8‐6
その後は驚くほど何もなく。
途中、つるはしや、スコップ、砂を外へ運び出すために作られたのであろう線路とトロッコの残骸が見られた。
ここを通らなければリースとベギンの街へは行けない。
しかもベギンに関しては、今では大きな商業都市である。
荷物を運ぶためとはいえ、大昔の人はよくもまあこんな大きな穴を掘り進めたものだ。
だが逆に言えば、あそこほどの商業都市はこの先には存在しないということなのだろうか。
「前にも言ったと思うが……露店を出すということはその町の土地の一部を使用するということだ。当然それなりの金が必要になってくる。でもベギンは商業都市として成り立たせるためにその金額を大幅に下げているんだ。他の土地でそれができないのは、王制や貴族制度のせいで高額な金額がかけられるからさ」
気になったことを尋ねてみたところ、ノーウィンが懇切丁寧に教えてくれた。
「王制……って本物の王様がいるんですか!?」
それを聞いていたローヴが素っ頓狂な声を上げた。
その反応を見てノーウィンもまた驚いた顔をした。
「そっちの世界に王様はいないのか?」
「いませんよ! それこそおとぎ話の中の世界くらいで……」
ぶんぶんと強く左右に首を振ると、信じられないという顔をした。
「王様もだけど、貴族もいるんだね」
そんな2人のやりとりを見ていて、ラウダは首を傾げた。
「あ、いや……貴族制度は10年前に、貴族に虐げられていた……いわゆる奴隷、だな。彼らが起こした反乱によって撤廃されたんだ……けどな」
そこで彼は、頭をかいた。
ラウダは、今度は反対側へ首を傾げた。
「何か問題でも?」
「ああ……今でも一部の貴族……特に名のある名家なんかは自ら貴族を名乗っているんだ。で、そこでまたいざこざがあって……ってところか」
そこまで言うと、彼は再度頭をかいた。
「とはいえ、俺もそこまで詳しい事情は知らないんだけどな」
「いえ、ボクたちからしたら、王様がいるってことが分かっただけでも大発見ですよ」
ローヴは目をキラキラと輝かせながら、力強く言った。
恐らく芝居に出てくる伝承だけの存在が、実在することに興奮しているのだと思う。
しかし彼女も知っているはずだ。
その伝承に出てくる王という存在が、大抵の場合悪であることを。
そして貴族もまた然り。
さらに言えば、以前立てた“この世界が過去の世界”論を正当化するならば、上記の可能性はさらに上がることになる。
もちろん言うつもりはないが。
言ったところで、夢がない、と言われ一蹴されてしまうのは想像できていたから。
「貴族、か……」
ため息を吐き出すように、ぼそりとつぶやいた言葉が聞こえたようだ。
ノーウィンが明るく笑った。
「心配しなくても、俺たちみたいな旅人が貴族と関わることなんて、まずないから」
それもそうかと納得して、前を見ると、光が見えた。
どうやら会話をしている間にトンネルを抜けてしまったようだ。
何事もなく無事に抜けられて良かったと、ラウダはほっと一息ついた。
「んーまぶしー」
そう言いながらローヴは空を仰ぎ見た。
今の今まで薄暗いところを歩いていたため、陽の光がまぶしい。
「こっち側には何もないんだね」
トンネルの反対側が農村だっただけに、てっきりこちらにも村があるものだとばかり思っていた。
しかし、辺りは緑が生い茂るだけで、人の気配はまるでしない。
荷物が入っていたであろう、壊れかけのたるや、車輪が外れ使い物にならない荷台が隅に打ち捨てられているくらいである。
「もう少し行ったところに大きな町があるからな」
大きな町という言葉に反応したのか、ローヴの顔が明るく輝いた。
「もしかしてベギンの街みたいにお店がたくさんあったりするんですか?」
その瞬間、反射的にラウダの脳内に荷物持ちという単語が走った。
それには気づかず、ノーウィンは腕を組んで考え込む。
「店は……あるっちゃあるけど、ベギンほどじゃあないな。次の町、フォルガナは……そうだなあ、治安が良いってところか?」
「治安?」
辺りを見渡していたラウダが思わず反応する。
町の良いところといえば、普通は観光名所や名産品等だと思ったのだ。
それがまさか治安と言われると、安心すべきはずが逆に不安になる。
逆に言えば何もないと言っているのと同じことだからだ。
ノーウィンが頭をかいた。
「3年ほど前、だったか……シルジオに最年少で入団したって男がフォルガナの町に配置されて以来、事故や事件が激減したんだと。元々は治安の悪い町だったからな」
そこまで話して、2人がぽかんとした表情でこちらを見つめているのに気づいた。
「ん……? 俺、何かおかしなこと言ったか?」
「あ、いや……シル……なんとかって何か分からなかったから」
ああそうかと言いながらノーウィンは頭をかいた。
彼ら少年少女といるとどうしても異世界の人間であるということを忘れてしまう。
