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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第9話 遥かなる視線
36/196

9‐3

『町から北東へ向かった場所を出入りしている人間たちがいる』

 女性の情報を元に北東へ向かう道中、ノーウィンはずっと難しい顔をしていた。


「あの、ノーウィンさん? 何か気になることでも?」


 心配したローヴが声をかける。

 ノーウィンはため息を一つつくと、ぽつりと口にした。


「どう考えてもおかしいよな」

「ええ、おかしいわ」


 間髪入れずにセルファが同意する。どうやら苛立っているようだ。口調が荒い。

 対するラウダとローヴには何のことか分からず、首を傾げた。


「もし俺たちを本気で怪しんでいるなら、人質を取るなりしたと思うんだ」


 言われてはっとなる。

 今この場には4人ともいる。それも全員無事で。荷物さえ取られずに。


「これじゃ、どうぞ逃げてくださいって言ってるようなもんだろう? それだけじゃない」


 そう言ってノーウィンは足を止めた。


「あいつらは俺たちを犯人だと思っていない。そうじゃなきゃ、怪しい人間が出入りしている場所なんて教えないはずだ」


 もし本当に犯人だと思われているのならば、そんなところへは向かわせなかっただろう。

 それではまるで仲間と合流してくださいと言っているようなものだ。


「まだある。そこまで分かっていながら、どうして俺たちに行かせるんだ?」


 確かにそうだ。

 “怪しい人間が出入りしている場所”と分かっているのだ。分かっているなら自分たちで行けばいい。手柄だって手に入れられる。

 それ以前に、それが彼らの仕事のはずだ。


「俺たちがそこへ行かなきゃならない理由でもあるのか。それともあいつらが行けない理由でもあるのか……」


 考え込むノーウィンの横で、ラウダは自分の右手を見つめた。


「……ついでに言うとね。もう1つ気になることがあるんだ」


 その様子に、手のひら、即ち証にかかわることだと直感したセルファが表情を一変、身を乗り出した。


「あの部屋に通されて話を聞いている時、一瞬だったけど、またこの手が光ったんだ」


 今は何の反応も示さない右手を、ぎゅっと握りしめた。


「証が反応するということは何かがあるということ。特にあなたのものは」


 そう言うセルファの瞳には輝きが宿っていた。

 この事件の裏には何かがある。それも、証に関係した何かが。


 そんな一行の間を、ふわりと風が流れた。


 *     *     *


 北東へ歩いて1時間と少し。

 言われた場所には、洞窟らしき入り口がぽっかりと空いていた。


「あの……」


 そこでローヴが恐る恐る尋ねる。


「今回はその……人を斬らないといけないんですよね……?」


 言われて初めてラウダもそのことに気づく。

 今日ここに来るまで魔物とは幾度となく戦ってきたが、人と戦うのは初めてである。

 それも芝居ではない。本気で、だ。


「そうか……そうだな」


 ノーウィンが困ったように頭をかく。

 シルジオのことばかり考えていて、そのことについてまで頭が回らなかったのだ。


 そんなノーウィンの後ろでセルファが洞窟を睨みつけていた。


「なんなら2人は待って……」

「1人でいいわ」


 ノーウィンの言葉を遮り、セルファは他人が制する前にさっさと中に入って行ってしまった。


「セルファ!?」


 呼んだ名前は空しく、空へとかき消された。

 もう姿は見えない。

 ノーウィンは大きなため息を1つつくと、その場に足を組んで座り込んだ。


「えっ、追いかけないの!?」


 彼の態度にラウダが驚愕の声を上げた。


「別に珍しいことじゃない。今までもこういうことはあったんだ」


 冷静にそう返すと、それきり黙り込んでしまった。

