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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第11話 自由のない海
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11‐2

「びっくりしたね。まさかあの女の人がアクティーさんの知り合いだったなんて」


 ベッドの上に腰かけ、足をぶらぶらしながらローヴが言った。

 言われて、ラウダも昼間のことを思い出す。

 アクティーにしては珍しく呆然とした表情で女性を見つめていた。

 しかしガレシアと呼ばれた女性共々、再会を喜ぶわけでもなく、ローヴが知り合いか、と声をかけるまで沈黙していた。


「ボクが思うに、あれはただの友達とか幼なじみなんかじゃないね」


 ローヴはそう言うと、ベッドから勢いよく飛び降りた。木製の床がきしむ。


「へえ。じゃあ何だと思うんだ?」


 椅子に腰かけていたノーウィンが小さく笑みを浮かべながら、どこかいたずらっぽく尋ねた。

 それに対してローヴはびっと人差し指を前に突き出した。


「ズバリ! 昔の恋人! それか初恋の人、かな」

「何の根拠で言ってんの、それ……」

「女の勘!」


 自信満々にそう言うローヴに対して、ベッドに横になっていたラウダが呆れたような顔を浮かべる。

 ベッドは木製で、その上に薄いマットレスを置いただけのようなものなので若干体が痛い。


「ははっ。あながち間違いでもないかもな」


 ノーウィンが可笑しそうに笑った。


「うんうん。きっと今頃昔話とかしてるんですよ、きっと」


 そんな話題で持ちきりの2人は今、酒場に行っている。

 アクティー曰く『2人で話したいことがある』とのことだった。

 真面目な顔をしていた2人を見て、首を横に振ることはできなかった。


 その後、4人は港で定期便の確認をした。のだが。


「定期便? 今それどころじゃないんですよ……」


 何でも、近海に巨大な怪物が出て、荷を運んでいた船を片っ端から破壊して回ったそうだ。

 怪我人も多数出たらしく、現在全便を停止させているとのこと。


 当然定期便なんて出ていない。

 船がないことにはこの大陸からは出られない。今後の話をアクティーともするために一行は宿を取った。


 そして今に至る。


「うーん。せっかくだし少し潮風に当たってこようかな。夜の港っていうのも新鮮だし」


 ローヴはそう言うと、外へと出ていった。

 それを見てノーウィンも椅子から立ち上がる。


「なら俺もちょっと散歩でもしてくるかな」


 ぱたんと扉が閉じられる音と共に、部屋の中が静まり返る。

 ベッドに横になるラウダと、相変わらず黙ったまま窓の外を見つめているセルファだけが部屋に取り残された。


「…………」

「…………」


 空気が重い。


 ラウダは横になりながらも必死に話題を考える。

 何かないか。


「あ、あのさ。セルファは家とかないの?」


 必死に絞り出したのがそれだった。

 そこで初めてセルファがくるりとこちらを見やった。


「……どうしてそんなことを聞くの?」


 ぐさり。


 そう言われてしまうと何も言い返せない。

 何とか会話を続けなくては。


「い、いや、その、家の人とか心配してないかなーって……」

「…………」


 彼女のまとうオーラが『それ以上聞くな』と言っている。

 そしてまた沈黙がやってくる。


(会話が続かない……!)


