12‐4
ラウダは窓から外を眺めていた。
にぎわう町をどこか遠くに感じながら、ぼんやりと考えに浸る。
なぜ奴隷制度の話にあんなにも反発してしまったのだろう。
いや違う。原因は他にある。分かっている。分かっていはいたが。
はあ、と小さくため息をついた。さっきから何度目か分からない。
ちらりと幼なじみの方を見やる。
病状は落ち着いており、今もぐっすりと眠っていた。
特にすることもないためか、どうしても考え事ばかりしてしまう。
どうして自分が勇者なのか、何故自分でなければならなかったのか、元の世界にはどうやったら帰れるのか――考え出したらキリがない。
そうして最後に出てくる答えは一つだけ。いくら考えても答えは出ないということだった。
結局行動しなければ何も分からない。そのことを痛感させられて空しくなる。
はあ、と小さくため息をついた。さっきから何度目か分からない。
がちゃりと扉が開く音が響く。
慌ててそちらを見やると、入ってきたのはアクティーだった。
「なんだ2人きりか。邪魔したか?」
部屋を見渡しながら、意地の悪そうな顔でそう言った。
「邪魔も何も……不謹慎だよ」
「そーか、そりゃ悪かった」
大して反省の色も見せないまま、近くの椅子に腰かけた。
「報告は終わったの?」
「ああ問題なくな。それよかノーウィンの野郎はどこ行った?」
「セルファと一緒に買い出しに行ったよ」
言いながら、ラウダも窓から離れ、ローヴの隣のベッドに腰かけた。
そうか、とつぶやくように答えると、アクティーはラウダから視線をそらした。そして何事かを考えるように肘掛けに肘をつき、顎を乗せた。
「何かあったの?」
その様子に声をかけずにはいられなかったラウダが尋ねた。
「ああ……あいつが喜びそうなことがな」
相変わらずアクティーは視線を合わせることなく答えた。
ノーウィンが喜びそうなこととは一体何か。首を傾げていると、噂をすれば何とやら。扉が開いて、紙袋を片手に持ったノーウィンと、セルファが部屋に入ってきた。
「ただいま。っと、なんだアクティーも戻ってきてたのか」
ノーウィンの言葉に、アクティーは返事の代わりに軽く手を振る。
「おかえり。買い出しは無事にできた?」
アクティーの横を通り、テーブルの上に紙袋を置くと、腰に両手を当て一息ついた。それから笑顔でラウダの方を振り返る。
「ああ。早速露店も再開されてたよ」
「ここのやつらは商魂たくましいねえ」
やや呆れ顔でアクティーが首を振った。
その隣を通り、セルファはいつもの場所、窓の側に立った。
先程までラウダも見ていた外の風景だが、いつも彼女は何を見ているのだろうか。そんなに面白いものなどなかったが。
「ところで」
不思議に思いながらも、ノーウィンの声に反応し、ラウダはセルファから視線を離した。
「さっき興味深い話を耳にしたんだ」
「興味深い話?」
首を傾げるラウダに、ノーウィンは小さくうなずき、腕を組んだ。
「リースでドラゴンと戦っただろう? なんでもその前に西の方で大きな光が空から落ちていったらしい」
「ほう……そりゃ確かに興味深い話だな」
そう言うアクティーは肘掛けから肘を離すと、大きく伸びをし、身を乗り出した。
「その光が何なのか……現段階では分からなかったが、ここから西といえば」
「ガストル帝国ね」
ノーウィンの言葉を、セルファが継いだ。
いつの間にか彼女は窓に背を向け、こちらを見ていた。
「光とドラゴン。帝国が良からぬことを考えているのは間違いないわ」
「まあまあ。セルファちゃんがそう言いたくなるのは分かるけどさ。まだ断定するには早いんじゃね?」
はっきりと物言うセルファを、アクティーがなだめた。
それが気に入らなったのか、セルファは相手をきっと睨みつけた。
しかしそれを気にすることなく、アクティーは話を続ける。
「普通に考えれば空から光を降らせるなんて人間の為せる技じゃないでしょ。そんな魔法も現段階じゃ存在しないしな」
「……何が言いたいの?」
アクティーに向ける視線は変わらず鋭い。
「勇者様が倒すべき諸悪の根源が帝国だっていう根拠はないでしょ?」
それに反論しようと、かみつかんとする勢いでいるセルファをノーウィンがたしなめた。
その様子に小さくため息をつくと、アクティーは話を続けた。
「確かにここ最近の帝国の様子がおかしいのは明らかだ。が、帝国内部がどうなっているのか……それを知ってる人間はいない。いやいるのかもしれないが、現状では分からないことの方が多い。シルジオでも一斉捜査をしてるところらしいしな」
