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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第9話 遥かなる視線
35/196

9‐2

 内部は壮麗で、複数ある窓ガラスから陽が差し込み、とても明るい。

 そして足元にはベギンの街の宿に劣らない、ふわふわの緑のじゅうたんが敷かれていた。

 だが平穏を守り、悪を取り締まる職場なだけあって、廊下に余計なものは一切置かれていなかった。


 しかし今はそんなことはどうだっていい。


 先頭を歩く女性に続くように中年の男性。4人を挟んで最後尾には年若い男性。

 実行するつもりはないが、逃げる隙などない。

 濡れ衣だというのに、このまま牢屋に入れられてしまうのだろうか。


 今のラウダの心には、ただただ不安しかなかった。

 ローヴも同じ心境なのだろう。うつむき、その表情は暗い。

 恐らく自分の表情も同じようなものだろう。鏡がないから分からないが。


 セルファは――いつもと同じである。

 こんなときでも無表情でいられるというのはある意味才能かもしれない。

 ノーウィンに関しては、いつになく真剣な表情であった。

 まっすぐ前を向いたまま、目をそらさない。何か考えでもあるのだろうか。


 しかしそんな一行は牢屋ではなく、ある部屋へと通された。


 中に入ると、とても広い空間に所狭しと複数の机が並んでおり、人々が忙しなく動いていた。

 山のように積まれた紙を、一枚一枚目を通す者もいれば、分厚い本に羽ペンで何事かを記している者もいる。そのどれもが男性だ。


 そしてその最奥。

 そこには一際大きな焦げ茶色の机が置かれていた。

 机上には分厚いファイルや本が多くあったが、どれも綺麗に整頓されている。

 その席である回転式の椅子は、何故か背を向けてあった。


 4人はその前に立たされると、ようやく2人の男性から解放された。

 女性はというと、近くの机の上から何やらファイルを手にし、一行の方へと振り返った。

 相変わらずその眼差しは鋭い。


「で?」


 そこで初めてノーウィンが口を開いた。


「俺たちは何も盗ったりしていない。それどころかついさっきこの町に着いたばかりだ。疑うならもっと他にいるんじゃないのか?」


 冷静な態度ではいるが、言動には怒りが込められているように感じた。

 それを理解しているのかいないのかは分からないが、女性は口を開いた。


「ではそれを証明するものは?」


 平然とした態度でそう切り返してくる女性に、ノーウィンの表情が怪訝(けげん)なものへと変わる。


「証明?」


 ない。


 自分たちの身の潔白を証明できるものなどない。

 まして自分たちがこの町に着いたばかりだということを証明できる人間もいない。


 女性は手にしているファイルを開くと、何枚かめくる。

 該当するページを開くと、顔を上げないまま、話を続ける。


「1週間ほど前から相次いで金品の盗難事件が相次いで発生しています。また、犯人がこの町の人間でないことはこちらの調べで分かっています」


 ファイルを閉じると同時に、瞳も閉じた。


 1週間前といえばベギンの街にいた頃だ。ちょうどラウダが太陽の証を手にしたくらいだろうか。

 しかしそれも証明にはならない。

 悔しそうに口をつぐむノーウィンに、女性はある案を提示してきた。


「交渉、しませんか?」

「……交渉?」


 いぶかしげにその単語をつぶやいたノーウィンに対して、女性は瞳を開くと、まっすぐに見つめてきた。


「あなた方が本当に犯人でないというのであれば、真の犯人を捕らえてきてください」


 ラウダとローヴは思わず顔を見合わせた。

 これは果たして交渉と言うのであろうか。


「……あんたら仮にもシルジオの人間だろ? それが、犯人かもしれない人間に、犯人を捕まえてこいだなんておかしな話じゃないか」


 ノーウィンの意見は至極まっとうである。

 しかし相手は顔色一つ変えない。


「やるんですか? やらないんですか?」


 随分と強気に発言してきた。

 その表情から何を考えているのか全く読めない。


 しかし、やらないなんて選択肢はない。

 だってそれを選んでしまえば、犯人として捕まえられてしまうだけなのだから。


 ラウダは再度ローヴの方を見やった。

 心配そうな表情ではあったが、犯人捜しをやるつもりらしい。

 こちらを見つめると、力強くうなずいた。


「ノーウィン」


 ラウダが声をかけると、こちらを振り返ったノーウィンは一瞬驚いた顔をした。

 先程までの不安そうな表情から一変、そこには強い決意をしたであろう表情があった。

 2人を危険な目に合わせたくない。しかしその考えを改める。

 セルファの方を見やる。

 腕組みをした彼女の表情は変わりさえしなかったものの、長年の付き合いで怒っているということだけは分かった。

 馬鹿げている、と。


「分かった。やろう」


 ノーウィンは女性の方を振り返ることなく、犯人捜しを承諾した。


「あなた方なら賢い選択をして下さると思っていました」


 そう言うと女性は、一連の事件について知っている限りの話を始めた。



 部屋を立ち去る4人の背を見つめながら、女性は悩んでいた。


「……これで良かったんですよね」


 扉が閉まるのと同時に、独り言のようにぼそりとつぶやいた言葉。

 返事は、なかった。

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