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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第7話 戦うこと
22/196

7‐1

 本日の天候、快晴。

 真っ青な空に、はためく洗濯物が映える。


 そんな平穏な村の中で、ラウダは1人、空で煌々と輝く太陽に手をかざしていた。


「何か見える?」


 その隣で剣を抱えて座り込んでいるローヴが、微笑みながら尋ねてきた。


「……輝ける明日。栄光の未来が見える」


 はっきりと張りのある、しかし静かな声でそう答えた。

 その表情は至って真面目である。


 ローヴがぷっと吹き出した。


「その先へと進むために虹の橋を渡ろう、だっけ」


 ラウダは驚いたように手をかざしたまま顔だけこちらへと向けた。


「よく覚えてたね」

「ボクマネージャーだよ? 稽古中ずっと見てるわけだし」


 これは先月公演を終えた芝居の台詞だ。

 題は“或る星の記憶”。

 祖国を失くし世界を放浪する騎士が、様々な人と出会い別れ、再度自分自身を取り戻していく姿を描いている。

 絶望から希望へと変わるその姿は、多くの人に感動を与え、称賛を受けた。そのため券は見事に完売。この公演も毎日満席だった。

 ちなみにその騎士を演じたのはラウダである。


「作品を最初に見られるなんて良い仕事だよね。忙しいけど」


 マネージャーの仕事は様々だ。

 団員分に大量のタオルや水を用意したり、食事を作ったり。

 多くは劇団員のサポートにあたるが、たまに大道具担当の舞台セッティングや小道具担当の道具の配布などの手伝いもしている。

 大きく言ってみればなんでも係だ。


 しかしそのマネージャーはたったの十数人。対して劇団員はおよそ10倍以上。

 忙しいのも無理はない。


 舞台に立って演技をする華やかな劇団員とは違い、物陰でごそごそと準備をし、彼らがより輝けるように支える。

 まさに縁の下の力持ちと言ったところだ。


「やりがいのある仕事だよ。たくさんの人と交流できるから楽しいし、みんなと一緒に協力して1つのことをするっていうのも嬉しいし」


 彼女はいつも笑顔だ。

 どんなに忙しくても、誰に対しても笑顔を忘れない。

 客が見ることはない。けれど、彼女が見せているのは演技ではなく本物の笑顔。

 だから時折考える。


 本当に彼女は楽しいのだろうか、と。


 本当は無理をしているのではないか、と。


「それにしても、遅いね……」


 その声で我に帰る。

 完全に違う方向へと考え事をしていた。


 今日は修業の2日目。のはずだった。

 そもそも何故2人がこうしてのんびりと休息中なのかというと、事は1時間前。


 いつも通りお寝坊のラウダをローヴが揺り起こし、朝食を取ると足早にビシャスの元へと向かった。

 男は昨日とは違い、仁王立ちでどこか遠くを見つめていた。

 こちらを振り返ることなく、昨日同様準備運動を命じられ、渋々ながらもそれをこなす。


 そしてその後だった。


 剣の振り方と集中力を上げる練習をするのか、はたまたもっとハードな内容をこなすのか。

 たったの2日で修業を終わらせると言った男の言葉を思い出しつつ、次の行動を待つ2人に、男はこう言ったのだ。


「悪いが、急用を思い出した。しばらく休憩にしてやる」


 2人で顔を見合わせると、ラウダはその理由を問おうと口を開きかけた。

 しかし、振り返ったビシャスの表情を見て、思わず口を閉じた。

 酒を飲んでいる時や修業の時のものとは違った。どちらかと言えば、初めて彼と出会った際に見せたあの真面目な表情。


 だがそれ以上に気迫に満ちていた。

 側にいるものを圧倒させるような、巨大なオーラとでも言うべきだろうか。

 結局何も尋ねられないまま、ビシャスは何処かへと行ってしまったのだった。


「このまま帰ってこないなんてこと……ないよねえ?」


 頬杖をつき、ため息にも似た声でローヴに尋ねられるが、


「それは僕に聞かれても……」


 分からないものはどうしようもない。


 かかげていた手を下ろすと、はいている鞘からしまっていた剣をゆっくりと抜き放つ。


「何事も練習あるのみ、だよね」


 その刀身を見つめながら、つぶやいた。

 その様をじっと見つめていたローヴはすっくと立ち上がった。


「自主練だね?」


 ラウダは首を縦に振ると、素早く剣を()いだ。

 やれやれと肩をすくめながらも、ローヴは笑って同じように剣を抜き払った。


 *     *     *


 時は遡り。


「うちの娘が帰ってこないんです!」


 妙な大男がラウダとローヴの修業をすると言い出したおかげで、すっかり暇になってしまったノーウィンとセルファは、この間を使って傭兵として仕事を探すことにした。

 内心では、平和でのんびりとした村なだけあって、ここで大した仕事は得られないだろうと踏んでいた。


 しかし予想はあっさりと外れた。

 難なく、しかもそれなりの仕事が見つかったのだ。


 というのもここが小さな村であるために、村人たちは皆顔見知りのようで、最初の1人に困ったことはないかと聞いただけであっという間に情報が集まったのである。


 言われてたどり着いた先にいたのは、一組の夫婦。

 自分たちは傭兵だと名乗った途端に発されたのが、母親の悲痛な叫びだった。

 涙ぐむ妻をなだめつつ、夫が詳しく説明するが、その一連の話を聞くうちにノーウィンの表情は徐々にしかめっ面へと変化していった。


「どう思う?」


 夜。

 これからの仕事のために村の周辺の地形把握及び探索を終えた2人は宿屋に戻ってきていた。


 ノーウィンは、テーブルを挟んで向かい合っている相棒に意見を求めた。


「前の件と同じ……これも何かが起こっているという証拠かもしれない……」


 そっとため息をつくように言葉を紡ぐセルファ。尋ねられて答えたというよりも独り言に近い。


「何かが起こっている、か……これはいよいよ……」


 口に手を当て、何事かを想起するように、彼は明後日の方向をにらみつける。

 その様子を見つめていたセルファは、何も言わずそっと立ち上がった。


「どこへ行くんだ?」


 彼女の唐突な行動はいつものこと。

 勝手にどこかへ去ることはないと知っていても、いつもきちんと確認しておかないと気が済まなかった。


「……今日は満月だから」


 それだけ言うと、宿の扉を押し開け、真っ暗な村の中へと消えた。


「……どうしたもんかな」


 誰に言うでもなくつぶやき、ぽりぽりと頭をかいた。

 ひとまず明日の行動を計画していると、再び宿屋の扉が開いた。

 疲れきった少年の顔が見えると、ノーウィンは笑顔で迎え入れた。


「おかえり」

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