11‐7
「残り6!」
ノーウィンがそう叫ぶと同時に、側に立っていたセルファが勢いよく触手になぎ払われ、操舵室の壁に激突する。
「……っ!」
海上では地竜の証の恩恵は受けられないに等しい。
彼女の会得している魔法は証の、大地の力によるものが多いため、今回は武器で何とかやり過ごさねばならない。
肩の骨が外れたようだ。痛みを堪え、立ち上がろうとしたところに素早くローヴが駆け付ける。
何も言わず、手をかざし集中力を高めると、
「アプル!」
白い輝きが彼女の痛みを緩和させた。
セルファは体が動くことを確認すると、ローヴの方を向いた。
特に表情は変わらなかったものの、小さくうなずくと落としていた武器を素早く回収する。
「ノーウィン!」
相棒の名を呼ぶ。
次から次へと迫りくる触手をなぎ払いはするものの、致命的なダメージを与えられず、苦戦していたノーウィンは振り返らないまま、返事をした。
「なんだ!?」
「今から詠唱する! 私を援護して!」
ノーウィンは近寄ってきていた1本に力強く槍を立てると、そのまま引き抜く形で、後ろへ跳躍した。
「何する気だ!?」
先程も述べたとおり、ここは彼女の力の影響外。魔法は封じられているも同然のはずだった。
「このまま触手を斬っていっても海底に逃げられてしまう! だから海底に働きかけて地面ごと海上へたたき出す!」
鞭でつかんだ触手を、折れた手すりへと突き刺すと、驚いた顔でガレシアが振り返った。
「そんなことができるのかい!?」
「さすがセルファちゃん! スケールが違うねえっと!」
言いながらアクティーが、手すりに突き刺さった触手を剣で斬り裂いた。
ぶちりと音を立てると、最初のものと同様に先だけが甲板でびたんびたんと暴れた後、滑るように海中めがけて落下した。
「あと5だ!」
セルファが大きくうなずく。
「やるだけの価値はあるはずよ!」
「分かった! 頑張って、セルファ!」
そう言うとローヴもまた、近くをたたき付けてきた触手を半ばから斬り裂く。
縦に真っ二つになった触手は青い液体をぶちまけながら、うねり、海中へと消えた。
「あと4だよ!」
セルファが舞い始める。いつもとは違うゆったりとした舞。ゴブリン戦の際に見せたものだ。
大きく振りかぶり、ラウダの頭上目がけてたたきつけてきた触手を何とか剣で受け止めると、そのまま上へと突き刺し、横へなぐ。
裂け目から青い液体が大量に吹き出し、ラウダの服を汚した。
「あと3!」
強力なマナの収集を感知したのか、セルファを狙って素早く、鋭く、触手が突っ込んでくる。
しかし標的に当たるより先にノーウィンが槍の柄で弾き、甲板に張り付いたところを刃先で突き立てた。
そして触手の先を踏みつけると、槍でないだ。
「あと2!」
同じように標的を変え、セルファに向かっていた触手をガレシアが鞭で縛り、捕らえる。
しかし逆に鞭が強く引っ張られる。
「なっ!?」
慌てて縛っていた鞭を解こうとするが、逆に相手の吸盤が鞭を捕らえて離さない。
ズルズルと、徐々に徐々に海へと引きずられる。
それに気づいたアクティーが駆け付けようと走るが、残りの1本が割って入ってきた。
「邪魔すんじゃねえ!」
斬り付けようとするが、するりと退き、素早く甲板にたたきつけられる。
「……ぐっ!」
そのまま圧力をかけられ、甲板にめり込む。
「はああああっ!!!」
しかしそこをラウダが斬りかかり、一閃する。
千切れた部分から吹き出る液体がアクティーの服を、甲板を、さらに青く染めた。
「あれでラスト! アクティー行って!」
何とか解放されたアクティーは、自身の傷にも構わず、転がるように駆ける。
「くっ……うっ……」
触手に捕まった鞭を手放せないまま、ガレシアは宙づりにされる。
証が煌々と輝き、彼の周りを包み込んだ。
風の力を身にまとい、跳躍力を上げる。操舵室の上に乗ると、そこからさらに跳び上がる。
「うおおおおおおっ!!!」
その勢いのまま触手の先を斬り裂く。と同時に風の力が消えた。
絡まった鞭が触手ごと落下してくる。
落ちるガレシアを何とか受け止めると、彼女をかばうようにして、甲板にたたきつけられる。
「アクティー!?」
ガレシアが慌てて横に退くと、下敷きになったアクティーはうめき声を上げながらもそれに応える。
「心配すんな……生きてる……って」
すぐさま、ローヴが飛んできて、手に力を込める。
その間に、最後の触手もまた海底へと引っ込む。このまま逃げる気だろう。
それを逃がすまいと、セルファの舞――正確にはその左手の証――が一層輝きを帯びる。
ローヴが3、4回連続して回復魔法を使用すると、やっとのことでアクティーは起き上がった。
それでもまだどこかふらついているように見えるのは無理もない。2度も甲板にたたきつけられたのだ。
頭からつっと血が流れ落ちてくる。
「ありがとな、ローヴちゃん」
それでも気にせず簡単に礼を述べると、ローヴは笑ってみせた、が、すぐに辛そうな表情へと変わった。
呼吸が荒く、顔色が真っ青だ。
「マナの使い過ぎだな……」
アクティーはそう言うと、顔を曇らせた。
「大丈夫です……アクティーさんは悪くない……」
それでも彼女は笑ってみせた。顔中汗まみれで。
