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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第9話 遥かなる視線
38/196

9‐5

 3人の男が、先刻の宣言通りぞろぞろと牢に入り込みセルファを囲んでいる。

 そのうちの1人はセルファの喉元に剣を当て、こちらをちらちらと見やってくる。

 しかし、今のラウダにはその行動さえゆっくりとした動きに見える。


 まるで時間の流れを操ったかのように。


 男がセルファの方を向いたその瞬間。ラウダは剣を拾い上げ、駆ける。


「はああああっ!!!」


 眼光が一段と鋭く光る。


 拾った剣を両手で左下に構え、その勢いのまま、斜めに牢を斬り放った。

 手のひらから伝わる、熱を帯びた剣が、鋼鉄の牢を溶かす。


 そして、時の流れが元に戻る。


 がらんがらんと大きな音を立てて、牢が崩れ落ちる。

 あまりにも異常な事態に男どもが慌てふためく。

 その隙をノーウィンは逃さない。


 足元に落とした槍を拾い上げると、その勢いのまま、セルファに剣をあてがっていた太い男へ突進した。


 槍が男の腹部に深々と突き刺さる。


「うぐああああああっ!」


 男が悲鳴を上げ、その手から剣を取り落した。

 しかし、横からノーウィンめがけて上半身裸男の拳が振るわれた。

 突然の攻撃に槍から手が離れ、土壁にたたきつけられる。


 槍が刺さったままの太い男は(もだ)えながらも再び剣へと手を伸ばそうとする。

 すかさずその腕を、ラウダが斬りつける。

 太い男はそのまま前へと倒れ込んだ。辺りに血が広がる。


「この野郎おおおっ!」


 上半身裸の男が標的をラウダに変える。

 ラウダが牢から離れると男もそれに続く。


 ちらりと視線をそらすと、足元の武器は拾ったものの、どうすればいいのか分からずおろおろしているローヴがいた。

 しかし、ラウダの視線に気づくとはっとなり、牢の方へと駆け出した。

 もちろんセルファを助け出すために。


 上半身裸の男が拳を振り下ろすと、ラウダはそれを剣で防いだ。

 この男の拳、まるで鉄のように硬い。そのうえ素早いため少々厄介だ。

 拳をはじき返すと、一瞬隙ができた。

 ここだ、と剣を両手で構え、斬り上げ――


「リガス!」


 突如ラウダの全身に電流が走る。

 構えた剣を取り落とす。声が出ず、口をぱくぱくとさせたままその場に崩れ落ちた。

 全ての感覚が麻痺する。


「麻痺魔法は俺の十八番でねえ。へへへ、これで動けないだろ」


 言いながら、倒れ込んだラウダの側に寄ってきたのは小柄な(ひげ)メガネ。


「よっしゃあ!よくやったぜ!」


 そう叫ぶと、上半身裸の男が手をポキポキと鳴らす。

 そして拳を大きく振るい――


「イグニス!」


 振り上げた拳に火の玉が直撃する。


「うおおおっ!!!あっちいいいいい!!!」


 男が炎を消そうと、ぶんぶん手を振るう。


「おい!何やって」


 そう言いかけて、(ひげ)メガネが背後へ振り返る。それと同時に顔面に酒瓶が、激しい音と共に、命中した。

 当たり所が悪かったのか、小柄な男はそのまま後ろへ倒れ込み気絶した。


 ようやく消火した上半身裸の男がばっと振り返る。

 目に留まったのは赤い帽子の人物。

 瓶を投げつけたフォームから体勢を整えると、きっと相手を睨みつける。


「やってくれたな、このクソ野郎が!」

「しっつれいな!ボクは女だ!」


 すっかり頭に来たようだ。ローヴが激しく反論し、手にした剣でびっと男を指した。


「女の子を監禁するなんてぜえったいに許さないんだから!」

「うるせえええええ!!!」


 男は標的をローヴに変えると大きく拳を振りかぶる。

 しかしそれより早く、赤い髪の男が(ふところ)へと潜り込み、手にした槍で胸部を突き刺した。

 相手がひるんだのを見ると、続いて腹部、それから左太ももを突き刺す。

 怒涛(どとう)の連続攻撃に巨体は尻餅をついた。


 それを確認すると、ローヴは再び牢屋へと駆け込み、なんとかセルファを解放しようとする。

