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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第9話 遥かなる視線
37/196

9‐4

「だーっはっはっは! 全くいい商売だよなあ!」


 大柄な男はリリエル酒の瓶を勢いよく机にたたき付ける。そして同時に服からはみ出した腹を嬉しそうにたたいた。


「それもこれも、あの若手の大佐様がこの辺り一帯の魔物を出ないようにしてくださったおかげッスなあ」


 その隣でごますりをしているのは、ひょろひょろの体格の男。

 そう、町に入ってきた私たちを犯人だと大声で叫んでいた男。


 初めから狙われていたんだわ、私たち。


 そして魔物がいなくなったこの地域で金品を盗み、売り、あの忌々しい臭いを放つ酒を買い続けている。

 こいつら皆、リリエル中毒なのよ。


 洞窟の入り口でこの独特な臭いを感じ取ったのは私だけだった。

 皆を入り口に置くことで犯人が出入りできないようにし、まとめて仕留めるつもりだった。


 けれど今、私は牢の中。

 両手を頭上に縛られてさえいなければ魔法で何とかすることができたのに。


「よおよお! 嬢ちゃんもさあ、そう辛気臭い顔してねえで飲めよ飲めよ!」


 牢屋越しに、上半身裸の男が酒瓶を見せつけてくる。


 見たくもない。

 さっきのように何か物音でもすればどっかに行ってくれるだろうに。


 両腕がしびれてきた。

 せめて地に足がついていれば解決策の1つや2つ出てきそうなのに。


 腹立たしい。

 こいつらも。

 ここに来させたやつらも。

 自分自身も。


「戻りやしたー」


 また1人増えた。

 小柄な体格にメガネをかけた(ひげ)(つら)

 こいつだ。こいつが背後から私を襲った男。


 入り口を塞いであるからと油断していた。

 この洞窟内部は思っていた以上に広かったようだ。

 物陰に隠れて、3人が楽しそうに漫談をしている様をのぞいていたところを、別の空洞から出てきた(ひげ)メガネに、背後から麻痺魔法を放たれて。

 あとは見ての通り。私は牢の中で両腕を縛り上げられている。


 これで4人。


「おう、町の様子、どうだったよ?」

「へへ、静かなもんすよ。きっと今頃、あの旅人連中を事情聴取でもしてるんでしょうねえ」


 小悪党のくせにこの(ひげ)メガネは相当な魔法使らしい。

 洞窟内部から町を監視するほどのね。


「全く馬鹿だよなあ! こんな近くにアジトがあるってのに、誰も探しに来やしねえ!」


 面白可笑しそうに馬鹿笑いをすると、リーダー格の太い男は、壁際に置いてある木箱から新しい酒瓶を取り出し開けた。


 いやらしい。憎らしい。汚らわしい。

 何より忌々しい。

 こんなにもイライラするのはリリエル酒の臭いのせい?

 でも、そう言った感情を持ってしまったら最期、人間に戻れなくなってしまうと“あの人”が教えてくれた。


 だから私は、感じることを止めた。


「さーてと」


 上半身裸の男が牢の扉を開いた。


「へへへ、こんな綺麗な肌のお嬢ちゃんがいるんだ。触るくらい罰は当たりゃしねえよなあ」

「本当に触るだけかあ? だーはっはっは!」


 脂ぎった指が私の太ももに触れた。

 やめろ。

 やめろやめろやめろ。


「あ、俺も俺……も……?」


 どさっ


 音を立てて、ひょろひょろの男が前のめりに倒れ込んだ。


「それ以上、触るな」


 赤い髪。

 初めて見たときは珍しくて驚いたけど。

 今は見慣れてしまった。


 どうして――どうして来たの?


 *     *     *


 先導していたノーウィンが、ひょろひょろの男を貫いた。

 その手に持っている槍からは人間の血がしたたり落ちている。

 表情には鬼気迫るものがあった。


「セルファ!」


 その後ろには剣を携えたラウダと、ローヴがいた。

 ローヴはやはり耐えられないのだろう。視線を違うところへと向けている。


 貫かれた男は死んではいないようだ。ノーウィンのことだ。わざと急所を外したのだろう。

 痛みに(もだ)えながら、少しでも遠いところに逃げようと這いずっている。


「な、なんだお前ら!?」


 上半身裸の男が驚いて牢屋から飛び出してきた。


 洞窟の最奥。大きくくぼみ、部屋のようになっているところに4人の男がいた。

 その側には山のように積み重なった金銀財宝。そして甘ったるい臭いを放つ酒瓶が机に散らばっている。


「こ、こいつら……シルジオに突き出したやつらじゃねえか……!?」


 (ひげ)メガネの男が指を指してくる。が、その指先は震えている。

 もはや間違えようがない。状況、言動。

 この4人組が真犯人だ。


 しかしリーダー格の太い男は動じることなく、傍にあった長剣を持つと、牢屋越しにセルファにあてがった。


「この嬢ちゃん、お前らの仲間なんだろ? いいのか? どうなっても」


 だがノーウィンもまた動じることはなかった。

 怒りから、槍を持つ手が震えている。


「……触るなって言ったのが聞こえなかったか?」

「聞いてるのはこっちだぞ! ぶち殺されてえか!?」


 ノーウィンは眉をひそめると、渋々武器を足元に捨てた。

 怒りに任せてうかつに手出しすれば、セルファの身が危ない。

 ラウダとローヴも仕方なくそれにならう。

 その様子ににたりといやらしい笑みを浮かべる男。


「素直だねえ……そしたらお前ら男3人には、この嬢ちゃんが汚されるところでも見ておいてもらおうか」


 また男と勘違いされたうえ、少女をそんな風に扱うやつらが許せず、ローヴはきっと相手をにらみつけた。

 ノーウィンもタイミングを見計らっている。チャンスさえ来れば槍を拾い上げ、突撃する気だろう。


 そんな中ラウダは一人、不思議な感覚に襲われていた。

 これは、ゴブリン退治の時と同じ感覚。

 未知なる力が内側からあふれてくるような感覚。


「ノーウィン、下がって」


 相手に聞こえないよう、小声で、先頭にいるノーウィンにささやいた。

 それに反論しようとノーウィンがラウダの方をちらりと見やり、驚く。


 ラウダの瞳に光が宿っていた。


 その光る視線は、敵から外れない。

 思わずごくりと喉を鳴らし、ノーウィンは言われたとおり、数歩後ろに下がった。


 今ならできる。

 彼女を助け出すことが、できる。

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