ラウダが首を傾げる。
「えーと……つまりアクティーは悪いのは帝国じゃないって言いたいの?」
「そんなはずないわ! 帝国は――」
珍しく怒鳴るセルファだったが、何かに気づいたようにはっとなると、途中で話すのを止めた。
驚くラウダだったが、それまでと違い、どこか悲しそうな表情を浮かべた彼女に話しかけることはできなかった。
様子を見ていたアクティーは、首を横に振ると話を続ける。
「帝国を悪と見なす……今の世界ではそう思うのが当然、みたいになってる。けどな、俺たちは証を持つ者だ。世間一般の常識だけを盲信していたら足をすくわれる羽目になるかもしれねえ。それを覚えておけって言いたいだけ」
それだけ言うと、アクティーは背もたれにどかっともたれかかった。
「分かったわ……」
セルファが小さく、つぶやくようにそう言った。
悲しそうな表情は変わらない。
「……セルファちゃん」
そんな彼女にアクティーは優しく声をかける。
「俺は別にセルファちゃんを責めるつもりはないってことだけ覚えといて」
セルファはしばしの間、目を伏せる。次に目を開いたときにはいつも通りの無表情な彼女だった。
何を考えているのか分からないことが多いが、彼女には彼女なりに思うところがあるのかもしれない。
いつかそれを知ることはできるのだろうか。
ラウダは視線を落とした。
「さて、次は俺の番だな」
アクティーにそう言われ、先程、ノーウィンが喜びそうな話があると言っていたことを思い出す。
顔を上げて彼の方を見る。
ノーウィンもまた、不思議そうな顔をして、アクティーを見やった。
「情報部のやつから聞いたんだが、メレイア街道周辺で盗賊の数が増えてきてるらしいぜ」
「メレイア街道……?」
ラウダが首を傾げる。
そんなラウダを見て、ノーウィンは小さくうなずく。
「メレイア街道っていうのは、ここから船で渡ったところにあるポート・エルラ、そこから次の町へ進む途中にある街道さ。世界最大の湖、モス湖をぐるりと囲んでるんだ」
「へえ……そこに盗賊が出るの?」
「ああ。周辺には木が生い茂ってて闇討ちするにはもってこいってわけ」
アクティーはくいっとメガネを押し上げる。
再びラウダは首を傾げる。
「シルジオは捕まえないの?」
するとアクティーは肩をすくめた。
「捕まえたくても捕まえられないんだよ。数が多いうえに素早い。しかもどこから沸いてくるのか、捕まえても捕まえても出てくる不思議スポットなわけ」
聞いた限りではまるで人間とは思えない。盗賊という名の魔物ではないかとも思ったがそうでもないらしい。
「ま、だからどうしろってわけじゃねえけど、通る時はご注意を、と」
「ああ、分かった」
アクティーの忠告に、ノーウィンがうなずいた。
素直な様を見て、心地よかったのか、アクティーはうんうんとうなずく。
「そういえば、アクティー言ってたよね。ノーウィンの喜ぶ話があるって。それが今の?」
ラウダの方を向いたノーウィンの表情が、怪訝なものに変わる。
「俺が喜ぶ……?」
そして問い詰めるようにじっとアクティーの方を見やる。
アクティーは首を横に振ると、顎に手を当てた。
「今のやつの続き……ってとこか。同じ場所での話だ。これも情報部のやつから聞いたんだがな」
再度メガネを押し上げる。どこかもったいぶるような仕草に、ノーウィンが急かすような目で見る。
それを分かっているのか、アクティーはにやりと笑った。
「全身黒ずくめのやつを見たらしい」
直後、ノーウィンが腕組みを止め、飛び跳ねるようにアクティーの前に立ち塞がった。
その顔には、驚きと怒りとが混じったような、なんとも複雑なものが浮かび上がっていた。
何と言えばいいのか分からないのか、口を開いたまま、しかし目はしっかりとアクティーを捕らえていた。
そんなノーウィンが何かを言いだす前に、アクティーは口を開いた。
「残念ながらそいつが見たわけじゃない。だから何がどう黒ずくめなのか。あくまで噂として耳にしただけだ」
目の前で驚く男をよそに、肘掛けに肘をつくと、非常にリラックスした様子を見せる。
「ま、信じるも信じないもお前の自由だがな。どうだ、嬉しい情報だろ?」
ノーウィンはうつむくと、目を伏せ、唇を強くかんだ。決して忘れないように、と。
どう見てもそれは嬉しい表現ではない。だが追う者としては喜ばしい情報には違いなかった。
誰もが口を閉ざし、ノーウィンを見つめていた。
傾き赤くなった陽が、そんな部屋を染め上げた。