11‐9
「ラウダ!!!」
風の力が途絶え、背中から落ちていくノーウィンが名前を叫ぶ。
しかしラウダの方は今まで海中にいたこともあり、息をするのに精一杯だった。
その間にも触手が本体の真上に来る。
暴れるクラーケンが額を真上に向けた。
ラウダは握っていた触手から手を離すと、空中で、片手に持っていた2本の剣を両手に持ち直し、思い切り振りかぶった。
「うおおおおおおおおお!!!」
天高くから勢いを持って、落下する。その勢いは徐々に増し、力強さを持ち――
2本の剣が敵の脳天に深々と突き刺さった。
直後、ラウダが着地し、さらに力を込め押し込む。
ジュオオオオオオオオオオォォォォォ……
更なる痛みにもだえ、ラウダを乗せたクラーケンは前後左右へと体を揺らした。
剣を支えに、何とかそれに耐える。
そして思い切り力を込めて、突き刺した剣を抜き放つ。
それと同時に青い液体が、壊れた水道管の如く勢いよく吹き出した。
やがて触手は力なく――とはいえサイズがサイズなため大きな水しぶきを上げて――海中へと沈んだ。
そしてクラーケンもまたその動きを止めると、ゆっくりと後ろへ倒れていく。
「うわあああああぁぁぁ」
その衝撃で、荒い息を整えていたラウダが背中から盛大に海に落ちた。
「ラウダ!!!」
ノーウィンが慌てて手すりに手をつき、海面に向かって名を叫ぶが、浮かんできたのは動かなくなった巨大クラーケンの骸のみだった。
辺りを見渡すが、その姿は確認できない。
またしてもひやりとしたものを感じたノーウィンだったが、ようやく波が落ち着いてきた頃、クラーケンの頭の方から、勢いよくラウダが顔を出した。
それを見て、思わず大きな安堵のため息をつく。
「心配しすぎなんだよ、お前は」
見てられないとでも言いたげに、肩をすくめると、アクティーは剣を背の鞘にしま、いかけて剣を見やった。
「後で鍛冶屋に行かねえとさびるな、こりゃあ……」
「アクティー」
不意に名前を呼ばれ、そちらを振り返ると、顔面にコートを投げつけられた。
海水臭い。
それを手で剥ぎ取ると、ガレシアがまるで何事もなかったかのように自分のコートを絞っていた。
「あのなあ……メガネの俺はこういうことされると前が見えなくなるんだよ」
しかしそれにも応えることなく、無視される。
やれやれとため息をつくと、見えなくなったメガネを外し、シャツのポケットにしまう。
そしてアクティーもまた自分のコートを絞った。
「おいおめえら! すぐにあの勇者様を助けてやんな!」
「アイアイサー!!!」
船内から出てきた船長が命じると、船の後方でぐったりしている一行の元へと歩み寄った。
「おめえら、上出来じゃねえか」
その表情はどこか楽しげだった。
「言っただろう? やってやるって」
それにガレシアが答える。そして笑ってみせた。
相変わらずコートの水を絞っているアクティーに、気が抜けたように手すりでうなだれているノーウィン。
だが、1人セルファは船長に怒った顔を見せた。
「そんな話はどうでもいいわ。怪我人がいるのよ。彼を助けたらすぐに船を出して」
それを聞いてはっと我に返ったようにノーウィンが顔を上げる。
そして武器をしまうと、急いでセルファの元へと駆け寄った。
座り込んだセルファの腕の中で、ローヴは気を失っていた。荒い呼吸を繰り返し、苦しそうな顔を浮かべている。
「港に医者はいるか?」
ノーウィンは顔を上げ、船長にそう尋ねる。
船長は静かにうなずいた。
「船長、この船にコップとかないか? それか筒状のもの」
「あん? コップ? そんなもん何に使うんだ」
「あるのかないのかどっちなんだ?」
アクティーの深刻な表情を見て、緊急性を察したようだ。
しばらく考え込むと、操舵室に行き、すぐに戻ってきた。
「これでどうだ」
そう言う船長の手には、空のワインボトルが握られていた。
「ああ助かる。それでいい」
ボトルを手渡すと、船長は操舵室へと戻っていった。
アクティーは手渡されたボトルを見やる。
「口が小さいが……伝えるだけだから良しとするか」
ボトルを下に置くと、倒れないよう片手で抑え、左手でボトルの口を覆う。
集中力を高めると、ボトルの内部にマナが渦巻く。
頃合いを見て、左手を離した。
「……こちら……ポート……情報部……す」
使用媒体の口が小さいため、相手の声が小さい。
しかしそれに構うことなく、アクティーは話し始めた。
「こちらジェスト大佐だ。現在ポート・ラザ近海の船上にいる。今から言うことを聞いたら即座に行動してくれ」
「……佐殿! ……ご無事で……りです」
「いいか、1度しか言わない。1つは近海に出没していた大型クラーケンの討伐を完了した。これを支部に伝えてくれ。2つ目、それにより重傷者が1名出た。港に着くまでに医者を呼んでおいてくれ。以上だ」
「……解……ました!」
相手の応答を確認すると、アクティーは再び口に手を当て、媒体は元のボトルに戻った。
