11‐4
翌朝。
堤防に1人、散歩がてら海を見にきたラウダが座っていた。
潮風が頬をなで、また少し伸びた髪を後ろに流す。
何をするでもなくぼんやりと海を見ている彼の耳には様々な情報が聞こえてくる。
「あのデカブツは一体いつになったらいなくなるんだ?」
「せっかくベギンから行商に出たのに、このままじゃ商売あがったりだぜ……」
「おい! 向こうの港はどうなってる!?」
「ああ……このままじゃ海の男が干からびちまうぜ……」
「誰かあいつを倒してくれないかなあ……」
誰かが、倒す。
何て人頼みな発言だろう。
自分でやろうとは思わないのだろうか。
それがやがて巡り巡って誰の元へ行くのか分かっているのだろうか。
ラウダはため息をついた。
自分の右手を見やる。
ふと、ベギンの街を出発する際のローヴの言葉を思い出した。
『もしかしてボクたち、タイムスリップしちゃったとか……?』
そうだ。どうして今まで気がつかなかったのだろう。
もしここが本当に過去の世界なら、未来から来た自分が世界を救うとなると矛盾が、いわゆるタイムパラドックスというものが起きてしまうのではないだろうか。
では今この世界には、別に勇者となるべき存在がいるということだろうか。
それともここは過去の世界などではなく、本当に見ず知らずの異世界なのだろうか。
もう1つ大きなため息をつくと、再度ぼんやりと海を見た。
「……いいなあ。海は自由で」
だがよく考えなおすと、その海も今は巨大生物に阻まれて自由などなかったのだった。
再三ため息をつこうとした時だった。
「いいから乗せな! バケモノだか怪物だか知らないけど、これ以上ここに留まってる場合じゃないんだよ!」
聞き覚えのある声に、堤防から背をそらして港の受付口の方を見る。
思った通り、昨日アクティーと共に去った黒いコートの美女だった。何やら怒鳴っている。
相手をしている船乗りは困ったように首を横に振り続けている。
そのうち諦めたのか、機嫌の悪そうな顔でこちらへと歩いてくる。
そして、ラウダの存在に気づくと表情を一変し、にこやかに笑いかけてきた。
「アンタ、昨日いた子だね」
「あ、どうも……」
よくあの一瞬の出来事で覚えていたものだ。
驚いていると、軽やかに堤防を上り、右隣に腰かけてきた。
「海はいいよねえ。どこまでも自由で」
さっき自分が言ったことと同じことを言っているのに、思わずぷっと吹き出す。
それが気に食わなかったのか、口をとがらせ文句を言ってきた。
「なんだい?」
「あ、いや。僕と同じ事考えてるなって」
それを聞くと、口をとがらせるのを止めて、興味深そうにラウダを眺めた。
「でも今は魔物が出たとかで自由なんてないですけどね」
「へえ……面白い事考えるねえ。でもそれって人間の勝手な考えだろう?」
女性は両足を折り曲げると、その上で頬杖をついた。
「勝手ですかね」
「ああ、人間はいつだって身勝手さ。平然と他人に押し付けるわ、かと思えば自分のものにしようとするわ……でも」
こちらを見やると、にっこりと笑った。
「そういういろんな考えを持ってるから人間って面白いんだよねえ」
「面白い……」
そんな風に考えたことなどなかったかもしれない。
人間のいろんな考え方が面白いなどと。
自分はむしろ――
「ねえ、アンタ名前は?」
唐突な質問に驚きながらも、
「ラウダ・リックバートです」
何とか名乗った。
「ラウダ……ラウダね。アタシはガレシア・フラストレインってんだ」
そう言うと、すっと右手を差し出した。
それに応えるように、ラウダも右手を差し出す。
「へえ。意外としっかりした手してるね。それでいて指が長くて綺麗」
「そ、そうですか?」
「おっと、アタシに敬語なんて堅っ苦しいもんいらないよ。どうせただの旅人だし」
すっと手を離すと、可笑しそうにけらけらと笑う。
“ただの旅人”という言葉に若干の違和感を感じながら、気になっていたことを聞いてみる。
