11‐1
港町ポート・ラザ。
積み荷が入っているであろう大きめの木箱があちこちに置いてあり、その隙間を縫うように屈強な男たちが何やら慌ただしく動いていた。
誰も彼もが白いセーラー服を着て、白地に青いライン、いかりのマークが入った帽子をかぶっている。
そんな様子を眺めながら、一行は船が停泊している港の方へと向かっていた。
「うわあ! 見て見てラウダ! 大きな船!」
そう言うと、ローヴは1人駆け出し、側にあった柵へと手をかけ、乗り出すように港を見た。
「すごい……」
高台になっているここからは港の様子が一望できる。ローヴに続いてラウダも思わず感嘆の声を上げた。
大きなものから小さなものまで、様々な船が港に停泊していた。
海沿いには白い灯台もそびえている。
その奥では陽の光を受けて煌めく大海原が見える。
「2人は海を見るのは初めてなのか?」
後からやってきたノーウィンがにこやかに声をかけてきた。
ラウダは振り返ると、首を左右に振った。
「ううん、見たことはあるよ。船にも乗ったことあるし。でも、船に乗るなんて何年ぶりだろう……」
「というかリジャンナにはこんな大きな船ないんじゃない?」
そんなラウダの方を見て、ローヴが言った。
しかしその隣で同じように柵に手をかけ、港の方を見やったアクティーが眉をひそめた。
「おかしいな……」
「どうしたんだ?」
「船の数が多い気がする……いや船乗りもだ。こんなに港に滞在してるなんて聞いてないぞ」
ラウダとローヴが不思議そうに顔を見合わせた。
「どういうこと?」
ラウダがそう問うと、アクティーは何かを考え込むように腕を組んだ。
「ポート・ラザにもフォルガナ支部の人間がいてだな……船の出入りや積み荷の数等を毎週必ず伝えることになってるわけよ。けど今週の報告ではこんな数が停泊するなんて聞いてない」
そこでふと気になったことをローヴが尋ねた。
「あの、ここからフォルガナまでの伝達手段って、わざわざあの森を抜けなきゃいけないんですか?」
アクティーは腕組みを止めると、首を横に振った。
「いんや。それも魔法で何とかしちまうのがディターナ流……ってか魔法使協会シルジオのやり方なわけ」
興味津々そうなローヴの視線を感じ、アクティーは笑った。
「そんなに気になるなら、ローヴちゃんには特別に後で見せてあげるとしましょうかね」
そう言って、潮風にはためく黄色いスカーフを締め直した。
「今すぐ確認しなくてもいいのか?」
嬉しそうにしているローヴとは対照的に、ノーウィンの表情は心配そうだ。
「どっちにしろ今手元に必要な道具がないからな。すぐには確認できねえよ」
「それならいいんだが……」
ノーウィンもまた柵に手をかけ、下を見やる。
言われてみれば確かに船乗りが多い気がする。というよりも、至る所に仕事もせずのんびりとくつろいでいる船乗りがいる。
「うまく行かないものね……」
潮風に髪を流し、セルファがつぶやいた。
ノーウィンが顔をうつむかせる。
「ああ……この分じゃ定期便も出てるかどうか」
「それが僕たちの乗る予定の船?」
ラウダがそう尋ねると、ノーウィンは顔を上げた。
「ああ、それに乗らないと次の大陸に渡れな」
「いい加減にしな! この体たらくども!」
ノーウィンの言葉を遮るように、女性の声が響き渡ってきた。
「なんだ?」
そちらを見やると、少し離れたところで、女性が船乗りと思しき男2人組に絡まれている様が見て取れた。
そんなノーウィンの視界を遮るように、颯爽とアクティーがそちらへと向かった。
「何する気?」
心配そうな表情でラウダが呼び止めると、くるりと振り返って小さくウィンクした。
「女性のピンチは助けないとな、勇者様?」
その言葉に思わずローヴ以外の3人が呆れた顔になった。
彼のフェミニスト精神にも困ったものである。
「そうですよね!」
しかし、そんな彼の言葉に何故かローヴまでやる気を見せ、そちらへと駆け出した。
ラウダは肩を落とすと、渋々彼らについていった。
「やれやれ」
肩をすくめると、ノーウィンとセルファもそちらへと歩き出した。