 相棒だから、信頼しているからこその考えなのかもしれない。

 でも――


「いいのかなあ……」


 ローヴは自分の言いだしたことが原因だと思い、責任を感じているようだ。

 不安そうに洞窟の入り口を見つめていた。


 *     *     *


 遅い。


 いくらなんでも遅すぎる。

 セルファが入っておおよそ3時間は経っただろう。すでに空が赤く染まりつつある。

 何かあったとしか思えない。


「ねえ……やっぱり行こうよ」


 ローヴは腰かけていた岩から立ち上がり、そう告げた。

 しかしノーウィンは変わらず黙ったままだった。


「ノーウィンはセルファが心配じゃないの?」


 同じように、地面から立ち上がり、ラウダが問うた。

 彼は地面に視線を落とし、白状するように大きくため息をついた。


「……嫌な顔されるんだよ」

「え?」

「あいつが自分で決めて行動した時、その手助けをしようとしたら必ず言われる。どうして邪魔するの、ってさ」

「邪魔って……相棒なんでしょ?」


 ノーウィンは首を横に振った。

 その表情はどこか寂しそうで。


「相棒だが……俺は時々分からなくなる。相棒……あいつとの関係は本当にそうなのかどうか」

「信じてないんですか?」


 うなだれるノーウィンを叱咤(しった)するように、ローヴが強い口調で問う。


「信じてるさ。信じてるからこそ今もこうして」

「そんなのただの言い訳! 本当に心配して、信じてるなら、助けに行くのが道理ってものじゃないの!?」


 そしてローヴは、ノーウィンの手を取り半ば強引に立ち上がらせた。


「相棒かどうかなんて関係ない! ボクたちよりも年下の女の子が、たった一人で危険な所に入っていって、それを見逃すなんて絶対ダメ!」


 怒りの勢いで、敬語がすっ飛んでしまっている。

 しかしそれが逆にノーウィンを奮い立たせたようだ。


「そう、だな……そうだよな……放っておけるわけないよな」


 背に武器があるのを確認すると、ローヴの顔を見つめた。


「ありがとな、ローヴ」

「どういたしまして。あ、もちろんボクらも行きますから! ね、ラウダ!」

「……うん」


 こうなってしまった彼女はもはや制御不能である。

 もちろんラウダ自身も、セルファのことを放っておくつもりはなかったが、こうなってしまった以上、引きずられるかの如く連れて行かれることになる。

 これではシルジオの強制連行と何ら変わらない。


 小さくため息をついてから、武器を確認しようとして――そこで思わずぞくりとなる。


 誰かに見られている。


 ばっと後ろを振り返り、辺りを見渡すが、ここは死角と呼ばれるような場所もないような平原なのだ。

 こんな開けっ広げな場所で監視などされているわけがない。

 次の瞬間にはもう視線は感じなくなっていた。


 しかし見逃さなかった。一瞬、己の右手が呼応するかのようにうっすらと輝きを放ったことを。


『証が反応するということは何かがあるということ。特にあなたのものは』


 セルファの言葉が頭をよぎる。

 この視線は気のせいではない。この証はそう言いたいのだろうか。


「こらラウダ! ぼーっとしない!」


 そんなラウダの思案をよそに、洞窟に入りかけた幼なじみが叱咤(しった)の声を上げていた。


 *     *     *


 洞窟内部は意外にも乾燥しており、足元にはさらさらと砂が散っていた。

 その上を歩くとじゃりじゃりと足音がするので、出来る限り剥き出しになった岩の上を歩くように注意する。


 ノーウィンが先導し、敵がいないかを念入りに確認してから、2人を呼ぶという方法で進んでいたが、見張りなどは一切いないようで、実に静かなものだった。


「誰もいない……のか?」


 怪訝(けげん)な顔で思案するノーウィンに対して、ローヴが微笑んだ。


「金品を奪っても誰も追ってこないから、油断してるのかも」


 ローヴはそう言うと物陰から出て、試しに堂々と歩いてみた。


