11‐8
何とか海面へと上がろうとするが、荒波の流れに逆らうことはかなわず、もみくちゃにされる。
目の前には船底が見える。
しかしそんな中でも意識はしっかりとあった。ただ、息が続きそうにない。
船上は今どうなっているのだろうか?
怪我をしたローヴは?
頭の中でいろんなことがごちゃ混ぜになっている。
そこへ、上から剣が沈み落ちてきた。
怪我をして、船上に落とされていたローヴの剣だ。
無意識にそれを取る。
(それで? どうする気?)
何も聞こえないはずの空間に、頭に、声が響く。
(もう諦めちゃいなよ。その方がずっと楽だよ?)
それは嫌だった。
ここで諦めることは即ち――
ラウダは、途切れそうになる意識を揺り起こし、必死に考える。
そもそも船上からでは敵本体にダメージを与えられなかった。
それは相手がでかすぎるからだ。近づこうにも、斬られてなおうごめく触手が邪魔をする。
ではその触手を逆に利用すれば?
そういえば、魔法を放つ際、触手の一部が本体の横にも来ていた。
ラウダは敵方へと視線を切り替える。
先を失くした数本の触手が海中でうごめいていた。
荒波に必死に逆らう。必死に。死に物狂いで。
あがいて、もがいて――
片手に2本の剣を持ち、もう片方の手で1本の触手を、爪を立てて強く強く握りしめた。
* * *
詠唱をしていたクラーケンの動きがびくりと止まる。
もうダメだと身構えていたノーウィンが敵を凝視する。
「がはっ……ごほっ!」
倒れていたアクティーが飲み込んでしまった海水を吐き出しながら、ゆっくりと身を起こす。
「う、ううん……」
その側で手すりにもたれかかって気を失っていたガレシアも目を開ける。
「……よお、生きてたのかよ」
アクティーがノーウィンに声をかける。
あくまで余裕ぶろうとしているようだが、その様子はどこからどう見てもフラフラだった。
「それはこっちの台詞だ」
それを見やることなく、ノーウィンが言葉を返した。
「やってくれるじゃない、あのイカ……」
ガレシアはゆっくりと立ち上がると、水を含んで重くなったコートを脱ぎ捨てた。
「ああ、なるほど。そりゃいいな」
そんな彼女を見て、アクティーも重くなっていたコートを脱ぎ捨てる。
「それよりラウダがいない」
先程から攻撃をするでもなく、何やら触手をぶんぶんと振り回している敵をにらみつけながら、ノーウィンが言った。
「何ですって……!?」
その声に反応したのは、気絶していたセルファだった。どうやらちょうど今気がついたようだ。
「さっきの魔法で流されたか……おいセルファ!?」
全てを言い終わらないうちに、ノーウィンが少女の方へと駆け寄る。
ローヴを手すりにもたれさせ、今にも海に飛び込もうとしていた彼女を止める。
「離して! 彼は必要な人間なのよ!!」
「だからってここで飛び込むのは自殺行為だ!!」
「なら尚更よ!!」
それでもなお、飛び込もうとする彼女を無理矢理振り返らせると、その頬をたたいた。
驚き、呆然とする彼女の肩をつかむと、ノーウィンはまっすぐ見つめた。
「悪い。でも冷静に考えてくれ。お前が行くより俺が行った方がいいだろう?」
その言葉にさらに驚き、言葉を失くすセルファにノーウィンは続ける。
「だからお前はローヴを」
「それよりさあ。もっと効率よく考えようぜ」
ノーウィンの言葉を遮って、アクティーが呆れたように言う。
セルファの肩から手を離し、振り返った男に、アクティーはクラーケンを指差してみせた。
「あいつを攻撃するなら今がチャンスだぜ?」
相変わらず攻撃もせず、触手をぶんぶんと振り回している敵。何かに苛立っているようにも見える。
だがその言葉にノーウィンは顔をしかめる。
「今はラウダを」
「そもそも、だ。あいつなんで攻撃してこないと思うよ?」
アクティーの質問の意図が分からず、ノーウィンは怪訝な顔を浮かべる。
「俺の予想では、あいつの触手部分に何かが絡みついてるか……しがみついてるやつがいるんだろうな」
「まさか!」
何かに気づくガレシアだが、アクティーは続ける。
「たとえば……海に落ちた何か、とかな」
そこまで聞いてノーウィンも合点がいったようだ。
「ラウダか……!?」
「断定はできねえけどな。でもそれなら俺たちにもできることがある」
アクティーは手にした剣で、敵の方を指し示す。
「あいつの目を潰してみるとか、な」
「……本当に頭がよく回る男だな」
ノーウィンは槍を構え、敵方へと向く。
「それほどでも」
アクティーもまた剣を構える。
「セルファ! お前はローヴを頼む!」
しばらく黙っていたが、納得がいったのだろう。セルファは力強くうなずいた。
「行くぜぇっ!!」
アクティーの言葉を合図に、2人は駆け出す。
それに気づいたクラーケンが、数本の触手を彼ら目がけて振るおうとする。
しかしそれはガレシアの鞭によって打たれ、軌道がそれる。
「構うな! 走れ!」
「心強いねえ……」
ガレシアの叫びにアクティーはつぶやくように言うと、風雲の証に力を込める。
「証よ……力を貸せ……!」
風が渦巻く。吹きすさぶ風が2人を優しく包み込んだ。そのまま軽やかに、高く高く飛び上がる。
「「はあっ!!!」」
槍と剣とがほぼ同時に、クラーケンの目に的中する。
目を潰されて、青い液体が涙のように流れ出す。
敵は痛みにもだえると、むちゃくちゃに触手を振るう。
だが、前が見えなくなったのとガレシアの鞭さばきによって、2人に触手は当たらない。
そして、むちゃくちゃに振るう触手の1本が海中から姿を現した。
そこに、しがみつく金髪の少年を引き連れて。