11‐5
「まさか2日続けて野宿するハメになるとはねえ……」
腕を組み、壁にもたれかかるアクティーはどこか機嫌が悪そうに見える。
なんでも考え事をしたくて外にいたらしいが、腰かけたベンチでそのまま眠ってしまったとのこと。
おかげで体の節々が痛いそうだ。
「……それを自業自得って言うんじゃないかしら」
セルファの言葉にアクティーの表情が緩んだ。
「厳しいねえ、セルファちゃんは……」
「事実を述べたまでよ」
セルファの冷たい視線を受けて、やれやれと肩をすくめると、アクティーはどこからともなくティーカップを取り出した。
「どうしたんですか、それ?」
「さっきここの受付で借りてきたんだ」
ローヴが首を傾げていると、アクティーは口に人差し指を当てた。静かにしていろと言いたいらしい。
目を閉じて集中力を高めると、何やらティーカップにマナが渦巻き始めた。
それを丸テーブルの上に置く。
「あーこちらシルジオフォルガナ支部」
唐突にティーカップから低い声が響き渡る。
ぎょっとなってローヴが恐る恐るティーカップをのぞき込むが、マナが渦巻いている他は至って普通のティーカップのようだ。
その様子に思わずアクティーが声を押し殺して笑った。
「……あーあー。聞こえてるか? こちら」
「悪い悪い。ちょっとこの魔法の仕組みに驚いてる子猫ちゃんがいたもんだからね」
「誰かと思えば大佐殿か……ったく相変わらず女の子にはひいきするねえ」
そうは言うものの、その声はどこか楽しそうだった。
「その声、ハーケイド中佐だな。あんたが出てくれてちょうどよかった」
「なんだ? 俺の自慢の奥さんと4人の子供たちの話でも聞きたいのか?」
「あー残念だが、その話、今回はパスだ」
ティーカップの向こうから心底残念そうなため息が聞こえた。
このやりとり、多少ノイズは入っているが、とてもティーカップを通して行われている会話だとは思えないほどスムーズだった。
ローヴはただただ驚き、目を丸くするばかりだった。
「今ポート・ラザにいるんだが、ちょいと問題が起こっててな。そっちに何か情報行ってねえか?」
「ああ、謎の巨大生物の話か?」
さも当然のように答えが返ってきた。
アクティーが呆れたように返事をする。
「なんだ行ってるのかよ。俺は聞いてねえぞ」
「そりゃ、大佐殿が出てった直後くらいに報告された分だからな。えーと確か……」
直後、ばさばさっと大きな物音が聞こえた。
「あー……ありゃついに崩れたな……書類の山が」
そういえば初めてアクティーと会った際、今会話中の中佐と入れ替わっていたが、その机には書類が山のように積んであったのを思い出した。
「中佐は俺の補佐役でな。俺が好き勝手出来るのもあの人があれこれとまとめてくれてるおかげなんだよ」
向こうからの声が途絶えている間に、アクティーが簡単にローヴに説明をする。
「じゃあこうやって旅に出られるのも……」
「ああ、あの人がいるおかげって言っても過言じゃねえな。何せ本来なら大佐についていてもいいような人だからな」
「おいおい、褒めても何にも出ないぞ?」
不意にティーカップから声が響き渡った。
アクティーは思わずばつが悪そうな顔をした。
「聞いてたのかよ……」
「俺は好きでここにいるんだ。大佐なんて忙しない階級についたら愛する家族に会う時間が減るじゃあないか」
どうやらこの中佐、よっぽど家族を大切にしているらしい。
子供たちに囲まれてデレデレしている男の様子を思い浮かべて、ローヴはぷっと吹き出した。
「えーと……あったあったこれだな。ポート・ラザ近海にて大型生物確認。クラーケンの巨大化したものだと思われる」
「クラーケンだと?」
「ああ、全長は不明。海上に触手のみ出現。後、船を破壊……その触手は海面から出ている分で目測10メートル、だそうだ」
椅子に座って話を聞いていたノーウィンが顔をしかめ、セルファの方へと向いた。
セルファは小さくうなずく。
「……これも一連の事件と同じものだと思うわ」
そこへローヴが首を傾げて尋ねる。
「クラーケンってどんな魔物なんですか?」
「ああ。“海の支配者”とも呼ばれる凶悪な魔物で、10本の触手を自在に駆使して、船を襲うこともある性質の悪いやつだ」
「元々そういう性質なんですか?」
ノーウィンがうなずく。
「ただ、本来は船に張り付いたりするくらいのサイズ……といっても大きい方の部類だが……それを顔も出さずに、触手だけで10メートルとなると本体も同じくらいのサイズってことになる。いくらなんでも異常すぎる大きさだ」
そこへアクティーが付け加えるように話す。
「でもあいつらは深海を住処にしてる。住処を荒らされたり、攻撃されたと認識したときのみ海上に出てくるやつらなんだよ」
ふと、ゴブリンやハウリングのことを思い出す。
確か彼らも本来するはずのない行動、形態をとっていた。
ティーカップから声が響く。
「本来ならこっちから戦闘要員を派遣するんだが……」
アクティーがうつむく。
「人員が裂けないんだな」
原因は分かっていた。
大佐が抜けたことによりもろくなったフォルガナ周辺の守り、その再構築。それによる人手不足。
「このままいけば機能しなくなるのも時間の問題か……」
アクティーの表情が曇る。
何とか励ましの声をかけたかったが、こればかりは彼自身の問題だ。
ローヴもまたうつむき、黙り込むしかなかった。
「なーに。大佐殿が思ってるほど俺たちはやわじゃない。気にすることはないさ」
この会話をラウダが聞いていたら、彼はまた自分のせいだと責めるのだろうなと、アクティーは頭の隅で思った。
「悪いな……何とかメルスで応援を頼めないか、交渉してみるつもりだ」
「まあ船が出ないことには、そのメルスにも行けないわけだが」
ハーケイド中佐の声に全員が黙り込む。
「……そっちで大佐殿が片付けてくれるってんなら話は早いんだがな」
「俺が、か……」
アクティーは腕を組み考え事を始めた。
「あ、いや、今のは冗談のつもりで……」
慌てて否定する声がティーカップから響くが、構わず考え事を続ける。
「船さえ手配できればできないこともないかもしれないが。ねえ?」
そう言うと、アクティーは顔を上げて部屋にいる3人に声をかけた。
「で、できるんですか?」
焦るローヴがノーウィンとセルファの方を見やる。
ノーウィンは肩をすくめる。
「どうだろうな……そいつが触手を出してきたときに攻撃を仕掛ければ本体が顔を出すかもしれないが……」
「……でもここでじっとしているわけにもいかないわ」
そこへ勢いよく扉を開けてラウダが駆け込んできた。
驚き彼を見やる4人に、ラウダは息を整えることもせず、
「相談があるんだけど……!」
そう告げた。