9‐7
ノーウィンが驚いて、先程まで話していた男と、手をつかまれている男とを見比べた。
そこで初めて気づく。
今まで話をしていたのは中年の男性だ。
うわさに名高い大佐は“若手”の男性のはずである。
男はゆっくりと顔を上げ、ラウダの方を見やった。
しわ一つないぴしっとしたワイシャツを着て、メガネをかけた男。
さらりとした茶髪をなびかせ、男は顔を上げた。
「なんで分かった?」
否定の一つもせず、そう聞いた。
どこか楽しそうに微笑んでいるように見える。
「最初にこの部屋に入ったとき、証が僕に教えてくれました。ここに同じように証を持った人間がいるって」
その言葉にセルファが顔をしかめた。
正直自信はなかった。本当にそういう意味で反応したのか。もしかしたらそう思い込んでいるだけなのかもしれないと。
「へえ……」
男は口元をにやりとゆがめた。
「じゃあ聞くが……なんで人質を取ったり荷物を取ったりしなかったと思う?」
まっすぐにラウダの目を見つめてくる。
夕焼けを感じさせる茜色の瞳が、まるで心を探るかの如く、相手をつかんで離さない。
しかしラウダはその視線に負けず劣らず、じっと相手を見つめて答える。
「……人質を取らなかったのは、何か特別な力で僕らを監視していたから。ずっと感じていました。誰かに見られているような感覚」
ラウダがそう言うと、メガネの男はぷっと吹き出した。
そしてほぼ同時に、どっと部屋全体から大笑いが起きた。
「だから言ったんだよ! いくら大佐様でも勇者様には負けるって!」
「何言ってんだお前! 最初、大佐が勝つって賭けてたくせによ!」
「あっはっは! こりゃめでたいねえ!」
唐突ににぎやかになった室内。
驚きのあまり、ノーウィンとローヴはただただぽかんと口を開けたまま。
「そろそろ離してくれるよな? 勇者様?」
「あ、はい」
ラウダが手を離すと、彼の左手から緑の光があふれた。
「悪いねえハーケイド中佐。あっさりバレちまったよ」
言いながらデスクを離れ、元の席、焦げ茶色の机へと戻る。
対して、がたいの良い男は席を立ちあがり、先程まで大佐が座っていた資料の山が積まれた席に戻る。
「惜しいな。もう少しあの座り心地の良い椅子に座っておきたかったんだが」
そして軽快な動きで、あるべきところにあるべき人物が座った。
ラウダもデスクを離れると、本物の大佐と向き合うように、元の場所へと戻った。
大佐はにやりと笑うと改まって自己紹介をした。
「俺がこのフォルガナ支部をまかされているアクティー・グラン・ジェストだ。階級は大佐。以後お見知りおきを」
呆然とノーウィンとローヴがその男を見やる。
確かに年若い。
ノーウィンよりは上だと思うが、同じ20代前半といったところか。
「あなた……風の……」
セルファが顔をしかめたまま問いかける。
証に関しては人一倍敏感な彼女でさえ気づかなかった。
「いかにも。私めが“風雲の証”の所有者でございます。セルファちゃん?」
その態度は少し人を小馬鹿にしたようで。
「っていうか敬語いらないよな? 面倒だし」
おまけにこの調子なので、こんな人物が本当にうわさの大佐様なのか、まして本当に証の所有者なのかと疑いたくなる。
「大佐……仮にもお客様の前なのですが……」
ここまで案内をしてくれた女性も呆れた表情で見つめていた。
「そうお堅いこと言わないでくれよ、バーリミア少尉」
「はあ……」
これが支部の日常なのだろう。バーリミアと呼ばれた女性は、諦めたようにため息をついた。
「しっかしまさかこうもあっさりバレるとはねえ……人は見かけによらないってのはホントだな」
感心しつつも、アクティーは平然と机に肘をつき、その上に顎を乗せた。
やる気のなさそうな態度である。
これが本当にこの町を変えたという大佐なのだろうか。
「答えて。あなた今までどうやって気配を隠していたの? 同じ証所有者なのに、私が気づかないはずがないわ」
セルファはきっと相手をにらみつけた。その左手は黄色く輝いている。
「風使い」
その質問に答えたのは、先程まで大佐に扮していた男、ハーケイドだった。
「うちの大佐様は風使いって名で通ってるんだ。というのも風を自由自在に操って、気配を隠すのはもちろんのこと、風を読んで周囲で起こっていることを把握できたりもするんだ」