* * *
「いい女だと思って声をかけては見たが、こりゃとんだじゃじゃ馬じゃねえか」
船乗りの1人、背の高い男が呆れたようにつぶやく間も、もう1人の背が低く小太りな船乗りは女を口説き続ける。
「そう言うなってば。俺たち仕事が出来なくて暇で暇で仕方ないんだよお。な? ちょっとくらい遊んでくれたっていいじゃねえか」
そう言う男の視線は、女の豊満な胸に釘付けである。
「だから嫌だって言ってるだろ!? いい加減にしないとぶっ飛ばすよ!」
そう言うなり、女は腰に装備している鞭へと手をかけた。
「うーん、その気の強い性格……俺、そういうの大好きだぜえ」
小太りの男の表情はどこかうっとりしている。
「なんだ、ただの変態かよ」
そこへ突然現れた謎の男に3人は驚き、視線をそちらへと向ける。
茶髪に深緑のコートをまとった男がやれやれといった具合に肩をすくめていた。
「な、な、なんだよ、てめえは!」
驚き慌てる背の高い船乗りが男に向けて指を差した。
「なーに。ただの通りすがりだよ」
「と、通りすがりならさっさとどっかへ行きやがれ! これは見せもんじゃねえんだよ!」
小太りの男は両手に握り拳を作り、相手を殴る仕草を見せた。
「でもねえ……どう見てもそっちの麗しき女性は嫌がってるじゃねえか」
「う、うるせえ! この姉ちゃんはこれから俺のものになるんだよ!」
小太りの男がそう言うと、女は激昂する。
「はあ!? 勝手にアンタのものにするんじゃないよ!」
そうこうするうちに、男の後ろに赤い帽子をかぶった少年と、金髪の少年が駆け寄ってきた。さらにその後ろには屈強そうな赤髪の男と小柄な緑髪の少女が歩いてくる。
「な、なんだよてめえ! 仲間をぞろぞろ引き連れやがって!」
「俺たち海の男相手にやろうってのか!」
そう言うなり船乗り2人は自慢の筋肉を見せつけた後、ファイティングポーズを取った。
「ったく。こりゃちょっとばかりお仕置きが必要かね」
男は相手の様子にひるむこともなく、左手でメガネを押し上げる。
「どうする気?」
金髪の少年が心配そうな表情で声をかける。
「ちょっと痛い目に合わせてやるだけだ。お前らは巻き込まねえから心配すんな」
メガネを押し上げた状態のまま、ぶつぶつと何事かを呟き始める。
辺りに風が渦巻く音が聞こえ始めた。
「くらえ! 必殺、フィッシュメンパーンチッ!」
訳の分からない技名を叫びながら、2人の船乗りが男に殴りかかる。
そんな2人に向けて左手を突き出す。茜色の瞳が鋭く輝く。
「トルネード」
唐突に吹きすさぶ強風によってフィッシュメンパンチとやらは的を外れ、2人の船乗りはいとも簡単に横倒しにされてしまう。
人を相手にするためか、小馬鹿にしているのかは分からないが、威力は低めに調整されているようだ。
「な!? 魔法を使うなんて卑怯だぞ!」
そこで初めて背の高い船乗りの目が、男の胸元、正確にはそこに刺繍された紋様に気づいた。
「こ、こいつ! どっかで見たことあると思ったらシルジオのやつだ!」
「げっ、マジかよ!」
慌て出す小太りの船乗り。
実質ここの管理をしているシルジオの人間に逆らったとなると、大きな問題になる。下手をすれば仕事から外されてしまうだろう。
「しかもこいつ大佐じゃねえか……? なんつったっけ……最年少で入団したとかいう……」
男が一歩前に踏み出してくる。それに合わせて後退りする船乗りたち。
「アクティー・グラン・ジェストだ。覚えとけ、でくの坊どもめ」
そう言ってもう一歩踏み出すと、船乗りたちはぴゅうっと逃げ去って行った。
船乗りたちの姿が見えなくなったのを確認すると、男は女に一礼した。
「お怪我はありませんでしたか?」
「……アクティー?」
しかし女の反応は予想していたものとは全く異なり、何事かに驚愕しているようだった。
不思議に思いながら顔を上げて、そこで初めてアクティーは相手をよくよく見た。
黒いロングブーツ、黒いコートを身にまとったナイスルックスの美女。
しかしその金茶色の髪、萌黄色の瞳を見た瞬間、1つの名前が浮かんだ。
「ガレシア……?」