8‐4
ビシャスと別れた後も、ラウダは一人、闇夜の中でドラゴンを探していた。
彼にだけ話はしたものの、やはり真相が知りたくてたまらなかった。
『たすけて、くるしいよ』
あの言葉の意味はなんだったのか。
何故あんなにも大きな存在から少年のような声が聞こえたのか。
殺されることを望んでいたのか。だとしたら本当にあのやり方で良かったのか。
相手がもう死んだ存在だとは分かっている。しかしもしかしたら何かしらのヒントを得られるかもしれない。
そう思っていたのだが。
「ダメだ……ない……」
どこを探しても見当たらないのだ。あの巨大な死骸が。
あれだけ大きなものならば、たとえ辺りが暗くても見つけられるものだと思ったのだが。
これ以上進めば、村から離れすぎてしまう。それはさすがによくない。
胸の中のもやもやを解消できないまま、仕方なくラウダは村へと戻ることにした。
「師匠は仲間に言わない方がいいって言ってたけど……あの声は僕にしか聞こえなかったのかな……」
だがもし聞こえていれば、誰かが何かしらの反応を示すはず。
やはり、あれはラウダにしか聞こえていなかったのか。
「でも、それならどうして僕にだけ……」
そうぶつぶつとつぶやきながら村に入る。
何気なく顔を上げ、ぎょっとなる。
夜道に一人、ローヴが立っていた。
まさか自分がいないことを心配して探しに来たのだろうか。
と思ったところで、あることに気づいた。
まただ。目の焦点が合っていない。
ラウダは自分の右手を見やった。
証が、輝いている。
間違いない。今の彼女はローヴじゃない。
聞きたいことはたくさんある。しかし今一番聞きたいのは。
そっと歩み寄ると、顔をのぞき込むようにして尋ねた。
「君は……誰?」
相手は、白銀に輝くラウダの右手を見つめると、ゆっくりと口を開いた。
「私は、アイラ」
やはりローヴではない。しかしその声や体はローヴそのもの。
ラウダは顔をしかめる。
「……アイラ。君はどうしてローヴを操ってるの?」
「操る……違う。私はこうして、選ばれた者に接触するために、その者に最も近い存在に憑依しているだけ」
その言葉の中に、感情というものはまるで存在しなかった。
普段から無表情なセルファとはまた違う。
感情、いや心そのものを持たないかのようだ。
「君は何者なの?」
警戒しつつ、念のため、自分の腰にある武器を確認しなおす。
「……私は世界の管理者。世界の行く末を見守るだけの存在。そしてルナを司るもの」
まるで分からない。
世界の管理者とは一体何なのか。
そもそも人の体に憑依できるなど、これも魔法の一種なのだろうか。
「質問はそれだけかしら。ならば私から一つだけ聞かせてもらうわ」
いや聞きたいことはもっとある。あるはず。
しかしとっさに言葉が出てこないのだ。
「あなたは、世界を救える?」
その瞬間、背筋がぞくりとしたのを感じた。
焦点こそあっていないものの、この人物は、まるで全てを見透かしているかのようだった。
根拠などないが、全身から警告音のようなものが出ていた。
彼女は、僕の過去を知っている。
鼓動が早くなる。
怖い。
怖い? 彼女が?
しかし畏れている。
まるで、神様を前にしているような。
神様? 彼女が?
そんな彼女は、静かに答えを待っていた。
「……僕、僕は」
世界を救えるのか?
そもそも本当に勇者でなければならないのか?
この世界のこともろくに知らないのに?
ラウダは黙り込んでしまった。
「そう。それがあなたの答えなのね」
そんなラウダに、アイラと名乗った存在は心なき言葉を冷たく言い放つ。
「私はあなたがどのような行動を取ろうとも、死のうとも、監視者としての役割を全うするだけ。好きにするといいわ」
そう言うや否や、ふっと力が抜けたかようにひざから崩れ落ちる。
それを慌ててラウダが抱きとめる。
耳元で寝息が聞こえた。
どうやらアイラが憑依して勝手に動かしていただけで、ローヴ本人は眠ったままだったようだ。
しかしそんな奇妙なことができるものだろうか。
以前もローヴ本人は憑依された際の記憶がなかった。
自分の右手を見つめる。
またしても証は消えていた。
この証に関してもそうだ。
自分の意思とは関係なく勝手に現れ、勝手に消える。
セルファは証の力を完全に使いこなしているというのに。
戦闘経験が少ないから?
それとも自分が――
「……んむぅ」
耳元で寝言を言われ、意識が現実へと引き戻される。
今は考えている場合ではない。とにかくこの状況を何とかしなければ。
ノーウィンのように力があれば両手で抱えることも可能なのだが、残念ながらラウダには真似できない。
ローヴに肩を貸すと、ずるずると引きずるようにして宿へと歩き出した。