34‐6
「どうでも、いい……?」
あまりに適当な言動に、セルファはわなわなと身を震わせた。
すっくと立ち上がると、何とか平静さを保ちつつ、相手に意見する。
「お言葉ですが精霊様。私たち一族はずっと精霊様の教えを守り続けてきました。それを」
「あのさあ」
しかしそんな彼女の言葉を精霊は大きめの声で遮った。
「僕がいつ、君たちに、何を教えたって言うの?」
「……は?」
「僕、ファ族と接触したこと一度もないんだけど」
衝撃の事実にぽかんと口を開けっぱなしだったセルファは、慌ててぶんぶんと首を左右に振る。
「そ、そんなはず……! だって最初のセルファが精霊様からお言葉を授かって興したのがファ族だと」
精霊はやれやれと首を横に振った。
「僕さ、人間って嫌いなんだよね。だからよほどのことがなきゃ接触なんてしないし、すごい言葉を与えるなんてしないわけ。面倒だし」
「…………」
彼が人間嫌いであるというのはこれまでの態度や言動から薄々分かってはいたが、こうも正直に打ち明けられると、二の句が継げない。
「人間の歴史ってさ、真実ばかりじゃないんだよね。嘘も欺瞞も誇張もたくさんある。ファ族も同じさ。長い歴史の中で歪曲してしまったことは少なくない」
「ファ族の歴史を愚弄するの!?」
自分の大切なものを悪く言われ、ついにセルファの堪忍袋の緒が切れた。
相手が精霊であるのもお構いなしに、激昂する。
しかし意外なことに、相手は冷静に、諭すように彼女に語りかけた。
「君はあまりにも純粋すぎたのさ。親しい存在が言ったことを全く疑わずにここまで来てしまった」
「それは……」
「家族、親戚、友達。彼らだって人間なんだ。その言葉、思想に少しも間違いがない方がおかしいとは思わない? 僕としては、正解しか話さない人間、それはもう人間じゃないと思うけどね」
「…………」
セルファは黙り込む。だがその両拳は今なお力強く握りしめられている。
「そうそう。もうひとつ言っておくけど」
それに構うことなく、精霊は何事かを思い出したように話を続ける。
「君がルナっていうのも、君の勘違いだから」
「……は?」
何を言われたのか瞬時に理解できなかった。
「君、比喩表現って知ってる?」
「は? え?」
そこへ突然投げかけられた質問の意図が分からず、言葉にならないおかしな音が口から漏れる。
「太陽神ソル。それが男性の象徴であるのに対し、月女神ルナは女性の象徴とされる。そして双方ともに光や希望、未来といった意味合いを持つわけだね」
未だ相手が何を言わんとしているのか理解できないセルファは、目をぱちぱちと瞬かせていた。
「君の姉が最期に何て言ったか覚えているかい?」
精霊にそう問われ、セルファは姉の最期を思い返す。
その姿、言葉。何年経とうと一度たりとも忘れたことはない。
「あなたは地の証の所有者で同時にルナでもある……」
そうつぶやいてようやく言われていることの意味が分かり、彼女は目を見開いた。
「ルナ……希望……?」
姉が最期に伝えたかったこと。それは彼女が希望であるということ。
だがその真実は彼女を愕然とさせる。
「私は、勇者を支える者ではなかった……?」
自分は太陽神の選んだ勇者と対になる月女神の選んだ使徒。
勇者を一番近くで支え、守る者。
それは長年の思い違いだった。
それだけではない。
最愛の姉の最期の真意を汲み取れなかった。それが彼女にとっては一番ショックだったのだ。
その場にひざをついてがくりとうなだれるセルファを一瞥し、精霊は肩をすくめた。
「こういうのが真実をねじ曲げるってわけ」
打ちひしがれるセルファに、仲間たちはかけるべき言葉を見つけられない。
そんな中、アクティーが精霊に尋ねる。
「なら、ルナ……勇者と対になる者ってのはどこにいるんだ?」
それに対し、精霊は腕を組み、うーんとうなった。
「……月女神ってのは特殊でね。太陽神や四大精霊とは全く違う、としか言いようがないかな」
「なんだよ、それ」
「悪いけど僕らにも色々と制約……言えないことがあるんだよ」
そう言うと、彼はラウダを見て、にやりと笑う。
「ま、彼女のことだし、案外君のすぐ近くにいるかもね」
「彼女……?」
彼が何を言っているのか理解できず、ラウダは首を傾げた。
しかしそれ以上は何も言わず、精霊はくるりと背を向ける。
「さて。僕はもう行くけど……」
「あ、待って!」
その言葉を聞いてラウダは慌てて彼を引き留めた。
「君にも名前があるんだよね?」
精霊はふうと一息つくと、振り返る。
「ノーム。それが僕に付けられた名前だよ」
肩をすくめてそう名乗るが、どこか不服そうなのは気のせいではないだろう。
「じゃ、あんまり待たせないでよね。僕も暇じゃないんだからさ」
最後にそれだけ言うと、ノームは現れた時と同じように小さな砂嵐をまとい、さっさと姿を消してしまった。
「地の精霊っつーか嵐みたいなやつだったな……」
この場から相手の気配が完全に消え失せたことを確認すると、アクティーはやれやれと頭をかく。
「……これで風、水、地の精霊の力を借りられたわけだな」
残る精霊は火のみ。
しかし一行はその状況を喜べない。
「セルファ……」
「…………」
ノーウィンが声をかけるも、セルファはうなだれたまま。
自分の信じてきたものがどれもこれも真実ではなかったのだ。無理もないだろう。
その後一行は少し休憩し、何とかセルファを立ち上がらせると、神殿を後にするのであった。
* * *
一行は再び数日かけてファ族の集落跡まで戻ってきていた。
精霊から聞かされた話でひどく落胆していたセルファではあったが、自らの役目を放棄したくなかったようで、行きと同じように最後まで道案内をしてくれた。
今はそれぞれ休憩中で、明朝ここを出て、港へと戻る予定だ。
「…………」
夕暮れの中、姉の墓の前で、セルファはぺたりと座り込んでいた。
そんな彼女を心配して、ノーウィンとガレシアがついては来たものの、とても声をかけられる様子ではなく、そっと後ろから見守ることしかできない。
他の面々もセルファを心配しつつも、それぞれの時間を過ごしていた。
そしてローヴもまた、オアシスから少し離れた場所で一人考え事をしていた。
「光あるところに闇はあり」
「え?」
ぼんやりとしていたローヴは、不意に耳に届いた声にびくりと身を震わせる。
慌ててそちらを振り返り――硬直した。
「光が強ければ強いほど闇もまた強くなる」
黒い仮面に黒い鎧。
見間違えるはずがない。
「あ、あ……」
ゆっくりとこちらに歩み寄ってくるのは、黒騎士。
それが放つオーラに圧倒されてしまい、ローヴは声を出すこともできず、ただ後ずさる。
だが、いつの間にかその背後に何やら長身な影が立っていた。
ばっとそちらを振り返ると、全長2メートルはあるであろう黒ずくめの人物。
その異様な格好。こちらも見間違えるはずもない。
メレイア街道の外れで非人道的な等価交換を行っていた――クラヴィスという男だ。
「その闇、相応しい」
「招待しましょう。我らの幻影城へ」
2人にそう言われた直後、クラヴィスの目が怪しく輝き、それを見たローヴの意識は途切れてしまった。
倒れそうになった少女を抱きかかえると、黒騎士はクラヴィスを伴って蜃気楼のように揺らめき、消える。
静けさの中、砂上に残されたのは、彼女の赤いキャスケット帽だけだった。
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