7‐6
強風に巻き込まれ、ラウダはその場から後ろへと転がり込んだ。
これで何度目か分からないが、また土にまみれてしまった。口に入った砂を吐き出す。
怪我がなかったのは幸いか。
ラウダはゆっくりと立ち上がる、途中に一点を凝視した。せざるを得なかった。
先程まで目の前にいたドラゴンが。涙を流し助けを乞うていたドラゴンが。
真っ二つになっていた。
上から下へと。骨など関係ないとでも言うかの如く、本当に真っ二つで。
右半身がでろんと反り返っていて。左半身はついさっきまでそれがそこに立っていたことを表すかのように、直立していた。
「なーにやってんだ」
不意に声をかけられ、びくりと体が震える。
またしてもドラゴンの方から声が聞こえたが、これは違う。ドラゴンの声ではない。
ラウダもよく見知った人物が、真っ二つになったドラゴンから、ドラゴンだったものから大剣を引き抜いていた。
「ビシャス……さん……」
「馬鹿野郎。俺のことは“師匠”と呼べって昨日言っただろうが」
大剣を引き抜くと、全体に赤い液体が付着しており、何やら、ぬちゃっと嫌な音がした。
そんなことは聞いていない。
ビシャスのことだ、勝手にそう言った気になっているのだろう。
だが今のラウダにはそれを言い返す気力もなかった。
どさっとその場に尻もちをつくと、たまっていたものを吐き出すようにため息をついた。
「ったく。ミョーな気配がするからお前らを待機させておいたっていうのによ。戦場の、それも敵の真ん前でぼーっと突っ立ってるやつがいるか」
ビシャスは大剣を肩に背負うとラウダの前に立ち、そして手を差し出した。
ラウダは差し出された手を素直に握る。
その大きくてゴツゴツした手は、どこまでも力強く、細身のラウダを立ち上がらせるには十分だった。
後ろから3人が駆け寄ってくる。ラウダはくるりと後ろを振り返り――
ドゴッ
再び地面に横倒しになった。
「バッカじゃないの!? 何、敵の前でぼーっと突っ立ってんの!?」
「……それ、さっき言われた」
横倒しになったまま、ズキズキと痛む左鎖骨を抑え、答える。
予告はされていたが、まさか本気で殴られるとは思わなかった。
軽く数メートルは吹っ飛んだのではなかろうか。
というかこれは折れたかもしれない。
「じゃあ尚更! あーでも力いっぱい殴れたからいいや。なんかスッキリしたし」
ひどい。
「今ので骨折れたんじゃないか?」
そんな2人のやりとりを見ていたノーウィンが、ローヴに問う。
笑いを堪えきれていない。
「それなら回復魔法かけますよ。あ、そっか。これからは殴っても治せばいいんだ」
ひどい。
若干涙目になってちらりとセルファの方を見てみた。
冷ややかな目線が降ってくる。同情の欠片もなかった。
ひどい。
「がっはっはっは! ローヴには魔法を教えた甲斐があったみたいだな!」
「はい! 師匠!」
ローヴの顔はキラキラと輝いていた。どうしてこんなに生き生きしているのだ。
ひどい。
もういっそぐれてやろうかなどと考えていると、すっと手が差し出された。
「お疲れ様」
そこにはいつもの幼なじみがいた。
怒ったり、泣いたり、笑ったり。いろんなことを感じ取って、いろんな風に表現する。
芝居なんかじゃないのに、普段からそんな調子で。
ラウダはそんな彼女の手をそっと握り、再度立ち上がった。
そして仲間と師匠と共に村へと歩き出した。
* * *
「すっ…………げえなあっ!! あのおっさんやべーよ!」
真っ二つになったドラゴンから数十キロメートル離れた崖の上。
草むらから顔を出すように伏せ、1人の少年が双眼望遠鏡をのぞき込んでいた。
「あれって失敗作なんだろ? それでもあの威力だぜ? それを、こう、ズバーーーンって!」
興奮した様子で両足をバタバタさせている。
「いやーしかし失敗作を実戦投入するって聞いたときはどうなることかと思ったけどさ!」
カチャカチャカチャ
「なんつーか、こう……燃えてくるものがあるね! いやーいいもん見れたなー!」
カチャカチャカチャ
「ってかさ、あれだろ? あいつ。あの金髪。あれが標的とか、正直楽勝じゃね?」
カチャカチャカチャ
「だってあいつ俺とほとんど歳変わんねーってか俺より下じゃねーの? 勇者とかいうからもっとすっげーの期待してたのに」
カチャカチャカチャ
「さっきの失敗作の前でもビビッてやがったし。大したことねーな」
カチャカチャカチャ
「この俺がいれば楽勝だなー! 何もあんなのにあれこれ仕掛ける必要ないね!」
カチャカチャカチャ
「うんうん! そういうわけでお前の出番もねーから! 安心してこの俺にどーんと全部」
カチャカチャカチャ
「…………」
カチャカチャカチャ
「…………」
カチャカチャカチャ
「……なあ、お前、俺の話聞いてる?」
カチャカチャカチャ
「…………」
カチャカチャカチャ
そこで初めて少年が立ち上がり、後ろを振り返った。
「だあああああっ!!! お前なあ! さっきからカッチャカチャ、カッチャカチャうるせーんだよ!」
カチャカチャカチャ
「なんだ! お前あれか! この俺の話より武器整備の方がよっぽど大事か! そーなのか!?」
カチャカチャカチャ
「おいこら! ちっとは人の話聞けいっ!」
カチャ――ガシャン
「おーおー。そーだ、そーやって大人しく武器をしまってだなあ」
ザッ――スタスタスタ
「そーそー。そーやって俺に背を向けて立ち去って……立ち去って?」
少年の視線の先、木々に隠れて、もう既にその背は見えなくなっていた。
「…………」
沈黙。
辺り一帯が静まり返っているせいで、少年が黙ると自然と沈黙がやってくる。
「おい! こら! 待て! 待って! 俺を、俺を置いていくなあああああああああ」
散々騒ぐだけ騒いで、少年もまたその場を立ち去った。
第7話読んでいただきありがとうございます!
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