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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第12話 まだ見えぬ世界の影
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12‐6

「そっか……ノーウィンさん元気なかったんだ……」


 暗い面持ちでローヴはつぶやいた。


「無理もないよ。すぐ近くに父親を殺した人がいるかもしれないんだから」


 言いながらラウダは表情を暗くした。


「前に」


 ローヴが口元に手を当て、ぽつりと話し始めた。


「ノーウィンさんと師匠が話してたよね。この世界では人が人を襲うこともあるって」

「うん」


 ラウダがじっとローヴの顔を見つめる。


「今まで訪れた町ではそんな風には見えなかった。だけどフォルガナでは悪いことをする人がいた。ノーウィンさんのお父さんも人に襲われて、その……死んだんだよね……」

「うん」


 顔を上げて、相づちを打つラウダを見つめた。


「どうしてそんなひどいことができるんだろうって。どうして平気で人を殺せるんだろうって」


 ローヴは視線を落とした。


「人殺しなんて……最低だよ」


 ラウダは何も言えなかった。

 ローヴの境遇は知っていた。家族を失い、1人で暮らしているということ。

 そんな彼女だからこそ、戦いを否定するのだろう。何かを傷つけること、そして殺すということに。

 そのことに関わっているラウダは視線を落とし、表情を曇らせた。

 それに気づいたローヴは顔を上げると、慌てて両手を振った。


「あ! ごめんね、暗い話するつもりじゃなかったんだけど」


 ラウダは顔を上げると、笑顔を見せた。


「分かってるよ」


 笑顔、のはずだが、ローヴにはそれがどこかぎこちなく思えて。

 何と声をかければいいのか言葉を探していると、背後でがちゃりと扉が開く音がした。

 2人してそちらを見やる。入ってきたのはノーウィン。それに続いてセルファだった。


「ローヴ、大丈夫か?」


 ベッドに座る彼女を見て、少し驚いたようだ。


「はい。……心配かけてごめんなさい」

「いや、いいんだ。元気そうでよかった」


 そう言うといつもと変わらない笑顔を見せた。そこに昨日までの暗い表情は微塵もなかった。

 自分の気持ちを整理できたのだろう。その辺り、ノーウィンは大人だなと、ラウダは1人感じていた。

 ローヴは扉を閉めるセルファへと視線を移す。


「セルファもごめんね」


 振り返ったセルファは首を傾げた。


「ずっとボクに付いていてくれたって聞いたよ。ありがとう」


 セルファはついと顔をそむけると、


「別に……」


 大したことではないと言いたげだった。しかしそれはいつもの無表情とは違い、どこか複雑そうなものだった。


「ところで、アクティーさんは?」


 ローヴは視線をノーウィンへと移すと、そう尋ねた。


「なんでも仕事があるとかで、また情報部の方に顔を出すって言っていたな」


 彼を失ったことで、少々混乱気味のフォルガナ支部。この辺りの町を担当している、その負担を少しでも軽減するために、この先声魔(セイマ)を使って、遠く離れた場所から指示を送るとのことだった。


