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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第8話 離別と襲撃と
29/196

8‐2

 夜。


 気まずくなってしまった空気を払拭しきれず、これといった会話もないまま食事会はお開きとなった。

 食事を提供してくれた一家に礼を述べると、一行は宿へと戻ってきた。


 修業も終わった。依頼も終わった。

 これ以上この村に留まる理由はないし、元々この村に長居するつもりもなかった。


「俺たちも、明日の朝一番に立とうと思う」


 ベッドに腰かけていたラウダとローヴが顔を上げた。

 2人の顔を交互に見ると、ノーウィンは軽く笑んだ。


「だから荷物の準備だけは怠らないように、な」


 相変わらずローヴは落ち込んでいるようで、口数も少ないままだった。

 そんな彼女を気遣ってのものでもあったのかもしれない。

 そこでふと、ラウダは一つの疑問を口にした。


「ねえ、僕たちって今どこに向かってるの?」


 この世界の地理が分からないために、進路に関しては主にノーウィンに任せきりであった。

 ひとたびはぐれたりでもすれば、二度と会えない可能性が高いだろう。


「ガストル帝国」


 窓から外を眺めていたセルファが答えた。

 外は闇に包まれている。何かが見えるとは思わないが、彼女は昼夜問わず、よく窓から外を眺めている。


「帝国?」


 首を傾げるラウダに、ノーウィンは、荷物の中から一枚の丸まった紙切れを取り出す。

 側にあった木製の椅子を2人の座るベッド近くまで寄せると、そこに座り、膝の上に取り出したものを広げて見せた。


「さっきの……ビシャスの話、聞いてたか?」


 それは世界地図だった。

 興味をひかれたのか、それまでだんまりだったローヴもそれをのぞき込む。


「ええと、魔物の凶暴化とか……襲撃とか?」


 思い出しながらラウダが答えると、ノーウィンは大きくうなずき、地図の一点を指差した。


「今回の一連の事件と関係があると思われている国。それがここだ」


 ぐるりと大陸に囲まれた内海、そこには少し大きめな孤島が1つ。

 これを見る限り、周囲は山に囲まれているようだ。


「襲撃なら分かりますけど……魔物の凶暴化に関係あるんですか?」


 ローヴは地図から顔を上げると、ノーウィンを見やった。


「……1年前、各地で魔物が凶暴化し、普段は襲ってこないはずの村や町を攻め込んだ」


 ノーウィンは自分の指す一点を見つめながら、ゆっくりと話し出した。


「その時ちょうど、ガストル王国の国王が亡くなったそうだ」

「ガストル、王国……?」


 ローヴが首を傾げた。

 一瞬聞き間違えたかとも思ったがそうではないらしい。


「昔はそういう名前だったんだ。それが国王亡き後、それまで穏やかだった国は、他の国との外交を一切断ち、軍事国家へと転換、自ら帝国を名乗るようになった」

「軍事国家……」


 平和な世界であるリジャンナに、国という概念は存在しない。そもそも法律というもの自体が存在しないも同然なのだ。それだけ人は自由だった。

 あるとしても点在する町や村ごとに何かしらの取り決めがあるくらいで、誰も、そういうことを気にも留めなかった。

 いつだって、人の心は穏やかで――


『ホントにそう?』


 びくりと体がはねた。

 背中にひやりとしたものが触れたような気がした。


「ラウダ?」


 隣にいるローヴが不思議そうに見つめてくる。

 慌てて首をぶんぶんと左右に振る。


「う、ううん。なんでもない」


(今の声は、一体誰?)