「そ。この町で起こってることなんかもすーぐ分かっちまう。生まれ持った証だから無意識に分かっちまうんだよ」
「証の力を無意識に使っている……そういうことなのね……」
信じられないという表情で、しかし謎は解決したようだ。
次にローヴが口を開いた。
「じゃあ、今回の事件は最初から犯人も分かっていた……?」
「ん。もちろん、ローヴちゃん。俺は最初っから君が女の子だって分かっていたよ?」
そう言われ思わず頬を赤らめる。
男だと言われ慣れてるせいで、逆に女の子扱いされた時にどうすればいいのか分からないのだ。
ちらりと見やると、バーリミア少尉から鋭い視線は消え失せ、大佐の様子に呆れた表情を浮かべている。
他の人間にしてもそうだ。
楽しそうに笑うその様から、彼ら全員による芝居にまんまとだまされたということだろう。
「どうしてだ。どうして俺たちをわざわざ犯人のところへ向かわせた?」
ノーウィンが眉をひそめて問うた。
「勇者様の力が如何ほどのものか見極めるためさ。まあ、結果は合格、だったがな」
ラウダの方をちらりと見て、笑う。
「まさか牢屋をたたき斬るなんて思わねえよ、普通」
「そんなことまで分かるんだ……」
驚いたようにラウダがつぶやいた、が。
「いいえ。それは私たちの報告を受けて知っているだけです」
それをバーミリア少尉がいとも簡単に否定した。
その言葉に大佐は楽しそうに笑う。
「まあでも俺の力は本物だぜ? この辺り一帯には、支部に所属する魔法使たちの力で施した法陣が、蜘蛛の糸のように張り巡らされててな。俺はそれを通して風を読む」
「この辺り一帯を、1人で……?」
ローヴが驚き問うと、近くに座っていた若い男性が口を開いた。
「大佐の力は並みの魔法使とは桁違いですからね」
見ると、彼もまた連行の際に居合わせた若い男性だった。
「ま、正確に言うと感知するのは俺、退治しに行くのは部下ってわけなんだけどな」
どうやら魔物の嫌がる魔法を施しているのではなく、先回りをして人知れず魔物退治を行っているというのが真相だったらしい。
それこそ風使いと呼ばれる彼の力がなければできないことである。
「とはいえ……ここ最近になって魔物の動きが活発化してきて先回りするのも一苦労してるんだけどな」
アクティーの言葉にセルファが眉をひそめた。
他の地区でも起こっている魔物の活発化。どうやらここでも同様の現象が起こっているようだ。
「……力を見極めると言ったな。何のためだ?」
しかしノーウィンは未だに納得がいっていないようだ。
当然と言えば当然だろう。仲間を危険にさらされたうえ、それをテストだと言われれば怒るのは無理もない。
突き詰めるようにアクティーへと迫る。
「そりゃあ、俺のご主人様になるわけだから、弱くっちゃお話にならないでしょ?」
だがアクティーは大したことではないと言いたげに、机上にある羽ペンの羽を指先でつんつんといじる。
「ご主人様?」
「……世界が崩壊の危機を迎えるとき、現れるのは太陽の証を持つ者なり。彼の者勇者として、地水火風の4つの力を従え世界を救う」
怪訝な顔をするノーウィンの側で、セルファが歌い上げるようにそう言うと、アクティーがそれそれと彼女を指差した。
「地水火風の4つの証。それを持った人間がこの世界のどこかにいて、彼らは太陽の証を持つ勇者様に従わにゃならんわけよ」
「そうなのか?」
ローヴはともかく、どうやらノーウィンも知らないことだったようで、セルファに確認を取る。
もちろん何も言わず力強くうなずいただけだったが。
「今回の一件、手を煩わせたとは思うが、俺としては一生がかかった大事な試験だったってわけ。お分かりかな、紅蓮の死神さん?」
そう呼ばれた途端、ノーウィンが固まった。
「……あんた俺を知っているのか」
そしてどこか怒っているような声でそう問うた。
対するアクティーは、羽ペンいじりを止め、相対する紅緋の瞳をじっと見つめた。
相変わらず口元はにやにやといやらしい笑みを浮かべている。
「知ってるさ。凄腕の傭兵で“記憶”を探して世界中を行ったり来たりしてるんだろう?」
「き、おく……?」
