34‐5
それから2時間後。彼らはまだ精霊の元にたどり着けずにいた。
「なーんでこんな複雑なんだか」
周囲を見渡しながら呆れた様子でアクティーが言うと、セルファが口を開く。
「遥か昔、ここは住居だったと聞いているわ」
「住居? 人が住んでたの?」
ローヴはきょろきょろと辺りを見渡してみる。
「確かに広い場所だし魔物もいないから、暮らすのにはうってつけかもねえ」
「……だがここに来るまでにそういった痕跡は見られなかったが」
納得するガレシアとは相対して、イブネスが怪訝な表情を浮かべる。
「どのような者がどのように暮らしていたのかまでは聞いていないから、正確なことは分からないわ」
「でも水の精霊様は昔人間と一緒に暮らしていたって言ってましたし、地の精霊様もそうだったのかもしれませんね」
そんな風に言葉を交わしながら歩いていると、やがて少し開けた場所へと出た。
その場所の有り様を見て、一行は思わず足を止める。
「ここは……」
「なんか妙に綺麗な所だねえ」
ノーウィンとガレシア同様、皆もこの空間に違和感を覚え、周囲を見渡した。
これまでは自然に落ちていた岩。それがここでは均等に距離を開けて落ちているのだ。
おまけに形も大きさも大体同じものばかりで、向きも同じようにそろっている。
「こりゃどう見ても人の手が入ってるな」
アクティーはそう言うと、最奥にある一際大きな長方形の岩を見やった。
「ここ、なんだか教会みたい……」
同じように最奥の岩を見つめていたローヴがそう言うと、皆なるほど確かにその通りだとうなずく。
かつて人が住んでいたという言い伝えのある場所に、教会のような広間。
「もしかしてここに精霊が?」
ローヴの言葉に、その可能性が高いと判断したノーウィンがうなずく。
「手分けして調べて――」
「あーあ。ついにここまで来ちゃったかあ」
不意に少年のような声が辺りに響いた。
皆が声の主を探して周囲を見回していると、最奥の岩の上で小さな砂嵐が発生する。
その中から姿を現したのは、緑色の衣を身にまとった茶髪の少年だった。
「まさか……」
セルファが目を見開く。
一族が信仰し続けてきた精霊がこのような子供だったのだ。驚くのも無理はないだろう。
「どーも。僕が地の精霊だよ」
少年は羽根つき帽を少し上げて軽い調子で挨拶すると、すとんと岩に腰かけた。
しかしどうにも威厳のないその雰囲気に、一行は彼の言葉を鵜呑みにしていいものか悩み、黙り込んでしまう。
その様子を見て、地の精霊を名乗る少年は大きくため息をついた。
「はあ……君たちも見た目で判断するタイプなんだね」
「あ、いや……」
「別にどんな姿をしていたって僕の自由だろう? っていうか相手の本質を一瞬で見抜けない辺り、人間ってホント鈍臭いよねー」
「…………」
一方的な痛烈な言葉に、皆開いた口が塞がらない。
だがこちらの様子に構うことなく、彼はぶつくさと文句を言い続けていた。
「大体さあ、風も水も人間に対して甘すぎるんだよ。長い目で見守ってやれだの、力を貸してやれだの。別に放っておきゃいいものを……」
「あの……」
オルディナがおずおずと口を開くも、精霊はそれをじろりとにらみつける。
ぴゃっと声を上げて小さくなるオルディナを隠すようにアクティーが前へ出た。
「お前が地の精霊だってんなら、俺たちが何しにここへ来たかも分かってるはずだよな」
その物言いが気に食わなかったらしく、精霊はむっと頬を膨らませる。
「えらっそーに。他のやつらが力を貸したからって、僕も貸すと思ったら大間違いだから」
精霊の言葉を聞き、一行はちらりと目配せした。
太陽の証を復活させるには、何としても四大精霊に力を借りなければならない。
しかし今のままではどうあっても力を貸してくれそうにはない。
どうしたものかと各々が思案していると、不意にセルファがその場にひざまずき、口を開いた。
