6‐2
村を大きく20周。腹筋、腕立伏せ200回など。
準備しすぎなのではないかと思えるほどの運動。
最初の方は、村の景色を見ながらなので何とかなるだろうと思っていたが、すぐにそれは甘い考えだったと気づく。
しばらくすると走ることに精一杯で景色に目を向ける余裕などなくなった。
ビシャスは軽い運動だとは言っていたが、既に体力を使い果たしてしまっているような気がした。
とは言え、ラウダの方は日常的に劇団員としての運動量をこなしているので、まだ良い方だ。
もちろんそうは言っても明らかにそれ以上は動いているが。
一方、マネージャーで、しかも女のローヴにはかなりきついものがあり、既に息が上がっている。
その様子にビシャスは何故か口元だけ笑っていた。
「なかなかやるな。だが、まだまだこれからが本番だぞ?」
その言葉に息を整えていたラウダは思わずむせた。
これでは本当に軍人の訓練を受けているようである。
果たして明日自分は生きているだろうか、などという考えがよぎった。
「ラウダ、剣を持て」
そこへビシャスから声がかかった。どうやらようやく本題に入るらしい。
ラウダは大きく深呼吸をして息を整えると、立てかけてあった剣を鞘から抜き放ち、構える。
ビシャスはそれを見て何事かを考えているようだ。
顔つきが昨日の説教の時のものへと変わっている。
直後、自身の持っている大剣を側にあった切り株に立てかけた。
そして、腰に両手をあてると、その場に突っ立った。
その行動が理解できず、ラウダは首を傾げた。
「俺に斬りかかって来い」
突然そう言われ、思わず何の冗談かと耳を疑った。しかし、ビシャスはその目で催促するだけである。
本当にそんなことをして良いものか分からず、ラウダは躊躇した。
そんな少年の姿にビシャスが口を開いた。
「怖いか」
たった一言だが、何故か重みを感じた。
確かに怖い。しかし何が怖いのかと聞かれるとよく分からない。
人に斬りかかるという行動が怖いのか。自分の手を汚してしまうのが怖いのか。
それとも――
ラウダは目をつむると自身を落ち着け、そして、開眼と同時に切りかかった。
はずだった。
カランと音を立て、剣が落ちる。
何も言えぬまま、気がつくと激しい痛みと共に、地面に仰向けに倒れていた。
一瞬何かが起こった。
しかしそれは2人の様子を見ていたローヴにも何が起こったのかは分からない。
ラウダは何と言ったらいいのか分からず、口をパクパクとさせていた。
そんな彼にビシャスは口を開く。
「お前、その剣術は誰に教わった?」
突然起こった事態を飲み込めず、完全に混乱して身を起こせずにいるラウダはとりあえずそのまま話す。
「劇団の団長に基本を……でも後は自分で」
ビシャスの眉間にしわがよった。
「劇団? そんなもんやってんのか?」
何だかよく分からないままうなずいた。
ビシャスはしばらく考え込むと、何事かを察したようにラウダをにらみつけた。
「そうか、だからお前――」
「え?」
言葉の後半が聞き取れず、思わず聞き返すとビシャスの表情が一層厳しくなった。
「戦闘と芝居は違う! そんな型にはまった動きじゃ隙が大きすぎて、相手に狙ってくれと言ってるようなもんだぞ!」
酒に入り浸る姿とはまるで別人である。
相手の猛烈な言葉にラウダは黙り込むことしかできなくなった。
「次はお前だ、ローヴ」
それまでラウダとビシャスのやりとりに集中していたため、突然自分の名前を呼ばれ、どぎまぎしてしまう。
自身を落ち着けると、前に出る。
交代の合図を聞き、ラウダはようやく身を起こした。そしてローヴと入れ替わりにその位置から離れた。
ローヴが前に立つと、ビシャスはラウダの時と同じくその場に突っ立った。
そっと剣を抜くと、未だに綺麗な刀身が光を受け輝いた。
「その新品の剣で俺を切ってみろ」
皮肉にも聞こえるその言葉。
緊張で鼓動が早くなる。手汗で剣を取り落としそうである。
ラウダ同様自分の剣の構えを見るのだと心を落ち着けようとする。しかし、何かを傷つけることが怖いことに変わりはなかった。
剣の振り方など知らない。稽古はしていたけれど誰かに教わったわけでもない。ただの見様見真似だ。
もちろん完璧なんかじゃない。
それでもきっと大丈夫だと言い聞かせ、剣を振った。
そして――鮮血が飛び散った。
ローヴは剣を取り落とすと口元に手を当て、悲鳴を上げた。
しかし荒い呼吸のために喉から音は出なかった。
避けなかった。ラウダの時と違い、微動だにしなかった。
当たったのは右腕。肘から手首にかけて。傷口から血がどくどくと流れ出す。
思わず、顔を背けようとするが、
「目を背けるな!」
その声で動きが止まる。
ビシャスはゆっくりとした動きで、左手を傷口が覆われるように添えた。
そしてローヴが見ていることを確認すると、目を閉じた。
「アプル!」
その言葉と共に左手からふわりと白い輝きが傷口に渡る。
ビシャスが左手を退けると腕は元通り、傷口などどこにあったのか分からなくなってしまっている。
「今のはアプルっつって回復系の初級魔法だ。って何驚いた顔してんだ」
不思議な光景にローヴは目を丸くしていた。
「魔法の1つや2つくらい見たことあるだろ?」
そう言われ、セルファがハウリングとの戦闘中に使っていた魔法を思い出した。しかし、彼女が使っていたのは黄の光だった。今のものとは違う。
そこで今度はゴブリンの巣窟へ行った時のことを思い出した。
あそこで苦戦した際、ラウダが使ったもの。あれが魔法なのかどうかは分からないが、光の色は同じだったように思う。
「抵抗、だな」
ビシャスが突然そう言ったが、何のことか分からず目を瞬いた。
「命ってのは傷つけられた分だけ死に近づく。だからこれは少しでも死から遠のくための術だな」
この男がそんなことを言うとは思いもしなかった。しかし何故か彼が言うから正論だと思えた。
その深い言葉の奥に悩みの答えが含まれているような気がした。
しかし直後に、
「剣術はラウダ以上にひどいぞ」
「う……」
そう言われて、思わず1歩後退った。
ビシャスは2人を見やると
「剣の扱い方ってのをとことん教えてやる」
1人楽しそうな笑みを浮かべた。