「ずっと旅して周ってるん……の?」
「あはは! 楽にしていいよ。そうさねえ……生まれたときからだったら今年でちょうど24年、かな」
「え? 家は?」
「ないよ、そんなもん」
大したことないとでも言いたげに言ってのける。
驚き言葉を失くすラウダの表情が可笑しかったのか、ガレシアは楽しそうに笑った。
「アタシら旅人ってのは根無し草の人生を送ってるからね。あっちの町へ行き、こっちの町へ行き……時には宝探しをしてみたり、気まぐれに仕事してみたり……野宿なんて当たり前のことだしね。したい時にしたいことをする。とにかく自由なんだ」
「傭兵とどう違うの?」
「あいつらは危険を冒して金を得て、その金で身を守る。アタシら旅人は自由に生きられる分、誰も守ってくれない。自分の力で生きる術を探していかなきゃいけない。似たようなものだけど根本的に違うよ」
言われてみれば、ノーウィンたちと旅をして野宿をしたのは先日が初めてだった。
それが元々の彼らの在り方なのか、もしかすると自分たちのために気を遣ってくれているのかもしれない。
それとガレシアの言葉を考えると、自分たちは思いの外仲間に甘えていたのだと気づく。
それでもノーウィンは気にするなと言って笑いそうだが。
「そういえばさっき何か怒鳴ってたけど、何してたの?」
ふと先程の光景を思い出して質問すると、ガレシアは恥ずかしそうに顔を赤くした。
「あはは……やっぱり聞こえてたかい?」
ラウダがうなずくと、ガレシアは困ったように笑った。
「今港で騒動になってるバケモノとやらを退治してやろうと思ってね。船を出せって言ったんだけど、無理の一点張りでねえ。全く……海の男のくせにそろいもそろって情けない」
愚痴るガレシアの横顔を見て、思わず呆然となる。
「退治って……1人で!?」
「おっと。これでも腕には自信がある方だよ? 何せ旅人生活も長いしね」
そう言うと彼女は軽く力こぶを作って見せた。
「どんなやつかも分からないのに無茶だよ」
ラウダが首を横に振ると、ガレシアは呆れた様子でラウダを見やった。
「何もしてないのに無茶だって決めつけるのは人の悪い癖。それを見極めて決めるのは他でもない、アタシだよ。それに……」
視線を海へと戻す。
「アタシはここで立ち止まってる場合じゃないんだ……」
その目には何か強い意志のようなものが感じ取れた。
この人は強い。
決して他人の力に依存せず、自分の力だけで成し遂げる強さを持っている。
ラウダは直感的にそう感じ取った。
「……1人じゃ無理でも複数人なら倒せるかな」
「え?」
突然ラウダがつぶやいた言葉に、ガレシアは思わず彼の方を見た。
「僕、仲間に相談してみるよ。どっちにしろ大陸を渡りたいのは僕らも同じだし」
「本当かい! それは心強――」
言いかけて、何かに気づいたように言葉を飲んだ。
「……仲間って、アクティーのやつも一緒だね?」
「え、うん。……ダメだった?」
何事かを悩んだ後、首を横に振った。
「いや……問題ないよ。戦力は多い方がいい」
何故かその表情が寂しそうに見えた。
ラウダは首を傾げるが、ガレシアはため息をつくと、真剣な表情に切り替わった。
「海に出るための船はアタシの方で何とかしてみる。その間にアンタは仲間を説得しときとくれ。アタシは船着場の入り口にいるから」
「分かった」
力強くうなずくと、ラウダは堤防から飛び降り、宿の方へと向かいかけて、くるりと後ろを振り返った。
「そう言えば昨日アクティーと別れた後、どうしたか知らない?」
「は? 知らないけど……会ってないのかい?」
よく考えてみると、昨日の夜は結局セルファと話しながら眠ってしまい、その後のことは知らない。朝になってもアクティーは帰ってきていなかった。
「……この町にいるのは間違いないから、大丈夫だと思う」
「それならいいけどさ……」
言いながら彼女は再度海の方を見やった。
そんなガレシアと別れ、ラウダは宿へと駆けた。