ただでさえ証の話についていけずぽかんと口を開けたままのローヴは、ノーウィンの背を見やった。
「赤目に赤毛なんて珍しい容姿に、魔物たちをほふる、恐ろしいその様相からついたあだ名が、それ」
「……違う。死神に関しては親父譲りだ」
「ありっ、そうだったか」
どこか重い雰囲気を背負ったノーウィンに、ローヴが恐る恐る声をかけた。
「記憶……ないんですか……?」
「……ああ、7年前より昔の記憶がない……記憶喪失なんだ、俺」
そういって仲間に向けて微笑む横顔は、どこか哀しそうで。
そこで初めてラウダは彼と初めて出会った時の言葉を思い出した。
『記憶喪失か?』
この地へやってきてすぐに、ノーウィンが尋ねてきた言葉だ。
妙に力が込められた言葉だった。
今思えばそれは自分の記憶に関するヒントを得ようとしていたのかもしれない。
ここまで行動を共にしていたのに気づけなかった。
いや、正確には自分たちのことで手一杯で気づいてあげられなかったのだ。
「ごめんなさい、ボク……」
しかしノーウィンは首を横に振った。
「いいんだ。俺が余計なことしたくないと思って言わなかっただけだ」
そんな2人の雰囲気を見て、アクティーは首を傾げた。
「ん。余計なことまでしゃべっちまったかね」
「いや……どのみちいつかは言わないといけなかったことだ」
「ふーん。ならいいけどな」
興味がないのか、適当な返事を返すと、アクティーは勢いよく立ち上がった。
机の引き出しを開けると、黄色いスカーフを取り出し、手慣れた様子で首に巻いた。
それから側にあるコートかけにかけてあった深緑色のコートを取ると、勢いよくはおった。
左胸には彼がシルジオの人間であることを示す金糸のローレルの刺繍が縫い付けられている。
「さて話も終えたことだし。さっさと行きましょうか」
しかし、ラウダは苦い顔をしていた。
彼の目的や、行動を共にする理由は分かった。
「あの……」
ノーウィンの話も含め、驚くことはたくさんあったが、一番の悩みは、
「この先アクティー……さんも一緒に行くんですよね?」
「ん? そういう流れだったでしょ、今」
ますます自分が勇者化していることだった。
「……大佐、本当に行ってしまわれるんですか?」
バーリミアが視線をそらしながら、尋ねた。
その表情は今にも泣きだしそうで。
アクティーはそんな彼女の頭をぽんぽんと軽くたたいた。
「散々言ったでしょ、レリシアちゃん。これが俺の使命なんだって。来るべき時が来たら俺はここを立ち去るって」
日頃からそんなことを言っていたのかと、ラウダは思わず顔をしかめた。
しんみりとした空気から、まるで自分たちが彼を取り上げてしまうような気がして。
近くに座っていた若い男性が立ち上がった。
一行を連行し、先程口を挟んだ男性だ。
「大佐……! 自分は……自分はここで大佐の帰りを待ち続けます! だから……」
「エビン中尉。心配しなくてもちゃっちゃと片付けて帰ってくるからさ」
そう言いながら手をひらひらと振った。
まるで散歩にでも出かけるような仕草。これから世界を救いに行く者とは思えない態度である。
そして先程大佐になり切っていたハーケイド中佐の方を向いた。
「ボスト・ハーケイド中佐。後のことはよろしく頼む。これは、大佐命令だ」
「了解しました」
その様子を見ていると、こんな性格ではあるが、いや、こんな性格だからこそアクティーが慕われていたことが分かる。
現に彼の手腕が本物であることには違いなかった。
「んじゃ、行きますか」
嫌な顔一つせずそう告げる大佐の姿を見て、ラウダは悩む。
使命とは何なのかと。
人と人をこうも簡単に切り離してしまう使命なら。
自分の存在のせいで悲しむ人が出てしまうのなら。
使命などいらないのに。
「ラウダ」
そんなラウダの心境を察したのか。
アクティーが声をかけた。
「俺のことは何も考えなくていい」
気を遣わなければならないのはこっちなのに。
どうして彼は平然としていられるのだろう。
悩みを吹っ切れないまま、アクティーに言われるがまま、彼らはフォルガナ支部を後にした。
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