 しかし天井からつるされた手錠は思いの外高い位置にあり、ローヴでは背伸びをしてようやく届くくらいだ。

 しかも手錠にはご丁寧に鍵がかかっている。


「鍵はそこに倒れている男が持っているわ……」


 セルファは力なくそう言うと、足元に倒れている太い男を一瞥した。

 ローヴは小さくうなずき、そろそろと相手の横に屈み込んだ。

 息はあるようだが、身動き一つしない。

 脂ぎった体を詮索するのは正直気が引けたが、これも仲間のため。

 上から順に服を探っていく。

 途中、手に血がべったりと付いてしまい、顔をしかめるが、そのまま作業を再開する。


「あった!」


 ようやく見つけたのはズボンのポケットの中。

 真鍮(しんちゅう)の鍵を取り出すと、すぐさまセルファの横で背伸びをする。

 指先が震えるが、精一杯につま先を、手を伸ばした。

 やがて鍵はあるべき場所に入り、それを横にひねると、かちゃんという音を発した。

 同時にセルファが地面に崩れ落ちた。

 喜びもほどほどに、すぐさま側へと駆け寄る。


「セルファ! こっちに!」


 手足がしびれて自力で立てないセルファに肩を貸し、太った男の横を通る。


 そこで突然ローヴの足がわしっとつかまれた。


「なっ」

「逃がさ……ねえぞお……」


 脂ぎった手を振り払おうと足を振るが、執念深い男の手は離れない。

 そのこめかみに槍の矛先が向けられた。


「離せ」


 武器を手にしたノーウィンが、怒りを剥き出しに、告げた。

 離さなければその後どうなるか、言われずとも想像するのは容易だった。

 男は恐る恐る手を離した。

 その隙にローヴは、セルファを連れその場を離れる。


「畜生……畜生……さてはお前ら例の大佐の命令で……」


 そこまで口にした、その時だった。


 部屋に複数の人間が雪崩れ込む。

 一行が驚く間もないまま、彼らは男たちを捕縛した。

 全員深緑にローレルの刺繍(ししゅう)の入った軍服を着ている。


「お疲れ様です」


 そっと歩み寄ってきたのは、ここに来るよう指示した女性だった。


「おい。これはどういうことだ」


 ただでさえ仲間を危険にさらされ、怒り心頭のノーウィンはぶっきらぼうにそう尋ねた。


「申し訳ありません。犯人逮捕のため、後をつけさせていただきました」

「なら最初からあんたらがやれば良かったんじゃないのか?」


 そう言いながら、ノーウィンは槍についた血を払うと、背に直した。


「……理由があり、それはできませんでした。そのことについては、きちんとお話するつもりです」

「当然だ。こんな訳の分からないままでたまるか」


 相手の目さえも見ようとしないノーウィンに対して、女性は視線を小部屋の隅に置いてある複数の瓶へと向けた。

 それから、何か会話をしているローヴとセルファを見やった。


「ただ……」


 少しぐったりした様子のセルファを見つめながら女性は言いにくそうに言葉を紡ぐ。


「なんだ」

「……彼女たちに休息を与えるのが先かと」

「……は?」


 思わず、相手を見やる。

 女性は困ったような顔をしていた。


「ノーウィンさん!」


 そんな微妙な空気の2人の間に割って入るように、ローヴの声が飛び込んできた。


「セルファ、あいつに触られたって……! ああもう! すぐお風呂で洗ってあげなきゃ!」

「あ、ああ……」


 ローヴは牢屋前で取り押さえられている太い男を、気持ち悪いものを見る目で一瞥(いちべつ)した。

 その様子を見てようやく理解した。

 女の子には女の子にしか分からない痛みというものがあるのだと。


「……ローヴ」

「はい?」


 ノーウィンは気が抜けたように笑いかけた。


「セルファのこと頼むな」

「もちろん!」


 そんな2人からも、セルファからも、犯人を連行及び金品のチェックをするシルジオの人間からも離れた場所で、ラウダは一人立っていた。

 ようやくしびれから解放され、立ち上がった彼は右手を見つめていた。

 さっきからぼんやりと光が揺らめいているのだ。

 そして感じる、誰かの視線も。


「…………」


 何も言わず、一人、厳しい顔をしていた。

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