何せ、根本的なところは同じなのだ。
人としての心のあり方も、考え方も。
「正式名称は世界治安協会シルジオ。メルスっていう大きな町を本拠地としていて、数々の魔法使が集まっていることから魔法使協会とも呼ばれてるんだ」
「まほうし?」
聞きなれない単語に、さらにラウダが首を傾げていると、セルファが解説した。
「魔法を使う者のことを魔法使と呼ぶのよ」
「へえ……」
ということはセルファはもちろんのこと、ローヴもそれに当てはまるのだろう。
この世界に来て、ただでさえ魔法という存在に驚かされているというのに、それを使う人間の集団となると、自然と驚くこともなくなってくる。
それでもやはりこの世界にはまだまだ驚くことばかりなのだろうが。
「ええとそれは結局……悪いやつらを捕まえる集団、ってことですか?」
ローヴがそう聞くと、ノーウィンは大きくうなずいた。
「元々は治安の悪い世界に平穏をもたらそうと創られたらしい。今じゃ結構大きな権力を持った組織でもあるんだが」
そして笑顔でラウダの方を見やった。
「ここに勇者様がいるんだ。もしかしたら力を貸してくれるかもしれないな」
対するラウダは苦笑を返すしかなかった。
本来ならば勇者と呼ばれるのは心地良いものなのかもしれないが、ラウダにとっては苦痛でしかない。
それとも、自分たちがこの世界にやってきたのは偶然ではなく、この世界を救うため――運命だったとでもいうのだろうか。
「遅おおおおおおおおおおい!!!」
そう思案していると、突然大声が飛んできた。
驚き、声のした方を見やると、肩を怒らせながらズンズンと歩いてくる少年の姿があった。
見慣れない少年の姿に思わず周囲を見るが、ここには自分たちしかいない。
ハンチング帽をかぶった青髪の少年は、歩みを止めると、びっとラウダを指差した。
「お前なあ! 一体いつまでここでぐだぐだしゃべってるんだよ! ちょっとは待ってるこっちの身にもなれっての!」
「……えっと?」
状況がよく分からない。
「知り合いか?」
ノーウィンにそう聞かれるが、当然心当たりがない。
首を横に振った。
その様子が余計に苛立たせたのか。少年は激しく足踏みをした。
「いいか!? 俺は! ここで! お前を殺すために待ってたんだよ!」
言うが早いか、少年は右太ももにさげていた革製の包みから、銀色に輝く筒状のものを取り出した。
「銃か!?」
ノーウィンが慌てて槍を取り出すが、ラウダとローヴはただただぽかんとしていた。
リジャンナにも銃は存在する。主に獲物を狩るための猟銃ではあるが。
だから彼が手にしているのが銃だというのは分かる。
しかしこの世界に来たばかりのラウダが誰かから恨みを買うようなことをした覚えはない。
「悪いけれど、彼には指一本触れさせないわ」
セルファも素早く短剣を取り出し、臨戦態勢を取った。
「ちょ、ちょっと待ってよ。君は誰? なんで僕を狙ってるの?」
相手は同じ人間だ。そう簡単に武器で傷つけあうわけにはいかない。
しかし当の少年はやる気たっぷりのようで。
「決まってるだろ! お前が太陽の証を持ってるからだよ!」
威勢よくそう言い放ち、銃口をこちらへと向けた。
太陽の証を持っているから?
だから殺される?
これは世界を救う勇者が持つもので、世界中の人々がそれに期待しているはずではなかったのか。
困惑するラウダの右頬を、銃弾がかすめた。
つっと血があふれ出してきた。
そこで初めて、この少年が本気で殺しに来ていると理解した。
同じ人間同士なのに。
「次は外さないからな!」
そう宣言すると、少年は勢いよく駆け出し、一気に間合いを詰めて――
バサッ
ドサドサッ
突如少年が地面に飲まれた。
というよりこれは。
「うわあああ! 俺の傑作があああ!」
恐る恐る地面に空いた穴をのぞきに行くと、少年が土にまみれていた。
帽子と銃はそれぞれ主の元から離れ、その本人はというと、顔や手を土だらけにして必死にもがいている。が、下半身は見事に埋まってしまい、身動きが取れない状態。
言動から察するに、自分で仕掛けていた落とし穴に、自分ではまったのだろう。
4人はそれぞれ顔を見合わせる。
全員見事に呆れ顔だった。
「おい! お前ら! 見てんじゃねえ! 助けろよ!」
攻撃を仕掛けてきたうえ、トラップを仕掛けておいた人物を助ける義理はない。
4人は何を言うでもなく、そのまま落とし穴を迂回し、何事もなかったかのように先を急いだ。
「おい! おーい! ちょ、助けろよ! 助けてください! なあ! おーい!」
後ろでは名も知らぬ少年の、助けを求める声がむなしく響いていた。
第8話読んでいただきありがとうございます!
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