンタたちの世界に城ってないのかい?」
歩きながらガレシアがそう質問を投げかけた。
本来ならば信じられないような別世界の話。彼女は自然と受け入れていた。それは彼女が旅人であるということも理由の一つかもしれない。
質問の答えとして2人は首を縦に振った。
「お城なんて本や芝居の中に出てくるくらいですよ」
笑って答えるローヴの言葉が引っかかったようだ。
「芝居?」
首を傾げる様を見て、あ、そっかと言うとローヴが説明をする。
「ボクたち元の世界では劇団に参加してるんです。って言ってもボクはマネージャーですけど」
「へえー、劇団ねえ」
その答えにふんふんとうなずき、ガレシアは感嘆の声を上げた。
「そういえば俺も何となくしか聞いてなかったな」
その話に興味を持ったのか、ノーウィンも会話に参加する。
そんな彼らにローヴはにっこりと笑い、ラウダの背をたたいた。
「ここにいるラウダこそ、劇団ナンバー1にして花形なんですよ!」
唐突に背をたたかれ名前を呼ばれて、ラウダは驚き、思わず足を止めた。
そんな彼には気も留めず、立ち止まったローヴは楽しそうに、それはまるで自分のことのように話し出した。
「どのお芝居でも絶対主役に選ばれるんですよ! ファンクラブだってあって――」
「ちょ、ちょっとローヴ」
恥ずかしさに慌てて止めようとするも、彼女はお構いなしだ。ペラペラと話し出した口は止まらない。
すると案の定アクティーが反応した。にやりとした笑みを浮かべる。
「ほほーう。さすが勇者様。どんなことでもやってのけるってわけだ」
そのにやにやした表情を見たくなくてローヴの方を向いた。
その間も彼女は、それでそれで、と嬉々として話を進めていた。
「もう! ローヴ!」
恥ずかしさで顔を真っ赤にして彼女を制御しようとする。
しかしそんな彼に反応したのはノーウィンだった。
「はは、いいじゃないか。人には得手不得手があるって言うし、自慢してもいいと思うぞ」
「ノーウィンまで……」
本来ならこういう流れのとき、ストッパーとなるのが彼なだけに、ラウダはがっくりと肩を落とした。
もはや止められない。諦めよう。
「芝居、ねえ」
ローヴを中心に皆がわいわいと話をする中、ガレシアは腕を組み、何事かを思い出していた。
「カルカラの街でも劇団があって芝居を開いているそうだけど、アタシは見たことないねえ」
「カルカラの街?」
それまで饒舌だったローヴが、聞き慣れない言葉を耳にし、ぴたりと止まった。
ようやくローヴの口が止まったことに内心ほっとしつつも、もう少し早く止めてほしかったと、ラウダは大きくため息をついた。
でなければこの先でもアクティーが黙っていないだろうから。
「ああ、それならここだな」
ノーウィンは持っていた地図を再度開くと、カルカラを指し示した。
メルスの西にそびえるように描かれた山。それを越えた先にその街はあった。
「結構遠いですね」
おしゃべりを止め、地図をのぞき込むローヴがそう言う。
「ああ、何せここへ行くためには山を越えないといけないからな」
「山を?」
怪訝な顔を上げたローヴに、アクティーがにっこりと笑いかけた。
「そうそう。断崖絶壁の壁を、己の手と、足だけ、を使ってよじ登るんだぜ」
『手と足』という部分に強弱をつけて話すと、厳しい顔をして、手で上るジェスチャーをして見せた。
「えっ……そ、そこを通らないとその街には行けないんですか?」
戸惑い一歩身を引くローヴに、アクティーは大げさに深々とうなずいた。
しかしそこでガレシアが眉間にしわを寄せ、腰に手を当てると彼の方へと向いた。
「アンタねえ、ローヴに嘘教えるんじゃないよ!」
「えっ、嘘?」
愕然となる彼女に、ガレシアは大きくうなずいた。
しかしアクティーの方はこりてないのか、両手をぶらぶらと振った。
「ジョークだよ、ジョーク。ね、ローヴちゃん」
「何が、ね、なのさ!」
ガレシアが腰に提げた鞭へと手をかけた。
危機を感じ取ったのか、アクティーはぴゅうっと逃げ出した。まさに風の如しだ。さすが風雲の証の所有者というべきか。
「待ちな!」
ガレシアもまた黒いコートを翻し、後を追って駆け出した。
残された4人はそんな様子を見て。
「アクティーさんとガレシアさんってやっぱり仲良いよねえ」
「というか子供っぽい?」
ローヴとラウダがそれぞれ口にする。それが逆に大人びて見えて。ノーウィンは堪えきれずに笑った。
面倒事が増え、セルファは小さくため息をつくと、すたすたと先を行く。
そんな彼女と、先を行った2人に置いていかれないよう、再び歩き出した。
* * *
徐々に日が暮れ始め、空が赤から黒へと塗り潰されていく。
ひやりとした風が辺りを吹き抜け、木々をざわめかせた。