 ラウダの思案をよそに、ノーウィンが話を続ける。


「うわさじゃ、この国には魔物を操る術があるだとか、大量の殺し屋やスパイを雇っているとか……とにかく悪いことに関しては、言い出したらキリがないな」

「真相は、分からないんですか?」


 怪訝な顔でローヴが尋ねる。

 先程から聞いている限りでは、うわさや人づてに聞いたものしか話していない。確かなものが何一つないのだ。


「それを確かめに行くのよ……難攻不落と言われる、その孤島へ」


 相変わらず窓の外を見つめたまま、つぶやくようにセルファが答えた。

 その横顔からはどこか強い思いを感じる。


「難攻不落……?」


 そんなセルファの言葉が引っかかり、ラウダが復唱した。

 彼女から視線を外し、ノーウィンの方を見やる。

 ノーウィンは地図上の孤島をぐるりと囲むように指でなぞった。


「ああ……この島の周りは、地図で見ての通り高い山に囲まれている。しかも周囲の海は荒れやすく、船で行けばたちまち海の藻くずだ」


 そこでノーウィンが地図から指を離した。


「正直、どうやってこの島にたどり着くかは……不明だ」


 そしてため息をついた。

 ラウダがふと疑問に思ったことを口にする。


「それって、昔からそうなの? 他の国とやりとりがあったなら何かしら方法があるんじゃ……」


 しかしすぐに首を横に振られてしまった。


「元々大陸からこの国まで海上に大きな橋が架けられていたんだ……が、1年前に帝国側が落としてな。島内にあった、国を行き来するために作られたトンネルも崩されたって話だ」


 思わずラウダが顔をしかめる。


「自分から孤島になるようにしたってこと? それだと不便になって帝国が困るような……」

「そう、だな……そのはずなのに帝国に関してはとかく悪いうわさばかり聞く。それは……何故だ?」


 誰に聞くでもなく、つぶやくようにそう言ったノーウィンは目を閉じていた。何事かを考えているようだ。

 真相は分からない。

 ただ一つだけ分かったことがあった。

 2人の表情。ノーウィンとセルファがそれぞれこの帝国に対して、何かしらの思い入れがある。

 そう感じさせた。


「ええっと……要するに最終的な目的地は、そのガストル帝国ってとこなんですね」


 ローヴがものすごく分かりやすい要約をすると、ノーウィンが目を開き再度地図を指し示した。


「その通り。それで、現在地がここだ」

「えっ」


 思わず驚愕の声を上げてしまった。

 先程の場所からは程遠い大陸の中にある山の近く。そこにはレブンと書かれている。恐らく今いる大陸の名称だろう。

 そこから指先は大きな内海に沿ってぐるりと大陸を巡り、とんっと目的地を指した。

 そのルートには海を越えなければならないであろう場所も含まれている。


「と、遠いですね……」


 ローヴも思わずたじろぐ。

 果たしてどれほどの月日がかかるのだろうか。


「長い旅になると思う」


 ノーウィンは言った。

 だが、その顔に笑みはなかった。

 それは恐らく、単純なものではないからだろう。

 辛く、苦しく、そして痛みもあるかもしれない。

 しかしそうも言っていられない。


 世界を巡る勢いでなければ、元の世界へ――リジャンナへ帰れるかどうか分からないのだから。


「行こうよ、ローヴ」


 地図から顔を上げ、まっすぐに少女の顔を見た。

 一瞬呆然と少年の方を見つめていたが、すぐに笑顔へと変わった。


「うん」


 そこにはもう落ち込んだ様子などなかった。

 明るくまっすぐな2人の表情。

 そんな2人がどこか羨ましくて。

 ノーウィンは軽く目をつむった。


(俺にも、こんな人がいたのだろうか)


 目を開ける。


「次の目的地はフォルガナっていう町だ。村の奥にあるトンネルを抜けて半日ほど歩いたところにある」


 そう言って、ラウダとローヴの顔を交互に見やる。


「明日朝一番に出るからな。今日はもう寝た方がいい」

「はーい」


 ローヴが左手を上げて元気よく返事をした。


 とは言われたものの。


 ラウダは一人、目を開けて、木製の天井を見つめていた。


 気になることが一つある。

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