12‐2
ラウダがほっと胸をなで下ろす、と同時にアクティーが肩を抱いてきた。
「お年頃だねえ」
にやにやとそう言うアクティーの腕を、むすっとした表情で払いのける。
「で? 実際どうなのよ? 勇者様」
払いのけられてもなおにやにやと笑うアクティーに不快感を覚えつつ、ラウダは答えの代わりに文句をつけた。
「あのさ、その呼び方止めてくれない?」
「あら、お気に召さない? 照れ屋さんだねえ」
茶化すような口調に、ラウダは大きくため息をついた。
そして先程の質問に対して返答する。
「……それで何がどう、なの?」
そこで突然アクティーが声を潜めた。
「何って、ローヴちゃんよ。どう思ってるんだって聞いてんの。好きなの? 彼女なの? それともセルファちゃんが好みだったり?」
「…………」
矢継ぎ早に繰り出される質問にラウダは呆れた表情を浮かべた。
だがアクティーの表情は変わらない。
「せっかく男3人なんだぜ? いや本当は嫌なんだけど。そういう恋バナも聞きたいじゃない? なあ、ノーウィン」
話を振られたノーウィンは困ったように笑った。
「あんまり茶化すなよ。ラウダが嫌がってるじゃないか」
「なんだよーつまんねーなー」
子供のように口を尖らせ、ぶすっとしてラウダの方を見やった。
仲間になる以前から思っていたことだが、この男、本当に何を考えているのか分からない。
口を尖らせるのを止めると、アクティーは近場にあった椅子に腰かける。
「好きな子のことが心配なのは分かるけどよ、ちょっとは息抜きしねえと」
これがアクティーなりの心配の仕方なのだろう。
そうとは分かっていてもやはり反論はしたくなる。
「……別にそんなんじゃないし。そういうアクティーはどうなのさ。ガレシアと」
そこでアクティーの表情が凍りついた。
「……君ねえ、大人には大人の事情ってもんがあってだなあ……聞いていいことと悪いことがあるんだぜ?」
「なんだ言えないんだ」
「……可愛くねえガキだな」
どこか険悪になりつつあるムードにため息をつくと、ノーウィンが口を挟んだ。
「まあまあ。誰だって人には言えないことの1つや2つはあるもんさ」
「じゃあ聞くが」
ここぞとばかりに、アクティーがノーウィンの方へと振り返り尋ねた。
「お前はなんで風呂でも目隠ししてたんだよ」
左目を隠すように頭からぐるりと巻かれている赤い帯。それは普段からのことだったのだが、風呂に入ってもなお外そうとしなかった。
「目隠しっていうか……眼帯みたいなもんだからな、これは」
そう答える彼の表情は、どこか困った様子だった。
「眼帯? 目が悪いの?」
ラウダも身を乗り出した。
実は出会ったときから気にはなっていたが、ファッションの一種か何かだと思っていた。
「悪いっていうか……ない」
「「は?」」
頭をかきながらそう言うノーウィンに、思わずラウダとアクティーはそろって声を上げた。
「いやだから……目がないんだよ。潰れてるっていうか……だから何も見えない」
「な、なんで?」
困惑するラウダに、ノーウィンは首を横に振った。
「それは分からない。気がついたときにはもうなかったんだ」
「記憶喪失……か」
真面目な顔に戻ったアクティーがそう言うと、ノーウィンは小さくうなずいた。
「……じゃあその体中の傷は?」
ラウダは思わず気になっていたことを口にした。
風呂に入る前、彼が服を脱いだ際、その全身に刻み付けられたかのようにある大量の傷に絶句した。
本人は至って気にしていないようで、何も言わなかったが。
「傭兵としてやってるうちにってのもあるが……これも大半は覚えてないんだ」
抉られたような傷跡の数々。一体何をしたらそうなったのか。
「……奴隷」
腕を組み、難しい顔をしていたアクティーがぼそりとつぶやいた。
「え?」
「……この世界に貴族制度があったことは知ってるか?」
不思議そうな顔のラウダにアクティーが問う。
「あ、うん。ノーウィンから聞いたよ」
「……そうか」
アクティーの難しい顔は変わらない。
「数年前、ごく最近まであったんだがな……昔は奴隷ってのがそこらじゅうにいたもんだ。仕事を失くした者、金がない者、親に捨てられ路頭に迷った者……そういったやつらはみんな捕らわれ、人身売買のための商品として売られていた」
「…………」
人身売買。商品。
その言葉に嫌悪感を抱き、ラウダは押し黙る。
アクティーは続ける。
「物好きな貴族たちはそれを買い、あるいは雑用として、あるいは貴族としてのステータスとして、そしてあるいは……玩具として。奴隷は物だ。人間じゃない。だから平気で傷つけられるし、平気で捨てられる」
「……俺は奴隷だったかもしれない?」
その言葉に、ノーウィンもまた考え込む。自分の記憶の内を探るように。
「とんでもない貴族様に拾われて、ひどい目にあわされてたのかもしれない。ま、全部憶測だけどな」
そう言うと、アクティーは椅子にもたれかかった。
「……そんなことが普通にあったの? 誰も止めなかったの?」
ラウダが苦い顔をして尋ねた。
アクティーは天井を見上げる。
「あったんだよ。現実にな。誰も逆らえなかった。金に物を言わせてた貴族様にはな」
「でもこの世界には王様がいるんでしょ? それなら――」
「奴隷制度は人が人であるために必要なことだ。王は目をつむっていたよ。何も見ていない、知らないかのようにな」
納得がいかないような表情のラウダに、アクティーはため息をついた。
「でもそれももう過去の話だ。今の俺たちには関係ない」
関係ない。
その言葉で、ラウダの中の何かが切れた。
「今が良ければそれでいいの!? 過去に起こした罪が変わることは絶対にないはずでしょ!?」
ラウダは激昂し、叫ぶ。
「……じゃあお前ならどうするよ、勇者様」
アクティーの言葉は冷たかった。
その場がしんと静まり返る。
そこでローヴの小さな寝息が聞こえた。
いつの間にか自分が大声を出していたこと、ここはローヴが眠る病室であることに気が付きラウダは口元を抑えた。
「やめだ、やめ」
アクティーは首を横に振る。
「こんな暗い話しても、言い争っても何にもならねえ」
そう言うと立ち上がり、扉のノブを握った。
「どこへ行くつもりだ?」
「食堂だよ、食堂。飯食いにな」
ノーウィンの心配をよそに、アクティーはひらひらと手を振り、部屋を出ていった。
どこか気まずい空気が流れる部屋に残され、しばらく2人は何も言わなかった。
ラウダはベッドに腰かけると、ため息をついた。
「……セルファが戻ってきたら俺たちも飯にしようか」
こんな状況でも気を遣っているようだ。ノーウィンは笑顔でそう言った。
ラウダはこくりとうなずくだけで、後は押し黙っていた。