予定通りたどり着いた休息所は、木製で簡単な作りのものだった。とはいえ雨風をしのぐための屋根と壁が、そして集団で泊まるための広さに関しては十分だった。
少々ホコリっぽくはあったが、この街道を通る旅人は必ずここで寝泊まりするという。
一行はまず小屋内にあったランタンに火をつけると、手持ちの簡易な寝袋を敷き、各々の荷物から夕食となるパンや缶詰を取り出した。
ラウダがビーンズの入った缶詰を開けようとしていると、アクティーがローヴに劇団の話の続きを聞きたがっているのに気づき、必死に止めに入る。
おちゃらけた様子のアクティーにガレシアの叱責が飛ぶ。
そんな様子を見て楽しげに笑うノーウィン。
それをセルファは1人、ビーフシチューの入った缶を手に、部屋の隅から見ていた。
きっと彼らは分かっていない。今世界で起こっていることを。何が起ころうとしているかを。己の立場を。
自分の役目を理解している彼女は怒ることも嘆くこともせず、黙々と食事をこなした。
ドンドン
にぎやかさを増していた小屋の扉が大きくノックされた。
あまりにも突然のことだったために、一瞬静まり返るが、皆すぐに武器の確認を行った。
うわさの盗賊かもしれない。
そう思い、槍を手にしたノーウィンがそっと扉の前へと移動する。
アクティーとガレシア、そしてセルファも、いつ飛び出してもいいよう武器を手に、ノーウィンへそっと目配せを送った。
ラウダとローヴもまた、緊張しながらも剣鞘を手に、息を潜めた。
「誰だ?」
ノーウィンが扉越しに声をかけると、
「あの、入れて頂いてもいいですか?」
帰ってきたのは思いも寄らぬ、か細い女性の声だった。
しかし気を抜くことなく、ノーウィンはそろりそろりと扉を開け、隙間から相手の姿を確認する。
立っていたのは声の通り、細身の女性。そして彼女と手を繋いでいるのは、丸い顔をした、5歳か6歳くらいであろう黒髪で三つ編みお下げの幼女だった。
女性は礼儀正しく一礼する。金髪が後ろで団子にまとめられているのが見えた。
「夜分遅くに申し訳ありませんが、ここで一泊させて頂きたいのです」
見たところ普通の母娘のようだ。一行は気を抜き、そっと武器を納めた。
ラウダとローヴも戦闘にならずに済んだことにほっと息を吐くと、武器を下ろした。
ノーウィンが扉を開く。
「警戒してしまって申し訳ありません。さあどうぞこちらへ」
ここぞとばかりにアクティーが母娘を中へ導く。
女性は顔を上げると、ほっとした表情で小屋の中へと入ってきた。
「どうもありがとうございます」
「いえいえ。当然のことをしたまでです」
アクティーの対応は実に紳士的で、普段ラウダをいじるときとは全く別人のようだ。
ここの休息所は街道を通る者なら誰でも利用できる。だからこういう風に別の旅人と一緒になることもあるのだ。
一行は少しずつずれると、母娘のためにスペースを広げた。
女性は何度もありがとうございますと言いながら、娘を隣に座らせた。
娘の手には少し大きめのうさぎのぬいぐるみ、その耳が握られていた。
「こんばんは。お名前はなんて言うの?」
ローヴが親しげに声をかけると、幼女は少し恥ずかしそうに母親の陰に隠れながら、
「……ナンシー」
と答えた。
それを聞いて女性も慌てたように、
「申し遅れました。私はエルザと申します」
深々と礼をし、自身の名を名乗った。
「エルザさん。とても美しいお名前だ。そしてその名に負けず劣らず美しい女性だ」
相変わらずのフェミニストっぷりに呆れつつも、こちらもそれぞれ名乗る。
母娘からこちらに対する警戒が解かれたようで皆一安心した。
食事の続きを始めると、今度はラウダの話題から母娘の話題へとシフトした。
「お二人はこれからどちらへ?」
母娘も少し軽そうな荷物からパンを取り出すと、2人で分け合い食べ始めた。
「私たちはポート・エルラに行くつもりです。そこから船に乗ってフォルガナへ」
「……おとうさんにあいにいくの」
微笑む母親の陰から、ナンシーが小声でそう言った。
「ということはメルスからいらっしゃったのですね」
アクティーの相変わらず普段と違う態度に、ラウダはため息を、ガレシアはにらみを利かせていた。
「ええ。巨大なクラーケンが出たせいで動かなかった定期便が再開したと聞いたので」
「ほう」
満面の笑みでアクティーが大きくうなずいた。
「それにしても、2人きりでここを通るなんて危険じゃないですか?」
ラウダの質問にエルザが答えようとすると、
「……おかあさん、ねむい」
ナンシーが母親の服の裾を引っ張った。
「あ、すみません。疲れてますよね」
慌ててラウダが謝ると、エルザは大丈夫ですと答え、ナンシーのために寝床を用意した。
眠そうに横になる彼女に、
「早くお父さんに会えるといいね」
にこやかにそう言うローヴを、ノーウィンは複雑な思いで見ていた。