「ろ、ローヴ、危ないよ……!」


 小声でそう言うラウダだが、相手は大して気にも留めずくるりと後ろを振り返った。


「ほら、何ともない――」

「危ない!!」


 異変にいち早く気づいたノーウィンが、力強くローヴの腕を引き、抱き寄せた。


「ひゃっ!?」


 悲鳴とほぼ同時に、上空から勢いよく、トゲのついた丸太が降ってきた。

 驚きのあまり声が出ない3人をよそに、奥から筋肉質で上半身裸の――まるで見せつけるかのような――男が丸太に歩み寄ってきた。


「ちっ。なんだネズミか? ったく紛らわしい……」


 男はそれ以上詮索せず、そのまま奥へと戻っていった。

 ラウダが恐る恐る身を乗り出し、落ちた丸太の付近を捜索してみる。


「これ……見えにくいけど、細い糸でつながってたんだ……」


 どうやらそこにローヴが足を引っかけたようだ。

 もしノーウィンが助けてくれなければ自分は今頃――

 そう考えてぞっとなったローヴは、ほとぼりが冷めたようだ。


「ごめんなさい、ノーウィンさん……」


 しゅんとした様子で、素直に謝った。


「いや、気にしなくていい。怪我がなくて何よりだ」


 言いながら、そっとローヴを離し、立たせた。


「まさかセルファも……?」


 ラウダは最悪の想像をしてしまい、思わず背筋が凍るのを感じた。

 だがノーウィンは首を横に振った。


「あいつは人一倍物事に敏感だ。敵のワナになんかそうやすやすと引っかからないはずだ」

「でも……それなら一体どこに?」


 誰もその答えを口にできなかった。

 この洞窟内にいるのは確かなのだ。そして、金品を盗んだ人間も。

 現に先程、ワナを仕掛けたであろう男が出てきたのだ。


「あの人もきっと盗人の一人だよね」


 ローヴの言葉にノーウィンが強くうなずいた。


「でなきゃこんな薄暗いところにいるとは思えない」


 そして先程から難しい顔をしているラウダに声をかけた。


「セルファのことなら大丈夫だ。あの歳でもしっかりしてるのは知ってるだろ?」


 それに対してラウダは首を横に振った。


「ごめん、違うんだ」

「うん?」

「なんかさ……臭わない?」


 ラウダに言われて初めて2人は意識して嗅覚を発揮した。

 確かに、する。


「なんだろこれ……なんか甘い……?」


 ローヴが首を傾げている横で、ノーウィンが顔をしかめた。


「これは……リリエル酒?」


 深刻な顔をするノーウィンに、2人は顔を見合わせ首を傾げた。

 聞いたことのない単語である。


「リリエル酒……って、これお酒の臭い……なんですか?」

「いや、名前に酒ってついてはいるが、実際は薬物……それも良くない、な」


 薬物と聞いて再度顔を見合わせる2人。

 その存在もまたおとぎ話の世界のものだったのだ。


「薬物の中で最も手に入りやすいと言われ、そのくせ一口飲むと癖になって止められなくなる……」

「でも、なんでそんなものがここに?」


 ラウダが不思議そうに尋ねると、ノーウィンは腕組みをし、答える。


「考えられるのは、中毒者か……あるいは薬物の密売人ってところか。リリエル酒は違法品の1つだからな」


 甘ったるい臭いが充満する洞窟の中。

 見つからない仲間。


 違法品を扱う人間たち。

 一度(ひとたび)正体を見られたとあれば、口封じのために相手は殺されるだろう。

 それに気づいたのだろう。ローヴの顔からさっと血の気が引いた。

 ノーウィンは腕組みを止めると、洞窟の先を見据えた。


「大丈夫。セルファがそう簡単にやられるとは思えない」


 ノーウィンのその言葉は、まるで自身を鼓舞しているようであった。

 3人は顔を見合わせると、それぞれ小さくうなずいた。そうして一行は物陰に潜み、先程よりも一層注意を払いながら、奥へと進んでいく。

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