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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第13話 月影に踊る黒男
64/196

13‐3

 レンガの敷かれた街道を歩いていく。道端に見えた黄色い花はアキノキリンソウ。

 いつから敷かれているのかは分からないが、ところどころにヒビが入っており、その間から雑草が顔をのぞかせていた。


「さっき聞いてて思ったんだけど、アンタたちの世界に城ってないのかい?」


 歩きながらガレシアがそう質問を投げかけた。

 本来ならば信じられないような別世界の話。彼女は自然と受け入れていた。それは彼女が旅人であるということも理由の一つかもしれない。

 質問の答えとして2人は首を縦に振った。


「お城なんて本や芝居の中に出てくるくらいですよ」


 笑って答えるローヴの言葉が引っかかったようだ。


「芝居?」


 首を傾げる様を見て、あ、そっかと言うとローヴが説明をする。


「ボクたち元の世界では劇団に参加してるんです。って言ってもボクはマネージャーですけど」

「へえー、劇団ねえ」


 その答えにふんふんとうなずき、ガレシアは感嘆の声を上げた。


「そういえば俺も何となくしか聞いてなかったな」


 その話に興味を持ったのか、ノーウィンも会話に参加する。

 そんな彼らにローヴはにっこりと笑い、ラウダの背をたたいた。


「ここにいるラウダこそ、劇団ナンバー1にして花形なんですよ!」


 唐突に背をたたかれ名前を呼ばれて、ラウダは驚き、思わず足を止めた。

 そんな彼には気も留めず、立ち止まったローヴは楽しそうに、それはまるで自分のことのように話し出した。


「どのお芝居でも絶対主役に選ばれるんですよ! ファンクラブだってあって――」

「ちょ、ちょっとローヴ」


 恥ずかしさに慌てて止めようとするも、彼女はお構いなしだ。ペラペラと話し出した口は止まらない。

 すると案の定アクティーが反応した。にやりとした笑みを浮かべる。


「ほほーう。さすが勇者様。どんなことでもやってのけるってわけだ」


 そのにやにやした表情を見たくなくてローヴの方を向いた。

 その間も彼女は、それでそれで、と嬉々として話を進めていた。


「もう! ローヴ!」


 恥ずかしさで顔を真っ赤にして彼女を制御しようとする。

 しかしそんな彼に反応したのはノーウィンだった。


「はは、いいじゃないか。人には得手不得手があるって言うし、自慢してもいいと思うぞ」

「ノーウィンまで……」


 本来ならこういう流れのとき、ストッパーとなるのが彼なだけに、ラウダはがっくりと肩を落とした。

 もはや止められない。諦めよう。


「芝居、ねえ」


 ローヴを中心に皆がわいわいと話をする中、ガレシアは腕を組み、何事かを思い出していた。


「カルカラの街でも劇団があって芝居を開いているそうだけど、アタシは見たことないねえ」

「カルカラの街?」


 それまで饒舌(じょうぜつ)だったローヴが、聞き慣れない言葉を耳にし、ぴたりと止まった。

 ようやくローヴの口が止まったことに内心ほっとしつつも、もう少し早く止めてほしかったと、ラウダは大きくため息をついた。

 でなければこの先でもアクティーが黙っていないだろうから。


「ああ、それならここだな」


 ノーウィンは持っていた地図を再度開くと、カルカラを指し示した。

 メルスの西にそびえるように描かれた山。それを越えた先にその街はあった。


「結構遠いですね」


 おしゃべりを止め、地図をのぞき込むローヴがそう言う。


「ああ、何せここへ行くためには山を越えないといけないからな」

「山を?」


 怪訝(けげん)な顔を上げたローヴに、アクティーがにっこりと笑いかけた。


「そうそう。断崖絶壁の壁を、己の手と、足だけ、を使ってよじ登るんだぜ」


 『手と足』という部分に強弱をつけて話すと、厳しい顔をして、手で上るジェスチャーをして見せた。


「えっ……そ、そこを通らないとその街には行けないんですか?」


 戸惑い一歩身を引くローヴに、アクティーは大げさに深々とうなずいた。

 しかしそこでガレシアが眉間にしわを寄せ、腰に手を当てると彼の方へと向いた。


「アンタねえ、ローヴに嘘教えるんじゃないよ!」

「えっ、嘘?」


 愕然となる彼女に、ガレシアは大きくうなずいた。

 しかしアクティーの方はこりてないのか、両手をぶらぶらと振った。


「ジョークだよ、ジョーク。ね、ローヴちゃん」

「何が、ね、なのさ!」


 ガレシアが腰に提げた鞭へと手をかけた。

 危機を感じ取ったのか、アクティーはぴゅうっと逃げ出した。まさに風の如しだ。さすが風雲の証の所有者というべきか。


「待ちな!」


 ガレシアもまた黒いコートを翻し、後を追って駆け出した。

 残された4人はそんな様子を見て。


「アクティーさんとガレシアさんってやっぱり仲良いよねえ」

「というか子供っぽい?」


 ローヴとラウダがそれぞれ口にする。それが逆に大人びて見えて。ノーウィンは堪えきれずに笑った。

 面倒事が増え、セルファは小さくため息をつくと、すたすたと先を行く。

 そんな彼女と、先を行った2人に置いていかれないよう、再び歩き出した。


