13‐1
ポート・ラザ。
この町に滞在して6日目。ローヴはすっかり元気を取り戻していた。
これでようやく定期便に乗って次の町へと向かうことになる。
「迷惑かけてごめんなさい」
「ローヴちゃんは悪くないから、気にしない気にしない」
ぺこりと謝るローヴにアクティーが軽く返事をした。
その言葉ににこりと笑うと、荷物を整えているラウダの横顔を見つめた。
気まずい空気が流れるかと思ったが、結局あの後はいつもと変わらず接してくれた。
てっきり嫌われたものだと思ったが。
帰ろうか。
ローヴはその言葉を『ウィダンへ帰ろう』という意味だととらえることにした。
あんなことを言っておいてなんだが、その方が嬉しかったから。
一行は宿を後にする。向かうのはもちろん定期便乗り場だ。
道中にすれ違うのは屈強な海の男たちばかり。来た時とはうって変わってどの面々も気合十分だ。
乗り場の受付では1人の男が待っていた。海上戦で船の操縦をしていた老船長だ。
こちらに気づくと、口にくわえていたパイプを離した。
「待ってたぞ」
「何か用か?」
ノーウィンが不思議そうに尋ねると、相手は小さく笑んだ。
「なに、ちょっと礼が言いたかっただけだ」
そしてこうべを垂れた。
「お前たちのおかげでこの港、ここにいる船乗りどもが助かった。ありがとう」
顔を上げると、ちらりとラウダの方を見やり、ふっと笑った。
「特に坊主は大活躍だったな。お前みたいなやつを勇者というのかもな」
思わぬことを言われ、呆然となったが、軽く首を横に振るとうつむいた。
嬉しいような恥ずかしいような悲しいような、とにかくいろんな感情が同時に出た。
そんな彼を見て船長はわははと笑うと、視線を一行の方へと戻した。
「お前たちのために今回の定期便は俺が舵を取る。安心して乗るといい」
そう言うとパイプをくわえ直し、嬉しそうな表情のまま船へと乗り込んでいった。
船長がいなくなったと同時にアクティーがちらりと横目でラウダを見た。
「勇者だってよ、ラウダ君」
「…………」
相変わらず複雑な気持ちで、何と言ったらいいのか分からず、ラウダはただ黙っているだけだった。
それが面白かったのか、アクティーはにやにやしながら船へと乗り込んでいった。
やれやれと息を吐き出すも、どこか嬉しそうな顔でノーウィンが振り返った。
「俺たちも乗ろう」
* * *
出港した船の傍らを、海鳥たちが優雅に飛び交う。
潮風を受けて進むのは海上戦の時より一回りほど小さな船だが、それでも立派なものだった。
マストの天辺にある青い三角旗が風を受けてはためく。
船には、ようやく大陸間を移動できることに嬉々として会話を交わしたり、商売道具を確認する商人などが乗り合わせていた。
その中で一行はそれぞれくつろぎ始めた。
ラウダは船の縁に肘をつくと、ぼんやりと海を眺める。
何事もないよう祈りながら。
クラーケンの襲撃であんなにも荒れていた海が、今は驚くほど穏やかだった。
「お前らの話を聞く限りじゃ、この先も波乱万丈な旅になりそうだな」
隣にやってきたアクティーが皮肉るようにそう言う。ポケットに手を入れ海を眺める横顔は、どこか楽しんでいるようにも見えて。まるで子供のようだ。
とはいえ、ただ純粋無垢な子供ではない。ひねくれて、物事を斜に構える、いわゆる生意気な子供。
今さらではあるが人生でこういう人間と接したことがないラウダにとっては扱いづらいタイプだった。
「僕だって好きで事件に関わってるわけじゃないよ」
小さくため息をつく。
そんな様子が面白可笑しく映ったのか、笑い出した。
「ラウダ君はいじりがいがあるねえ」
いつからそう言う位置づけをされたのか。思い返せばローヴや劇団の仲間から、確かにしっかりといじられキャラが定着されている。
そう、昔から――
いや昔からだったか? そんなはずはない。
昔の記憶を手繰り寄せる。手繰り――
「難しい顔してんな。嫌なことでも思い出したか?」
人が必死に考えているというのに、それさえも楽しげに笑う彼は実に非道だ。
「そういうアンタは思い出さないのかい?」
突如背後から声がした。聞き覚えのある声が。
それと同時にアクティーの笑顔が凍りついた。
後ろを振り返ると思った通り。
ガレシアが立っていた。
「ガレシアさん!? どうして?」
驚いた様子でローヴが言う。
予想だにしなかった再会に、皆も目を丸くしていた。
「そんなバケモノを見るような目で見ないどくれよ」
黒いコートをはためかせ、一行の元に歩み寄ってきた彼女。その言動の割には不快そうな様子は見せない。
「今まで止まっていた定期便がやっと動いたんだよ? 一緒の船に乗り合わせていてもおかしくはないだろう?」
「それもそうか」
納得したようにノーウィンがうなずく。
「まあ乗り合わせるだけだしな……」
「なんか言ったかい?」
ぼそりとつぶやいたアクティーを、ガレシアはきっとにらみつけた。
なんでもないと首を振ると、ようやく彼女の方へと振り返った。相変わらず気まずそうな顔はしていたが。
