表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第12話 まだ見えぬ世界の影
57/196

12‐2

 ラウダがほっと胸をなで下ろす、と同時にアクティーが肩を抱いてきた。


「お年頃だねえ」


 にやにやとそう言うアクティーの腕を、むすっとした表情で払いのける。


「で? 実際どうなのよ? 勇者様」


 払いのけられてもなおにやにやと笑うアクティーに不快感を覚えつつ、ラウダは答えの代わりに文句をつけた。


「あのさ、その呼び方止めてくれない?」

「あら、お気に召さない? 照れ屋さんだねえ」


 茶化すような口調に、ラウダは大きくため息をついた。

 そして先程の質問に対して返答する。


「……それで何がどう、なの?」


 そこで突然アクティーが声を潜めた。


「何って、ローヴちゃんよ。どう思ってるんだって聞いてんの。好きなの? 彼女なの? それともセルファちゃんが好みだったり?」

「…………」


 矢継ぎ早に繰り出される質問にラウダは呆れた表情を浮かべた。

 だがアクティーの表情は変わらない。


「せっかく男3人なんだぜ? いや本当は嫌なんだけど。そういう恋バナも聞きたいじゃない? なあ、ノーウィン」


 話を振られたノーウィンは困ったように笑った。


「あんまり茶化すなよ。ラウダが嫌がってるじゃないか」

「なんだよーつまんねーなー」


 子供のように口を尖らせ、ぶすっとしてラウダの方を見やった。

 仲間になる以前から思っていたことだが、この男、本当に何を考えているのか分からない。

 口を尖らせるのを止めると、アクティーは近場にあった椅子に腰かける。


「好きな子のことが心配なのは分かるけどよ、ちょっとは息抜きしねえと」


 これがアクティーなりの心配の仕方なのだろう。

 そうとは分かっていてもやはり反論はしたくなる。


「……別にそんなんじゃないし。そういうアクティーはどうなのさ。ガレシアと」


 そこでアクティーの表情が凍りついた。


「……君ねえ、大人には大人の事情ってもんがあってだなあ……聞いていいことと悪いことがあるんだぜ?」

「なんだ言えないんだ」

「……可愛くねえガキだな」


 どこか険悪になりつつあるムードにため息をつくと、ノーウィンが口を挟んだ。


「まあまあ。誰だって人には言えないことの1つや2つはあるもんさ」

「じゃあ聞くが」


 ここぞとばかりに、アクティーがノーウィンの方へと振り返り尋ねた。


「お前はなんで風呂でも目隠ししてたんだよ」


 左目を隠すように頭からぐるりと巻かれている赤い帯。それは普段からのことだったのだが、風呂に入ってもなお外そうとしなかった。


「目隠しっていうか……眼帯みたいなもんだからな、これは」


 そう答える彼の表情は、どこか困った様子だった。


「眼帯? 目が悪いの?」


 ラウダも身を乗り出した。

 実は出会ったときから気にはなっていたが、ファッションの一種か何かだと思っていた。


「悪いっていうか……ない」

「「は?」」


 頭をかきながらそう言うノーウィンに、思わずラウダとアクティーはそろって声を上げた。


「いやだから……目がないんだよ。潰れてるっていうか……だから何も見えない」

「な、なんで?」


 困惑するラウダに、ノーウィンは首を横に振った。


「それは分からない。気がついたときにはもうなかったんだ」

「記憶喪失……か」


 真面目な顔に戻ったアクティーがそう言うと、ノーウィンは小さくうなずいた。


「……じゃあその体中の傷は?」


 ラウダは思わず気になっていたことを口にした。

 風呂に入る前、彼が服を脱いだ際、その全身に刻み付けられたかのようにある大量の傷に絶句した。

 本人は至って気にしていないようで、何も言わなかったが。


「傭兵としてやってるうちにってのもあるが……これも大半は覚えてないんだ」


 抉られたような傷跡の数々。一体何をしたらそうなったのか。


「……奴隷」


 腕を組み、難しい顔をしていたアクティーがぼそりとつぶやいた。


「え?」

「……この世界に貴族制度があったことは知ってるか?」


 不思議そうな顔のラウダにアクティーが問う。


「あ、うん。ノーウィンから聞いたよ」

「……そうか」


 アクティーの難しい顔は変わらない。


「数年前、ごく最近まであったんだがな……昔は奴隷ってのがそこらじゅうにいたもんだ。仕事を失くした者、金がない者、親に捨てられ路頭に迷った者……そういったやつらはみんな捕らわれ、人身売買のための商品として売られていた」

「…………」


 人身売買。商品。

 その言葉に嫌悪感を抱き、ラウダは押し黙る。

 アクティーは続ける。


「物好きな貴族たちはそれを買い、あるいは雑用として、あるいは貴族としてのステータスとして、そしてあるいは……玩具として。奴隷は物だ。人間じゃない。だから平気で傷つけられるし、平気で捨てられる」

「……俺は奴隷だったかもしれない?」


 その言葉に、ノーウィンもまた考え込む。自分の記憶の内を探るように。


「とんでもない貴族様に拾われて、ひどい目にあわされてたのかもしれない。ま、全部憶測だけどな」


 そう言うと、アクティーは椅子にもたれかかった。


「……そんなことが普通にあったの? 誰も止めなかったの?」


 ラウダが苦い顔をして尋ねた。

 アクティーは天井を見上げる。


「あったんだよ。現実にな。誰も逆らえなかった。金に物を言わせてた貴族様にはな」

「でもこの世界には王様がいるんでしょ? それなら――」

「奴隷制度は人が人であるために必要なことだ。王は目をつむっていたよ。何も見ていない、知らないかのようにな」


 納得がいかないような表情のラウダに、アクティーはため息をついた。


「でもそれももう過去の話だ。今の俺たちには関係ない」


 関係ない。

 その言葉で、ラウダの中の何かが切れた。


「今が良ければそれでいいの!? 過去に起こした罪が変わることは絶対にないはずでしょ!?」


 ラウダは激昂し、叫ぶ。


「……じゃあお前ならどうするよ、勇者様」


 アクティーの言葉は冷たかった。


 その場がしんと静まり返る。


 そこでローヴの小さな寝息が聞こえた。

 いつの間にか自分が大声を出していたこと、ここはローヴが眠る病室であることに気が付きラウダは口元を抑えた。


「やめだ、やめ」


 アクティーは首を横に振る。


「こんな暗い話しても、言い争っても何にもならねえ」


 そう言うと立ち上がり、扉のノブを握った。


「どこへ行くつもりだ?」

「食堂だよ、食堂。飯食いにな」


 ノーウィンの心配をよそに、アクティーはひらひらと手を振り、部屋を出ていった。

 どこか気まずい空気が流れる部屋に残され、しばらく2人は何も言わなかった。

 ラウダはベッドに腰かけると、ため息をついた。


「……セルファが戻ってきたら俺たちも飯にしようか」


 こんな状況でも気を遣っているようだ。ノーウィンは笑顔でそう言った。

 ラウダはこくりとうなずくだけで、後は押し黙っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【小説家になろう 勝手にランキング】
よろしければポチっと投票お願いいたします!
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