「申し訳ございません、精霊様」
突然の行動に一行は驚くも、セルファは構わず言葉を続ける。
「立場をわきまえぬ数々の無礼、どうかお許しください」
「…………」
精霊はじっとセルファを見つめた後、再び大きなため息をついた。
「そもそもさ、勇者が失態を犯さなければこんな面倒なことにはならなかったんだよ」
そうして次にラウダをにらみつける。
「せっかく太陽神が機会をくれたってのにそれをあっさりふいにしてさあ……そのくせ今度は力を貸してくれって……ホント人間ってワケ分かんない」
「…………」
「その点も重々承知しております」
何も言わないラウダに代わって、セルファが申し訳なさそうに頭を下げた。
「しかし世界を救うためにはどうしても精霊様のお力が必要なのです。敵を打ち倒すため、どうかご助力いただけませんでしょうか」
彼女の願いを聞いた精霊は、ぶすっとした態度から一変、どこか陰のある表情を見せる。
「敵、ね……」
そう言って彼はしばし何事かを考え込んだ後、再びラウダへと視線を移した。
「で? 君はどうする? そこの彼女みたく土下座でもしてみる?」
嫌味たっぷりの言葉に一行は思わず顔をしかめる。
だが、意外にもラウダは臆することなく口を開いた。
「いいよ。君がそれを望むなら」
さすがの精霊もこのような返しは予想外だったようだ。目をぱちくりとさせた後、今度は意地が悪そうな笑みを浮かべる。
「ふうん。君は僕がそれを望んでないって言いたいわけか」
「だって君、精霊だし。そういうの今まで十分見てきたんじゃない? だったら楽しくもなんともないでしょ」
「…………」
精霊の顔から笑みが消え、またしても陰のある表情になった。
ラウダは続ける。
「僕にはまだやることがある。このまま終わるのは嫌だ」
「だから力を貸してほしいって?」
やれやれと肩をすくめる精霊に対し、ラウダは首を横に振った。
「君は自分から力を貸すことになる」
精霊が硬直する。
彼が何を言いたいのか理解できない様子で、眉間にしわを寄せた。
「……どういうことかな」
少し怒気をはらんだ声で問うも、ラウダはひるまない。
「世界が終わるってことがどういう状況を指すのか分からないけど、多分精霊もただじゃ済まないでしょ? どうなってもいいっていうなら話は別だけど、君もこのまま終わるのは嫌なんじゃない?」
目を瞬かせる精霊を、少年はまっすぐ見据える。
「どうなってもいい、か……」
自身の胸の内を確認するかのように小さくつぶやき、しばし考え込んでいた精霊だが、やがて観念したように大きなため息をついた。
「分かった。力を貸したげる」
続けて、すっと一行の前に降り立つ。
「何もしないまま終わるなんて、僕も嫌だからね」
精霊がさっと手を振るうと、彼の周囲にいくつもの砂嵐が巻き起こる。
それらは大きくうねると、激しい音を立ててセルファを包み込んだ。
その中でセルファは、自身の左手にある証が輝きを放っていることに気づき、そっと左手を突き出す。
砂嵐は勢いよく地竜の証に吸い込まれ、その全てを飲み込むと、証は強い輝きを放った。
「ついでだし、地竜の証も強化しておいたから」
「これが……」
強い力が体の内から湧き出てくるのを実感し、セルファはぎゅっと左手を握りしめる。
「ありがとうございます、精霊様。これでファ族の、そしてルナとしての使命を果たせます」
嬉々として精霊に感謝するセルファだったが、相手は何故か呆れ顔を浮かべていた。
「ファ族ねえ……あれも愚直なやつらだったよね」
「……え?」
「いくつもの伝承を継いで、古い習慣にこだわって……そんな生き方じゃいつか滅ぼされるってのも分かってただろうに」
長年信奉していた精霊に突然そのようなことを言われ、理解が追いつかないセルファは硬直してしまう。
「ま、別にどうでもいいけど」