13‐2
意見交換が一段落すると、皆それぞれに海を眺めたり空を眺めたりと一時の休息に浸っていた。
潮風が吹きぬけてゆく。
波に揺られるたびに木製の船はぎしぎしと音を立てた。
「広いなあ」
そんな中、縁から身を乗り出していたローヴが感嘆の声を上げた。
「この世界の果てはどうなってるんだろうね」
隣にいたラウダにそう楽しげに話しかけると、彼はぼんやりと船が進む先を見つめながら、さあと首を傾げた。
知らない世界。その果て。旅を初めて幾日も立ったが、未だに分からないことが圧倒的に多く、想像もつかない。
それを聞いていたガレシアがくすりと笑った。
「可笑しなこと言うんだねえ。世界に果てなんてないさ」
「え?」
素っ頓狂な声を上げたのはラウダだった。
海へと向けていた視線をぐるりと後ろに立っていた彼女へと向けた。
「そうそう。この世界は一つの球体なわけ。どこへ行ってもどこかへ繋がってる。だから果てなんてものはないんだよ、ローヴちゃん」
アクティーがそう説明すると、ラウダとローヴは互いに顔を見合わせた。
お互いの目に相手の怪訝な顔が映った。
「2人ともどうしたんだ?」
その様子を不思議そうに思ったノーウィンが近寄ってきた。同じく彼の隣にいたセルファも側に寄ってくる。
2人は困った顔で何事かを思案した。後、ローヴが口を開いた。
「あ、いや……ボクたちの世界には『果てがある』って言われてるんです」
「世界の果てって……どうなってるんだ?」
ノーウィンが首を傾げて尋ねる。他の3人も、不思議で、理解できないとでも言いたげな難しい顔を浮かべていた。
ラウダは首を横に振った。
「分からない。学者とか探検家が“果て”を見に行ったらしいけど、誰も帰って来なかったんだって」
「そう、だから世界の果てには死者の世界が広がっているって言われてるんです」
ラウダの言葉を継ぎ足すようにローヴがそう説明した。
当然、皆そろって首を傾げた。
「それって実は、ぐるっと回って違う大陸に到達していたりってことはないのかい?」
人差し指を唇に当て思案していたガレシアがそう尋ねるも、2人は、分からないとただただ首を振るだけだった。
「世界の果て、か……」
ノーウィンはそう言うと腕を組んで考え込んだ。
「まあ、ここで考えても何も分からないだろ」
話を切り上げたのはアクティーだった。
分からないことを考えたところで答えなど出ない。それは先ほどの話と同様に。
「前にも言ったと思うが、詳しいことはメルスの大図書館へ行って調べることだな」
「確かこの先のデトルト大陸にある城下町ですよね」
ローヴが尋ねると、アクティーはそうそうとうなずいた。
ラウダは船の進行方向へと視線を戻す。
そこへ行けば元の世界へ帰る方法も分かるかもしれない、と。
希望に満ちた瞳。そこに傍らで暗い顔をしているセルファは映っていなかった。
* * *
船に揺られること約3時間。
一行はデトルト大陸へと足を踏み入れた。
その入り口となるのはポート・エルラ。ポート・ラザと対をなす港である。
向こうの港同様、屈強な船乗りたちが汗水を垂らしながらあくせくと荷を運んでいる。
ちらほらと行商人の姿も見える。これからレブン大陸――ラウダたちがやってきた大陸――へ行くのか、デトルト大陸を周るのかは分からないが、嬉々として話しているのが聞こえてきた。
「いやーとにかく運航が再開してくれてよかったよ」
「なんでも凄腕の戦士たちが怪物を退治してくれたとか」
「どんなやつらだろうなー」
「きっと筋肉質でがたいの大きい男たちだぜ」
「そりゃ強そうだ、会ってみたいね」
話が盛り上がっている横を通り抜ける。当然こちらに対する反応はなかった。
アクティーがくっくっと笑う。
「凄腕の戦士だってよ、勇者様」
ラウダはむすっとしてそっぽを向いた。
そんな彼の肩をぐいと引き寄せる。
「何だったらあいつらに俺たちがやったんだーって」
「止めとけよ、アクティー」
ノーウィンがため息交じりに言葉を遮ると、ラウダから手を放し、アクティーは両手を上げて降参のポーズを取った。
「わーってるよ。冗談だ、冗談」
そういう割に表情は悪びれることなく、茶目っ気たっぷりだったが。
「それにしても、強いやつイコール男って考え方は気に食わないねえ」
ガレシアが腕を組み、行商人たちの方をにらみつけた。
「ですよね。今の時代は女が強いって証明してやらなきゃ」
ローヴもまた腕を組むと、ガレシアの言葉に賛同し、力強くうなずいた。
「まあまあ。あの行商人たちもそのうち分かってくれるだろうし、今は大人しく、な?」
今にも行商人に当たろうとする2人をなだめるように、困った表情のノーウィンが諭した。
「お前も苦労するな」
アクティーがそう言ってノーウィンの肩をぽんぽんとたたく様を見て、ラウダは大きくため息をついた。
