10‐2
フォルガナより南に進んだ一行は、先の見えない森の入口に立っていた。
「深そうな森ですね……」
禁断の地を彷彿とさせる、鬱蒼と生い茂った森。
しかしその中から生き物の声――鳥の声に聞こえるが魔物の声かもしれない――が聞こえるだけ幾分かマシだろうか。
「ここを抜けてさらに南に下ると、港町に着くんだ」
ノーウィンが広げていた地図を丸めながらそう教えてくれた。
「船に乗るの?」
港町に行くということは、つまりそういうことなのだろう。
ラウダの問いに、ノーウィンは首を縦に振った。
「そっから船に乗らなきゃ、この大陸から出られないってわけ……って、んなの知ってるだろ?」
森を見上げていたアクティーが説明しながらラウダの方へと視線を移した。
ラウダとローヴは顔を見合わせた。
そこで初めて重要なことをアクティーに話していなかったと気づく。
「えーと、何て言ったらいいかな……僕とローヴはこの世界の人間じゃないんだ」
「あん?」
ラウダは重要な部分をかいつまんで話し出した。
* * *
「ほお。別の世界からやってきた、ねえ。信じられないような話だな」
そう言いつつも、アクティーはどこか面白そうに笑った。
「……何か変だった?」
ラウダが不思議そうにそう尋ねた。
「そりゃ変なところだらけだっての。そもそもよその世界からって件からすでに頭おかしいやつとしか思えないだろ」
「頭おかしい……」
ローヴが苦々しい顔をしてつぶやいた。
そんな彼女をなだめるように、アクティーは首を横に振り、続ける。
「普通は、な。でもこれが面白いことに、条件にぴったり当てはまるんだなあ」
「条件?」
ラウダが首を傾げた。
「そ。古い文献によると、世界を救う勇者はどこから来てどこへ去るのか、不明とされている。んで一説では別の世界からやってくるってのもあるわけだ」
「そ、そうなんだ……じゃあもしかしてセルファは最初から僕が勇者だって分かってたの?」
その問いに対してセルファは首を横に振った。
「確信はなかったわ……ただ、あなたたちが何かしら勇者に関係することを握っているとは思ったけれど」
ここに来てようやっとセルファが、ゴブリン退治に連れ出した理由が分かった。
ある意味で、彼女は自分たちを試していたのかもしれない。
と、もし自分が何も関係ない存在だったらと考える。
恐らく、というより間違いなく死んでいただろう。
ぞっとすると同時に、ラウダは自分が勇者で良かったと初めて思えた。
「何ならメルスの大図書館にでも寄ってみるか? あそこにゃ伝説の勇者に関する文献はもちろん、ディターナの歴史に関する本も山ほどあるぜ」
だが、アクティーの助言に、セルファが苦い顔をした。
「そんなことをしている時間が惜しいわ」
「でも何も知らないままこの先進むよりかはいいと思うけどな。効率的に問題ないだろうし」
アクティーにそう言われ、セルファは口をつぐんだ。
そんな2人のやりとりを見て、ローヴは首を傾げると、側にいたノーウィンに話しかけた。
「メルスっていうのは町の名前なんですか?」
ああ、と言いながらノーウィンは手に持っていた地図を再度開いた。
「この先の港町で船に乗って、大陸を渡ってデトルトって名前の大陸へ。そこからさらに西へ進んだ先に、この辺り一帯を治める城と大きな城下町があるんだ」
そう説明しながら、地図を指でなぞる。
そこにアクティーが付け加えるように割って入った。
「おっと、そうだ。そこにシルジオの本部があるから、着いたら俺は一旦離脱させてもらうぜ。その間の時間もあるし、大図書館へ行くならちょうどいいじゃねえか」
「……あなた中心に物事を進めるのは止めてくれないかしら」
露骨に嫌悪感を見せるセルファだが、アクティーは大して気に留めていないらしい。
「仕事上の癖が抜けなくてね。そんな怖い顔してるとせっかくの美人さんが台無しになっちゃうぜ? ほら笑って笑って」
挙げ句、この調子である。
どうやらセルファとは性格的に合わないらしい。
彼女はそっぽを向くが、嫌そうな表情は抜けない。
「で、でも確かに僕たちこの世界のことも知りたいし、元の世界に関する情報もあるかもしれないから」
そう言いながら、ラウダは恐る恐るセルファの顔をのぞき込んだ。
「……あなたがそう言うなら」
渋々という感じだが、さすがに勇者の言葉には甘いらしい。
どうにか悪い空気は流せたようだ。
ほっと一息つくのも束の間。
「きゃあああああ!!!」
森の中から。
だがそう遠くないであろうところから悲鳴が上がった。
声を聞く限り、悲鳴の主は女性だ。
「な、何!?」
驚くローヴの横でノーウィンが武器を抜いた。
「行くぞ!」
「やれやれ……ま、女の子のためとあっちゃ仕方ないか」
そう言いながらアクティーも、背負っていた鞘から幅広の剣を抜き放った。
それぞれに武器を持った一行は森の内部へと踏み入った。
* * *
「どうしましょう……お兄さん……」
身長ほどある長い杖を両手にぎゅっと握りしめた少女は今、魔物の群れに囲まれていた。
ゆっくり後ずさりすると、背中がどんっと木にぶつかった。それに合わせて真っ白なスカートがふわりと揺れる。
逃げられない。
直後、魔物に襲われる自分の姿を想像し、絶望していた、その時。
どすっという音と共に、右斜め前にいた敵が前に倒れた。
背中には一本のダガー。
「トルネード!」
風の初級魔法。だが通常よりも強力に見えるそれは、囲んでいた敵を吹き飛ばすには十分の威力だった。
「えっ」
驚きそちらを見やると、見知らぬ5人組が武器を持って立っていた。