「誰と会話してたんだ?」
その様子を見ていたノーウィンが口を開いた。
「ポート・ラザの情報部だ。フォルガナ支部に情報を伝達するためにいる連中さ」
ボトルを拾い上げると、ローヴの方を見る。
表情は依然として苦しそうなままだ。
「医者を呼ぶように伝えておいたから、港に着きさえすればすぐに見てもらえる」
そう言うと、セルファに優しく微笑んだ。
「だから心配しなくても大丈夫だ、セルファちゃん」
セルファは何も言わないままうなずくと、ローヴをぎゅっと抱き寄せた。
* * *
船員の出した小舟に拾われ、ラウダは無事に一行の元へ戻ってきた。
それを確認した船長の手によって、現在船は港へと急行していた。
穴ぼこだらけになってしまった甲板だが、船を動かすうえでは問題はなかったようだ。
本来なら船内にでも入っていればいいのかもしれないが、怪我を負っているローヴを下手に動かすわけにはいかない。
それを心配するのもあって、皆もそれぞれ甲板で戦闘での疲労を養っていた。
相変わらず手すりに寄りかかるセルファは、ローヴを抱きしめたまま離そうとしなかった。
ノーウィンがこっそりと話していたが、今までそんな風に献身的な姿を見せたことはなかったらしい。彼女なりにも思うところがあるのだろう。
そんな彼女の隣で、心配そうに幼なじみを見やるラウダと、それに向かい合うようにノーウィンが座っていた。
アクティーが医者を呼んでくれているというのは聞いていた。それでも苦しそうな彼女を見ているのは辛かった。
(助けてあげないの……?)
心痛な面持ちをしているラウダに少女の声が話しかけてきた。
「え?」
思わず顔を上げて辺りを見渡す。
アクティーもガレシアも反対側に立っているし、近くには当然誰もいない。
「どうしたんだ?」
そんなラウダを不思議そうにノーウィンが見つめる。
慌てて顔を戻すと、首を左右に振った。
「あ、な、何でも――」
(君なら出来るはずだよ……)
また聞こえた。
耳元でささやかれているのか、頭に響いているのか分からない。
だがラウダは、その右手を、無意識のうちにローヴの左肩へと手を伸ばしていた。
「ラウダ?」
静かに目を閉じる。
何も見えなくなる。
何も、聞こえなくなる。
真っ暗な世界の中にはラウダ1人。
ぽつりぽつりと、小さな小さな明かりが灯り始める。
星の瞬きにも似た無限のそれは、すっと、かざした右手に集う。
(……唱える言葉は……分かるよね?)
そっと目を開く。
緑色の瞳が輝きを持っていた。
「シャイン」
輝きは瞳から全身を駆け巡り、右手から解き放たれる。
包み込むような温かさを持ったそれは、白銀の輝きを放ちながら、ローヴの傷口へと消えていった。
そしてゆっくりとその手を引っ込めた。
「今のは……ソルの魔法……?」
一連の流れを見ていたセルファが驚いた顔でラウダを見つめた。
同様にノーウィンも驚いた顔で見つめてくる。
小さくため息をついていたラウダは、2人の視線に、我に返ったように慌てふためく。
「え、あ、僕にもよく分からないんだけど……」
そう言ってローヴの顔を見やる。
先程までの表情から一変、眠るように穏やかなものになっていた。
「すごいな……一体どうやったんだ?」
ノーウィンはただただ感心するばかりだ。
「いや、だからその……無意識で……」
両手を前に出し、分からないと言うようにぶんぶんと振った。
「無意識で習ったはずのない魔法を使えるのは、あなたが証所有者だからよ」
「そ、そうなの? ……っていうか今のが魔法?」
「そ。俺たちは特別ってわけだ」
上から声が降ってくる。見上げると、いつの間にかアクティーがラウダの背後で見下ろすように立っていた。
相変わらず額から血が流れているが本人は至って平常だ。
「証所有者……アクティーと同じ……?」
その隣には同じくいつの間にかガレシアが立っていた。何やら悩むような顔をしている。
「ん。俺は風雲の、そこにいるセルファちゃんは地竜の証所有者。で、こいつは」
「世界を救う伝説の太陽の証所有者よ」
アクティーの言葉を継ぎ足すようにセルファが説明した。
相変わらず世界を救うとか勇者などという言葉になじめず、ラウダはため息をついた。
しかしそれに気づくことなく、ガレシアは驚いた表情でラウダを見つめてくる。
「アンタが……」
それから視線をそらすと、口元に手を与え、何事かをぶつぶつとつぶやき始めた。
「ということは……そうか……それなら……」
「ガレシア?」
アクティーが声をかけると、ガレシアは振り返ることなく首を振った。
「……何でもないさ」
そんな一行を乗せた船からは港が見えてきていた。
そこには彼らを出迎えるかのように、大勢の人間が集まっていた。
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