 普段、あんなにもおちゃらけた態度からは想像できない仕事っぷり。いやむしろそういう一面もあるからこそ、信頼も厚いのかもしれない。

 だからと言って、ラウダからすればいじられるのは気に食わないが。


「アクティーに何か用事だったのか?」

「いえ、ただお礼が言いたかったから」


 その言葉にラウダはふとあることを思い出した。


「ノーウィン。ガレシアを見なかった?」


 しばらく考え込んでいたが、首を横に振った。どうやら見なかったようだ。


「そっか……お礼を言いたかったんだけどな」


 ため息をつくラウダに、ローヴがあることを提案した。


「アクティーさんに聞いてみればいいんじゃない?」


 昔の知り合いというのなら、彼女がどこで何をしようとしているのかも知っているかもしれない。


「それは、止めておいた方がいい」


 そう言って引き止めたのはノーウィンだった。

 ローヴが不思議そうに振り返る。

 ノーウィンは困ったような表情を浮かべていた。


「ラウダも見ただろう? 彼女について聞かれたときのアクティーを」


 言われてはたと思い出す。

 あれは確かアクティーが恋バナについて話を振ってきたときだ。

 ガレシアとはどうなのかと言われ、アクティーの表情が明らかに変わった。

 今思えばあれは本気で怒っていたようにも思える。


 相変わらず不思議そうな顔をしているローヴが、ラウダの方へと向いた。

 無言ではあったが、早く言え、と言っているような、そんな圧力を感じた。


 そういえば彼女はアクティーとガレシアの関係に興味津々だった。

 これ以上ローヴが彼を刺激しないためにも、ラウダは手短に説明した。

 ――もちろん恋バナをしたということは言わなかったが。


 納得してくれたのか、ローヴはそっかとだけ言うと、それ以上は突っ込んでこなかった。


「ボクもお礼言いたかったのにな」


 そう言うローヴにノーウィンが笑いかけた。


「きっとまた会えるさ」


 こくりとうなずいたローヴだったが、そこで小さくくしゃみをした。

 まだ病み上がりの身なのに少し話しすぎただろうか。ラウダにうながされてローヴは横になった。


「ラウダ」


 不意にローヴが声をかけてきた。その表情は至って真剣なものだった。


「何?」


 しばらく間を置くと、小さな、しかしはっきりとした声で言った。


「お腹空いた」


 それを聞いて、吹き出しそうになるところをこらえると、こくりとうなずいた。



 その後、宿屋の主人に頼んで料理を作ってもらい、部屋へと運び込んだ。

 さらにノーウィンの気遣いによって、皆そろって部屋で食事をとることとなった。

 帰ってきたアクティーがその様を見て呆れてはいたが、こちらも気を遣ったのだろう。同様に部屋で食事をとっていた。

 食後に薬を飲んだローヴはしばらく談話した後、すやすやと眠りについた。

 そんな彼女を優しく見守りながら、4人もまた眠りについた。


 *     *     *


「おーい」


 どこか遠くから声がする。

 体が揺れる。というよりも揺さぶられているのか。

 しかし意識は深い海の底に沈んでいる――ような気がした。


 バホッ


 直後、鈍い音と共に顔面に痛みを感じ、重たいまぶたを開いた。

 真っ暗な視界はすぐに開けた。

 まぶしい日差しを背に、枕を手にしたローヴが、顔をのぞき込んでいた


「この光景もすっかり見慣れたな」


 ノーウィンの笑い声を耳にしながら、ラウダはゆっくりと身を起こした。

 未だに開けきれない目をこするが、ローヴがベッドから出ていることに驚き、すぐに目が覚めた。

 その後ろ、窓の側に立つセルファが視界に入った。いつもの服装へと戻っている。


 ローヴの体調はすっかり良くなったようで、表情もすっきりと明るいものだった。

 しかし万が一のことを考えて、出発は明日にするとノーウィン――こちらもいつもの服装へと変わっている――から告げられた。


 ローレルの刺繍(ししゅう)が入った深緑のコートを身にまとい、威厳を取り戻したアクティーが壁に立てかけてある武器を指差した。

 なんでも、海上戦で海水を浴びた武器が錆びないように、この街に滞在していた武具専門の行商人に簡単に研磨してもらったそうだ。

 これで準備は万端ということだ。


「灯台に行こうよ」


 洗濯されてお日様の匂いがする服を手渡しながら、ローヴがそう言ってきた。

 部屋でくすぶっているのが嫌な彼女はぐいとラウダの腕を引っ張った。

 本当は寝ておいた方がいいのではないかとは思ったが、こうなったローヴを制御するのは難しい。

 諦めて、脱衣所へと行き着替えると、半ば彼女に引きずられるようにして灯台へとやってきた。


 夜の海を照らす役目を担う灯台はレンガ造りのもので、昼間こそ仕事はないものの、堂々とした風情でそこに在った。

 この灯台、昼間には自由に出入りできるということをノーウィンから聞いたらしい。

 軽やかな足取りで螺旋階段の先を行くローヴを、突然体調を崩さないかとはらはらしながら後を追った。


「うわあ! すごーい!」


 最上部。中央に巨大なレンズが設置されており、その周囲から外を一望できるようになっている。


「うわあ……」


 ローヴに続いて外へ出ると、大海原を望むことができた。


 雲一つない青い空と澄み渡った青い海。どこまでも続く両者が1本の、水平線という名の線で区切られているだけで、あとは一面青に染まっていた。

 ふんわりと吹いてくるのは、潮の香りを運んでくる風。

 よくよく目を凝らすと、遠くにうっすらと対岸を見やることもできた。


 圧倒されるその景色に、しばらく言葉を交わすこともせず、ただただ目を奪われていた。

 何分にも何時間にも感じられたその間。口火を切ったのはローヴだった。


「この世界も悪くないなって思うんだ」


 ラウダは景色からローヴへと視線を移した。彼女は変わらず海を見続けている。


「だからね。時々分からなくなるんだ」


 そこでローヴはラウダへと体ごと向けた。

 その表情はどこか哀しそうな笑顔だった。


「元の世界に帰れなくてもいいかなって」


 沈黙が流れる。

 風が少し強くなり、2人の髪をなびかせた。


 ラウダは視線を落とし、目を閉じる。

 何も言わないまま。時間だけが過ぎていく。

 ローヴはじっと、そんな彼を見つめていた。真剣に。けれどどこか不安な面持ちで。


 ラウダが目を開き、顔を上げた。


「帰ろうか」


 笑顔でそう言った。


 そしてそのままその場を後にした。

 ローヴはうつむいた。しばらくして、彼女もまたその場を後にする。

 重い足取りで階段を下りていく。


 灯台の入口から外に出ると、ラウダが何かを拾っていた。

 しかしそれには気を留めず、ローヴは隣を通り過ぎると先に歩いて行った。


 帰ろうか。その言葉の意味を考えながら。


 ラウダは拾い上げたものを手のひらで転がしてみた。

 丸く透明なガラス玉。

 何気なくそれをつまむと、それ越しに海を見やった。

 丸の中に船や海が映り込む。まるでガラス玉の中に世界が収められたかのように。

 それを止めると、再度手のひらに乗っける。


「僕はどうしたらいいかな……」


 誰に言うでもなく、1人つぶやくと、ぎゅっとガラス玉を握りしめた。


 そして彼もまた宿へ向けて歩き出した。

第12話読んでいただきありがとうございます!

「面白かった!」「続きが気になる!」など、少しでも思っていただけましたら、是非ブックマークや評価にて応援よろしくお願いします!

一評価につき作者が一狂喜乱舞します。

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