 未だに彼女とのコンタクトの取り方が分からない。

 ここまで旅を共にしてきたが、恐らく戦闘中と証に関係したこと以外会話らしい会話などしたことはないのではないだろうか。

 果たしてノーウィンはこの状況をいつもどうやって乗り切っているのだろうか。


「……セルファは、楽しい?」


 そう尋ねられて、セルファは首を傾げた。


「その、さ。いつも僕を守って、導くのが役目だっていうけど……それって、楽しい?」


 アクティーの使命同様、いつも疑問に思っていた。

 セルファは何を思ってこんなことをしているのだろうか、と。

 彼女はしばらく難しい顔をして何事かを考えた後、首を左右に振った。


「楽しい……という感覚が分からないわ」

「だって、君の時間、人生だよ? 楽しくないのにそんなことしなくちゃならないなんて……辛いよ」

「……私の生き方がおかしいと思ったことはないわ」


 疑いのないまっすぐな眼差しがラウダを見つめる。

 間違っているのは自分の方なのだろうか。


 ローヴは言っていた。劇団に所属していることは楽しいと。

 楽しくあることはいけないことなのだろうか。

 ただ、嫌なことや、自らに課せられた使命から、逃げているだけなのだろうか。


「僕には……分からないな……」


 目を伏せるラウダを、何も言わず、ただじっとセルファが見つめていた。


 *     *     *


「何か聞きたいことがあったんじゃないんですか?」


 昼間いた高台で、柵にもたれかかったローヴは、隣にいるノーウィンに話しかけた。

 宿を出ようとしたところを呼び止められ、一緒に散歩することになったのだ。


「どうして分かったんだ?」

「女の勘、です」


 驚くノーウィンの目を見つめ、ローヴははっきりと答えた。

 その様子がどこか可笑しくて、ノーウィンはぷっと吹き出した。

 そして観念したように口を開いた。


「別に大したことじゃない……いや、大したことかな」


 ノーウィンは何気なく空を見やった。


「ローヴは帰りたいとは思わないのか?」

「え?」


 唐突な質問にぽかんとなる。そんなローヴをノーウィンは見つめた。


「ラウダは勇者って役目を嫌がってる。それのせいなのかどうかは知らないが、必死になって元の世界に戻る方法を探してるように見えるんだ」

「よく見てますね……」

「仕事柄、な。でもローヴは逆にこの世界を楽しもうとしている……ような気がしたんだ」


 そう言われ、ローヴは困ったような顔になる。


「正直そんなに考えてなかったんですけどね。人生楽しまなきゃ損っていうか」


 それを聞いてノーウィンは笑う。しかしどこか心配そうな顔で尋ねた。


「家族とか、心配してるんじゃないのか?」


 ローヴは視線を外すと、暗い海を見つめた。

 時折灯台の光が海へと差し込む。


「……家族はいません。ボク1人です」


 その横顔がどこか寂しそうで。


「……悪い。聞かれたくなかったよな」


 困ったように頭をかくノーウィンだが、ローヴは首を横に振った。


「気にしないでください。もう慣れましたし」


 変わらず海を見つめ続けるローヴはゆっくりと話し始めた。


「15年前、父さんが森で事故にあって亡くなったんです。母さんは10年前に病気で。その後1人ぼっちになったボクは教会の孤児院に入れられたんです」

「教会……だからセルファの話してた神話にも詳しかったのか」


 そこでローヴは視線をノーウィンの方へと移した。


「はい。なんでこの世界の神話とボクの世界の神話が同じようなものなのかは分からないですけど、教会で毎日その話を教えられたんです」


 ノーウィンは何も言わず、視線だけを返した。


「あと、兄さんもいたらしくって。ボク、お兄さんっ子で常に兄さんの後をついて回ってたって、母さんがいつも話してくれたんですけど……」


 ふふっと可笑しそうにローヴが笑う。


「実を言うと、兄さんのこと何も覚えてないんです」

「……そのお兄さんも亡くなったのか」


 ローヴは首を横に振ると、ノーウィンの方へと向き直った。


「行方不明、だそうです。詳しいことは未だに何も。それで父さんと兄さんがいなくなってから、母さん、体が弱くなっちゃって」


 そう言うローヴの表情は笑ってはいたが、どこか哀しそうだった。


「……誰も行方を知らないのか?」


 こくんと小さくうなずく。


「……不思議ですよね。だからみんな言うんです。神隠しにあったんだって」

「神隠し?」

「ボクとラウダが住んでいる町の北に禁断の地って呼ばれてる場所があって……あ、ボクたちがこの世界に来る原因になった場所です。そこは遠い昔から決して立ち寄ってはいけないって言われていて。なのに、父さんはそこで変死体として見つかったらしいんです。普段は絶対立ち寄らないはずなのに。それを聞いた兄さんも、森に入って行方不明……」


 ノーウィンが目を伏せた。

 その様子に気づいたローヴは、一転、懐かしむように話を続ける。


「その後偶然教会に遊びに来ていたラウダに誘われて、ボクは劇団で働くことになったんです。それが6年前。その頃から教会を出て実家で暮らしているんです」

「……ローヴが、どうして戦うことをためらっていたのか分かった気がする」


 ノーウィンは顔を上げた。

 こんなに悲しい話をしているのに、微笑んでいるローヴがいた。

 ノーウィンは首を横に振る。


「話してくれてありがとう。でも、俺はローヴにそんな話をさせたかったわけじゃないんだ……」


 ローヴが首を傾げると、ノーウィンはそっと指差した。


 首からさげている逆さ雫。青い石のペンダント。


「それについて教えてもらいたかったんだ」

「これ、ですか?」


 意外そうに、自分が首からさげているペンダントをつまんで見せた。


「ああ。何でだか分からないが、俺はその石を知っているような気がして」

「もしかして記憶にまつわる何か、とかですか?」


 ノーウィンは首を横に振った。


「分からない。ただ、見たことがあるような、知っているような、そんな気がするんだ」


 ローヴはうーんとうなると、困ったように難しい顔をした。


「これ、母さんが大事にしてたものなんです。どうして大事にしてたのかは、その、よく知らなくて……」

「そうか……」

「ごめんなさい、お役に立てなくて……」


 肩を落とすノーウィンに、申し訳なさそうに謝った。


「いや、ローヴが謝ることはないさ。分からないならまた別の手がかりを探すよ」


 ノーウィンは笑っていた。

 自分の記憶がないというのは不安なことのはずなのに、彼はいつだって明るく笑う。

 それは周囲の人間を不安にさせまいと振る舞っているからなのか。それとも本心からなのか。

 でも、どこか自分と似たようなものを感じて。


 ローヴもまた笑った。

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