そこでセルファが両手を天に突き出した。
「大地よ……御力を我に……!」
そして詠唱は完了する。
「アースインパクト!!!」
地竜の証が黄色い光を放ち、海面がさらに激しく荒れる。
「船長! 船を前進させとくれ! 後ろから来るよ!」
「お、おう! 了解した!」
ガレシアの指示に従い、船長が大声で叫ぶ。
「前進! すぐにだ!!!」
「アイアイサー!!!」
船内に待機していた複数の男たちがオールを手にし、力強く漕ぎ始めた。
船が前進する。
「船長は船内に避難しろ!」
「そういうわけには」
「早く!」
アクティーの叫びで船長は慌てて船内に入り込んだ。
これで船上にいるのは6人だけになった。
「来る……!」
全員が武器を手に、構える。
ごごごと音を立て、海面が激しく揺れる。地面がせり上げられる。
だが、その音は途中で止まってしまった。
「くっ、威力が足りなかった……!?」
無理もない。何せ海底を引き出して浅瀬にするなど、いくら大地の力を手にしていても難題には違いない。
セルファが悔しそうに唇をかむ。
しかしその目の前で勢いよく海面が上昇した。どうやら深海の地面が隆起したことを威嚇行為ととって腹を立てたのだろう。
海水が滝の如く落ちると、それは姿を現した。
一見すればイカのようだが、巨大な二枚貝のようなものを背に、頭には鋭い巻貝のようなトゲがいくつも生えている。
ノーウィンの予想通り、全長10メートル以上はある。船にのしかかったりしてきたら一巻の終わりだ。
「こいつがクラーケン……!」
「おいおいおい、いくらなんでもでかすぎだろ……」
ラウダが身構える横で、アクティーが呆れたように剣を構えた。
「でも攻撃手段はないはずだよ! 倒すなら今がチャンスさ!」
ガレシアが威嚇するように鞭で甲板をたたきつける。
しかしその予想はいとも簡単に外れてしまう。
つんととがった口から大きく息を吸い込むと、頭をこちらに向け、一気に息を吐き出す。それと同時に複数のトゲがこちらめがけて飛び散った。
「なっ!?」
眼前に迫ったトゲをなんとか転がり避けるが、それは次から次へと飛んでくる。
しかも標的を狙っているわけではなく、勢いだけで飛び交っているので行動が読めず、性質が悪い。
まるで空気の抜けた風船のような軌道だ。
「くそっ!」
「なんてことしてくれんだい!」
悪態を付きつつも、各々武器で弾き飛ばすがキリがない。
さらに先の触手戦で体力を消耗していることもあり、そうこうするうちに徐々に反応が鈍くなってくる。
「うあっ!」
これまでのマナの消耗によって弱っていたローヴにトゲが当たり倒れる。
弾かれた剣が甲板を滑るように回転しながら手を離れていった。
「ローヴ!?」
剣で防いだおかげでなんとか急所は外しているものの、左肩から血が吹き出す。
さらに追い打ちをかけるように2本の棘が迫る。
素早くセルファが前に出、ダガーで素早く振り払う。
ラウダがローヴの元に駆け寄り屈んだ。
肩を強く押さえている。唇をかみしめ、必死に痛みを堪えているが、血が次々にあふれ出てくる。
「セルファ! 回復は!?」
ノーウィンが大きく槍を振るい、トゲをなぎ払いながら叫ぶ。
セルファもローヴの横に屈むが、首を横に振る。
「できない……ここまで大地の力を寄せるには、遠すぎる……!」
目の前で苦しむローヴを見て、そして自身の海上戦における非力さを知り、それを嘆くように仲間にも見せたことのない辛い顔をした。
その間にも敵の攻撃は止まらない。
再度大きく息を吸い込むと、今度は船全体に墨を吹きかけてきた。
アクティーはとっさに風の力を身にまとい、ガレシアは腕でかばいそれぞれしのぐが、
「……っ!」
かばいきれなかったノーウィンの目がやられ、その場に尻もちをついてしまう。
拭おうとするが、視界は明けない。
さらに斬られた10本の触手を上下左右にうねうねと、青い液体を飛び散らしながら動かすと、こちらへとまっすぐ向ける。
「やばいっ!!」
アクティーが叫ぶが、避ける術はない。
海面が大きく揺らぎ、巨大な津波が船を覆うように襲いかかる。
水の初級魔法ウェーブ。だが初級といってもその威力は、相手をなぎ払うには十分だった。
船の墨は流されるが、同時に一行も波にもまれ、手すりや壁などにたたきつけられる。
「はあっ……くそっ!」
操舵室に激突した背に、痛みを感じながらも、ようやく視界が明けた。しかし潮で目がひりひりする。
ノーウィンは辺りを見渡す。
セルファは怪我をして動けないローヴを抱きしめるように、手すりにもたれかかって気絶していた。
いつの間にか自分の服を破ってローヴの左肩に巻きつけていた。白かった服の切れ端は真っ赤に染まっている。
反対側を見ると、甲板にはアクティーが倒れ込み、手すりにもたれかかりぐったりとしているガレシアがいた。
そこまで見て背筋にひやりとしたものが流れた。
ラウダがいない。
「ラウダっ!?」
慌てて立ち上がるも、甲板のどこにもその姿はない。
先程の津波に流されてしまったのか。
確認しようとするも、それを遮るように、敵が再度触手をうねうねと動かし始める。
もう1度あの魔法が来たら今度こそ全滅。
この船も沈められてしまうだろう。