 *     *     *


 徐々に日が暮れ始め、空が赤から黒へと塗り潰されていく。

 ひやりとした風が辺りを吹き抜け、木々をざわめかせた。


 予定通りたどり着いた休息所は、木製で簡単な作りのものだった。とはいえ雨風をしのぐための屋根と壁が、そして集団で泊まるための広さに関しては十分だった。

 少々ホコリっぽくはあったが、この街道を通る旅人は必ずここで寝泊まりするという。


 一行はまず小屋内にあったランタンに火をつけると、手持ちの簡易な寝袋を敷き、各々の荷物から夕食となるパンや缶詰を取り出した。

 ラウダがビーンズの入った缶詰を開けようとしていると、アクティーがローヴに劇団の話の続きを聞きたがっているのに気づき、必死に止めに入る。

 おちゃらけた様子のアクティーにガレシアの叱責が飛ぶ。

 そんな様子を見て楽しげに笑うノーウィン。

 それをセルファは1人、ビーフシチューの入った缶を手に、部屋の隅から見ていた。


 きっと彼らは分かっていない。今世界で起こっていることを。何が起ころうとしているかを。己の立場を。

 自分の役目を理解している彼女は怒ることも嘆くこともせず、黙々と食事をこなした。


 ドンドン


 にぎやかさを増していた小屋の扉が大きくノックされた。

 あまりにも突然のことだったために、一瞬静まり返るが、皆すぐに武器の確認を行った。


 うわさの盗賊かもしれない。


 そう思い、槍を手にしたノーウィンがそっと扉の前へと移動する。

 アクティーとガレシア、そしてセルファも、いつ飛び出してもいいよう武器を手に、ノーウィンへそっと目配せを送った。

 ラウダとローヴもまた、緊張しながらも剣鞘を手に、息を潜めた。


「誰だ?」


 ノーウィンが扉越しに声をかけると、


「あの、入れて頂いてもいいですか?」


 帰ってきたのは思いも寄らぬ、か細い女性の声だった。

 しかし気を抜くことなく、ノーウィンはそろりそろりと扉を開け、隙間から相手の姿を確認する。


 立っていたのは声の通り、細身の女性。そして彼女と手を繋いでいるのは、丸い顔をした、5歳か6歳くらいであろう黒髪で三つ編みお下げの幼女だった。

 女性は礼儀正しく一礼する。金髪が後ろで団子にまとめられているのが見えた。


「夜分遅くに申し訳ありませんが、ここで一泊させて頂きたいのです」


 見たところ普通の母娘のようだ。一行は気を抜き、そっと武器を納めた。

 ラウダとローヴも戦闘にならずに済んだことにほっと息を吐くと、武器を下ろした。


 ノーウィンが扉を開く。


「警戒してしまって申し訳ありません。さあどうぞこちらへ」


 ここぞとばかりにアクティーが母娘を中へ導く。

 女性は顔を上げると、ほっとした表情で小屋の中へと入ってきた。


「どうもありがとうございます」

「いえいえ。当然のことをしたまでです」


 アクティーの対応は実に紳士的で、普段ラウダをいじるときとは全く別人のようだ。


 ここの休息所は街道を通る者なら誰でも利用できる。だからこういう風に別の旅人と一緒になることもあるのだ。


 一行は少しずつずれると、母娘のためにスペースを広げた。

 女性は何度もありがとうございますと言いながら、娘を隣に座らせた。

 娘の手には少し大きめのうさぎのぬいぐるみ、その耳が握られていた。


「こんばんは。お名前はなんて言うの?」


 ローヴが親しげに声をかけると、幼女は少し恥ずかしそうに母親の陰に隠れながら、


「……ナンシー」


 と答えた。

 それを聞いて女性も慌てたように、


「申し遅れました。私はエルザと申します」


 深々と礼をし、自身の名を名乗った。


「エルザさん。とても美しいお名前だ。そしてその名に負けず劣らず美しい女性だ」


 相変わらずのフェミニストっぷりに呆れつつも、こちらもそれぞれ名乗る。

 母娘からこちらに対する警戒が解かれたようで皆一安心した。


 食事の続きを始めると、今度はラウダの話題から母娘の話題へとシフトした。


「お二人はこれからどちらへ?」


 母娘も少し軽そうな荷物からパンを取り出すと、2人で分け合い食べ始めた。


「私たちはポート・エルラに行くつもりです。そこから船に乗ってフォルガナへ」

「……おとうさんにあいにいくの」


 微笑む母親の陰から、ナンシーが小声でそう言った。


「ということはメルスからいらっしゃったのですね」


 アクティーの相変わらず普段と違う態度に、ラウダはため息を、ガレシアはにらみを利かせていた。


「ええ。巨大なクラーケンが出たせいで動かなかった定期便が再開したと聞いたので」

「ほう」


 満面の笑みでアクティーが大きくうなずいた。


「それにしても、2人きりでここを通るなんて危険じゃないですか?」


 ラウダの質問にエルザが答えようとすると、


「……おかあさん、ねむい」


 ナンシーが母親の服の裾を引っ張った。


「あ、すみません。疲れてますよね」


 慌ててラウダが謝ると、エルザは大丈夫ですと答え、ナンシーのために寝床を用意した。

 眠そうに横になる彼女に、


「早くお父さんに会えるといいね」


 にこやかにそう言うローヴを、ノーウィンは複雑な思いで見ていた。

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