* * *
港を出ようと、階段を上っていると1人の少年を見かけた。ハンチング帽をかぶった彼のその姿は、どう見ても船乗りでも行商人でもない。
左腕を掲げると、飛んでいた黒い鳥がバサバサと羽音を立てて、止まった。
その足から小さく折りたたまれた紙を取り、代わりにポケットから取り出した、これまた小さく折りたたまれた紙を足に取り付けた。
しっかりと固定したことを確認すると、少年は腕を振るい、烏は空高く飛んでいった。
「伝書鳥か……? だが黒い鳥を使うなんて珍しいな」
アクティーが物珍しそうにその様子を見ていると、少年は振り向き――
「げっ」
ぎょっとした顔でこちらを見た。
「なんだい? 知り合いかい?」
ガレシアが不思議そうに聞くが、見覚えは――
「ふ、ふふん! 俺がここで待ち伏せしてるとも知らずに、のこのことやってきたな」
「いやお前、どう見ても予定外の事態にビビってただろ」
「う、うるせえ! ってか人数増やすなんてずるいぞ!」
アクティーのツッコミを無理やり払いのけると、びっと指をさしてきた。
ハンチング帽、青髪――
「あ。君、確かリースの村の洞窟を抜けたところで」
ラウダが思い出したようにぽんと手を当て納得すると、相手はショックを受けたようだ。
「おいおいおい! まさか忘れてたわけじゃねえだろうな!」
「忘れてたね」
ローヴが真顔で小さくうなずきそう言うと、少年は悔しそうに地団駄を踏んだ。
「くっそー! こうなったら!」
言いながら、素早く、右太ももにさげている革製の包みから、拳銃を取り出した。
「なんだいコイツ。敵なのかい?」
しかしそれに動揺することなく、ガレシアは首を傾げ、不思議そうに尋ねた。
その様子が気に食わなかったのだろう。再度地団太を踏んだ。
「どう見てもそうだろうが!」
そしてラウダに照準を当てる。
どういう理由かは分からないが、ラウダを狙っている。その様子にセルファが武器を手に前へと飛び出た。
「太陽の証を持つやつ! 今度こそ」
「おい! 危ないぞ!」
少年の言葉が終わらぬうちに、上階から声が降ってきた。
少年は文句を言おうとそちらを見やって――
「ぐふっ」
転がってきた樽の巻き添えをくらった。
そしてそのまま階段をゴロゴロと落ちていった。
一行が下を見やると、少年はうつぶせに倒れていた。
ぴくりとも動かない。が、運が良いのか軽傷で済んだようだ。
「大丈夫、かな」
うわあ痛そうとつぶやくローヴの横で、ラウダが階下を見下ろしていた。
セルファもまた階下を見下ろし、大きくため息をつくと、武器をしまった。
「まあ、大丈夫なんじゃね? それより厄介ごとに巻き込まれる前に先を急いだ方がいいと思うけどな」
アクティーの言うことに同意すると、一行はその場を後にした。
その後ろでは、積み荷の樽と少年の安否を確認しようと男たちが慌てふためいていた。
* * *
ポート・エルラを出ると、ローヴが確認のため声をかけた。
「次はメルスって名前のところへ行くんですよね?」
ノーウィンが地図を取り出し、中央よりやや下を指し示した。
「ああ。ここ、メルス城とその城下町だ」
指差すその場所からは、上下左右に伸びる街道があり、そのうちの1本、東へ伸びる線の先が現在地であるポート・エルラへと続いていた。
「これからこのメレイア街道を通って西に向かうんだ」
「メルス城……ってことはついにお城が見られるんですね!」
ローヴが歓喜の声を上げるが、アクティーが首を横に振った。
「あんまり期待しない方がいいぜ、ローヴちゃん」
「え、どうしてですか?」
不思議そうな顔をするローヴに、ガレシアはため息をついた。
「城を見る分にはいいんだけどね。色々あるのさ……色々、ね」
意味が分からず首を傾げるローヴの横で、地図を眺めていたラウダは顔を上げた。
「確か、ここから先に盗賊が出てくるって話だったよね?」
アクティーがメガネを押し上げる。
「ああ。ま、襲われてもぶちのめしゃいいだろ」
「暴力で解決するんだ……」
苦い顔をしてそう言うラウダに、アクティーは不敵な笑みを見せた。
その横でノーウィンが地図上の街道をなぞり、その途中の一点をとんとん、と軽く指先でたたいた。
「今日は途中にある休息所を目指す。そこで一晩過ごして、明日メルスに入ろう」
「無難な考えだね。街道は結構な距離があるし」
ノーウィンの考えに、ガレシアは小さくうなずき同意を示した。
生まれてから旅人として世界を巡っている彼女の意見もまた貴重な情報源となる。
行き先が定まったことを確認すると、ローヴは周囲の顔を見渡した。
そして意気揚々とまっすぐ前を指した。
「そうと決まればしゅっぱーつ!」
威勢のいいかけ声を合図に、一行は歩き出した。




