10‐4
森の中をふわりと風が駆け巡り、青々と茂った緑の爽やかな匂いがする。
樹の根に寄り添うように、カンパニュラが咲いていた。
「皆さんはどういう仲なんですか?」
森の中を進む途中、唐突にオルディナが質問を投げかけてきた。
「どういう仲……か」
そう言われて、ラウダは改めて一行の顔ぶれを眺めた。
幼なじみに、傭兵と謎の多い少女、そして大佐――
つながりがまるでない。
「んー。強いて言うなら同じ目的を持った仲間、かねえ?」
アクティーがそう答えた。
「そう、なのかな……」
そこでローヴが難しい顔で反論した。
「ボクなんか、行く宛てがないからくっついてきてるみたいなもんだし……」
「ん、そんなことないよ? ローヴちゃんはこのパーティーの大事な大事なムードメーカーだよ」
ネガティブになっているローヴを、アクティーがフォローする。
「そんなローヴちゃんが暗い顔をしてたら俺まで暗くなっちまうよ。ほらスマイルー」
人差し指を頬に当て、にこーっと笑うアクティーに、ローヴも幾分か気が楽になったらしい。
「は、はい」
同じように指を当てにこーっと笑った。
そんな様子を笑いながらも、ノーウィンがさらにフォローを入れる。
「実際、ローヴがいないと先へ進めなかったことだってあっただろ? 真犯人を捕まえるときとか、ドラゴンと戦ったときだって」
「ん? ちょっと待て。ドラゴン? んなの聞いてねえぞ」
「……言ってないもの」
そんなやりとりを見て、ローヴがクスリと笑った。
「ありがとう、みんな。そっか、ボクにしかできないこともあるんだね」
ラウダはそんな4人を見やる。
なんだかんだ言っても根は優しい人たち。仲間と呼んでくれる人たち。
でも、本当にそうなんだろうか。
だって僕たちは、お互いの全てを理解しているわけじゃない。
(そりゃそうだよ。だって僕は――)
どきりとなる。
恐る恐る仲間たちの方を見る。
変わらずくだらない話で盛り上がっている。
聞こえるはずがないのに。
「あの、ごめんなさい……」
「え?」
これまた唐突にオルディナが謝ってきた。
「ラウダさん、難しい顔してたから」
「う、ううん。ちょっと考え事してただけだから。オルディナは何も悪くないよ」
慌ててぶんぶんと首を横に振った。
「それならいいんですけど……」
また女の子を困らせている。
さっきだって、幼なじみなのにフォローの一つもしなかった。
違う。できなかったんだ。
だって――
「うわあっ!?」
不意に左足に何かが絡みついてきた。そのまま前のめりに転ぶ。
バランスを崩して倒れたのをいいことに、地面の上を何かにずるずると引き寄せられる。
「ラウダさん!?」
異変を察知したアクティーがすぐさま剣で突き立てる。
ぶちっという不快な音と共に、引っ張られる感覚はなくなり、解放された。
「な、何!?」
慌てて剣を抜き足元を見ると、少女の腕くらいの太さを持つ、植物のツタがうねうねと、まるで手足のように動き出した。
そしてそのうねうねを地面につけると、勢いよくずぽっと球根らしきものが地面から抜けた。
うねうねを軸にこちらに迫り寄ってくる姿はまるでクモのようである。
しかも1匹だけではなく、周囲からぞろぞろと湧いて出てきた。
「き、気持ち悪っ!」
全身に鳥肌が立つような感覚を覚えつつも、ローヴは剣を抜いた。
「ノーウィン、こいつは!?」
立ち上がり、態勢を整えながらラウダが尋ねる。
「ニュール! 本体の部分が弱点で、触手が攻撃手段だ!」
「ちなみに言うと、下手に本体攻撃したら毒粉やらしびれ粉やらでばっちり反撃されるぜ?」
先制攻撃を仕掛けようとしていたセルファに忠告するよう、アクティーが付け足した。
さすがのセルファも素直に動きを止めた。
そのうち、1匹が触手を伸ばして素早く攻撃を仕掛けてきた。
それを今度は捕まるまいと、ラウダが斬り捨てようとしたが、そこそこの太さを持つためか、並みの力ではうまく切れず、攻撃を弾き返すことしかできなかった。
下手に手出しができず、全員身動きが取れない。