「あんたはどこへ行くんだ?」
ノーウィンの質問を受け、んーと人差し指を唇に当て何事かを考えていたが、すぐに小さくうなずいた。
「それはアンタたちに任せるよ」
「え?」
きょとんする一行を見ると楽しそうに笑い、そしてはっきりと告げた。
「もう決めたんだ。アンタたちについていくってね」
「はああ!?」
得意気に言うガレシアに、真っ先に反発したのは、案の定と言うべきか、アクティーだった。
そんな彼にガレシアは笑顔から一転、冷たい視線を送った。
「なにさ、文句でもあるのかい?」
「いくらなんでも唐突すぎんだろ!」
理解できないと非難するアクティー。こうも取り乱す彼は恐らく初めて見た。
対するガレシアは落ち着き払った様子でにこりと微笑み。
「でもアンタ以外は歓迎してくれるみたいだよ。ねえ、ラウダ」
「え、あ、うん」
突然話を振られて、曖昧な答えを返す。
だが曖昧でありながらも、彼女が仲間になることに対して否定する気がないのは事実だ。
「お前、そこはだな! はあ……」
途中で気が抜けたのか、アクティーはがっくりとうなだれた。
どうやら言い返しても言いくるめられることが分かっているようだ。まるでラウダとローヴのように。
なんとなくアクティーとガレシアの関係が分かったような気がして。先程までの苦手意識から一転、いくばくかの親近感がわいた。ような気がする。
「ガレシアさん、本当に一緒に来てくれるんですか?」
そう言うローヴは嬉しそうに目を輝かせている。
もちろん、とガレシアは大きくうなずいた。
「しかしなんでまた急に?」
一連のやり取りを見ていたノーウィンが首を傾げる。
そこでガレシアの表情が一変、真剣なものに変わった。
「……探しものをね、してるんだ」
「探しもの……?」
潮風に金茶色の髪が流される。
周囲の様子を確認する。他の客に聞かれたくないから。
確認を終え、何かを思い出すかのように目を閉じると、酒場でアクティーに語り聞かせた昔話を、ゆっくりと語り始めた。
* * *
「天より降りし黒い石」
ラウダがそっとつぶやいた。
ガレシアの父が探していたもの。そして彼を殺すことになったもの。
「証の所有者であるアンタたちについていけば何か分かると思ってね」
「普通の石とは違ったんですよね……?」
「ああ。吸い込まれそうなほど真っ黒で……見た瞬間、怖いと思った」
ローヴの問いに、話を終え、少し陰った表情のガレシアが答えた。
「あれが何だったのか。それを狙ってきたであろう黒服の集団。アタシは、真実を知りたい」
はっきりとそう告げた。
決意は固い。それはしっかと先を見つめる目を見ればよく分かった。
「それと、だ。ガレシアから聞いたときから気にはなっていたんだが……」
腕組みを解くと、アクティーがノーウィンの方へと向き直った。
それにノーウィンは小さくうなずいた。
「黒服に黒仮面の集団……もしかすると俺の探している黒騎士とも関係があるのかもしれない」
深く考え込むノーウィンに、ガレシアは困った顔を見せた。
「アタシも黒騎士の話は聞いたことあるけど……見たのは騎士って風貌じゃなかったね……」
そうしてその困った顔を、今度はラウダとローヴへ向けた。
「それにしても、2人が異世界からやってきた、ねえ」
「信じられないかもしれないんですけど、本当のことなんです」
そう言うローヴもまた困った顔をしていた。
何せこの中で一番非現実的な話なのだ。それを話すだけでもなかなかの勇気が必要とされる。
そうやってお互いの情報を交換する中、何気なくセルファの方を見やったラウダは驚く。
少し離れた場所に立っているセルファ。普段無表情の彼女が、怒っているような、悲しんでいるような、そんな複雑な顔をしていた。
声をかけるべきか悩んだが、止めておくことにした。
彼女のことだ。尋ねたところで答えてはくれないだろう。
今度は腕組みをし、うーんとうなりながら何事かを思案していたローヴが口を開いた。
「ラウダから聞いたんですけど、確かこの先で全身黒ずくめの人がいるんですよね?」
「ん、そうそう。あくまでうわさだけどな」
難しい顔のローヴの問いにアクティーが答えた。
するとたちまち顔を輝かせ、意気揚々と告げた。
「もしかしてそれが黒服黒仮面ってことは?」
全員が黙り込んだ。
その考えについてはすでに全員が同じ意見を抱いている。
つまるところ『今更』ということだ。
ローヴは静まった周囲をきょろきょろすると、慌てて言葉を紡いだ。
「あ! いや! もしかしての話で、その」
その慌てぶりが面白くて、皆一斉に吹き出した。
その中にセルファは含まれていない。
「だーいじょうぶ。分かってるよ、ローヴちゃん」
笑いながら、アクティーがローヴをなだめすかした。
なかなかに恥ずかしかったのだろう。ローヴは顔を赤らめると下を向いた。
「どちらにしても実際に確認してみないことには何とも言えないな」
腹を抱えて笑っていたノーウィンは、それを止め、優しく微笑んだ。