「物理攻撃でカウンター……じゃあ魔法なら」
そんな中、一行に守られるようにして円の中心にいたオルディナがぼそりとつぶやいた。
「え?」
思わずローヴが聞き返すも、すぐさまオルディナは呪文を詠唱し始めた。
その間も敵はじりじりとこちらへはい寄ってくる。
大きさこそないものの、こうもうねうねにょろにょろしたものが複数で襲いかかってくると、気持ち悪くてたまらない。
そのうちに一匹が素早くローヴの右腕に絡みついた。
「うそっ! ちょっと!」
思いの外力強く、思わず剣を落してしまう。
「ローヴ!?」
慌てたラウダが剣で触手を斬り捨てようとするも、
「あっ!」
別の触手に剣を奪われ、放り投げられてしまった。
ノーウィンとセルファが切り落とそうとするも、太いだけでなく弾力性もあるようだ。切り取れない。
その間にもローヴは必死に踏ん張り抵抗するが、それも空しく、ずるずると敵の方へと引きずられていく。捕食でもするつもりなのだろうか。
4人が慌てる中、アクティーだけは風の力を駆使して、触手を切り落とすことができた。だが際限なく次々と繰り出される触手を薙ぎ払うので精一杯だった。
しかし何も考えていないわけではない。これを一掃するための考えはあった。
今まさに詠唱中のオルディナ。彼女を守ることにこそ意味があるのだ。
そんな彼女が、杖の先をかつんと地面に突き立てた。
目を見開くと同時に、周囲にマナが渦巻き頭上へと集う。
「メテオブレイズ!」
それを合図に、頭上の巨大な火の玉が発火し、幾重にも分裂した。
火の中級魔法。コントロールが難しいとされる全体魔法だが、彼女は周囲を取り囲んでいた敵に確実に命中させていく。
「思った通りだ……」
アクティーがぼそりとつぶやいた。
彼女から発されるマナの香り。
天然ではあれど、天才的なものを匂わせていた。
草木に燃え移らないように配慮しているのも、彼女の才能ゆえだろう。とはいえ性格が性格なので意識してかどうかは分からないが。
「ピギャアアアッ!」
燃え盛る炎の中で身悶えし、断末魔を上げていくニュールたち。
ローヴに絡みついていたものも同じ目に合っていた。
触手に燃え移った炎が、それを焦げつかし、ぶつりと途中で途切れた。
ローヴは素早く腕を払うと、地面にそれをたたき落とし、右腕をさすった。
やがて灰と化したシニュアスたちはさらさらと風に吹かれていった。
森に再び静寂が訪れる。
「ふう……」
「すごい……すごいよ、オルディナ!」
そう言うと、ローヴはオルディナの手を取り、ぶんぶんと振った。
「えっえっ」
「オルディナのおかげで助かったんだよ! ありがとう!」
突然のことに驚き、ぽかんとしているオルディナには構わず、ローヴは感謝を述べた。
しばらく呆然としていたが、やがてオルディナはにっこりと笑った。
「わたし、お役に立てたんですね。良かった」
直後、どこか哀しそうに辺りを見渡した。
「魔物さん、ごめんなさい……」
ささやくようにそう言うと、オルディナは襲いかかってきた彼らのために、両手を組み合わせ、祈りをささげた。
「魔物のために祈るの?」
先程まで感嘆していたローヴが、今度は驚きを隠せない様子である。
祈りを終えたオルディナが顔を上げた。
「はい。だって彼らも生きていたから。わたしの都合で殺してしまったから……」
オルディナはうつむいて微笑した。
「やらなきゃやられるぞっていつも言われるんですけど……やっぱり慣れなくて。天才だとか色々言われるけれど、わたしの力は破壊するものでもあるから……」
「……オルディナの気持ち分かるよ。ボクもついこの前までそうだったから。ううん、今も、かな」
そう言って、ローヴも同じく哀しそうに笑った。
2人は目を合わせると、ふふっと笑いあった。
「似た者同士ですね」
「うん、そうだね」
同じ年頃、同じ少女。
この旅の中で出会うことがなかった、自分と似た存在にローヴは喜んでいるようだった。
そんな2人を、ラウダはどこか寂しそうに見ていた。