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船を降りると、すでに集まっていた仲間たちがそれぞれ言葉を交わしていた。
「お、来たな」
ラウダを伴った仲間が下船してきたことを確認したアクティーが声を上げると、他の者たちも同様に振り返る。
「で、どうだった?」
「寝てました」
「やっぱりな」
アクティーの質問にローヴが答えると、彼はやれやれと肩をすくめた。
「……余裕ね」
そう言うセルファはどこか不機嫌そうだ。
その様子にラウダが小首を傾げていると、ノーウィンがこそりと話しかけてきた。
「あの大揺れであちこち強打してろくに休めなかったからな。イライラしてるんだ」
「そうなんだ。てっきりまたアクティーが何かしたのかと」
「おい、聞こえてんぞ」
小声で返事をしたが、風使いにはしっかりと聞こえていたらしい。
アクティーがぎろりとこちらをにらみつけた。
どうやら全身を強打して休めなかったのはセルファ以外も同じだったらしく、到着直後は皆げっそりした顔をしていたという。
「ホント、生きた心地がしなかったよ……」
ため息交じりにガレシアがぼやく。
「だが、オルディナの薬がなければ更なる地獄を見ていたかもしれんな」
その隣にはいつもと変わらない様子のネヴィアが立っていた。
彼女の意見に賛同するようにローヴが力強くうなずくと、オルディナはぽっと顔を赤らめる。
「そ、そんな大したことでは……でもお役に立てて良かったです」
「全員集まったようだな」
不意に声をかけられ、そちらを振り返ると、先に上陸していたらしいシグオーンとイブネスが並んで歩いてきていた。
「神殿の周りをぐるっと確認してきたが、どうやらここに魔物はいないようだ」
皆が到着した地を見やる。
嵐の海域の中心部だというのに、空は青く晴れ渡り、波はとても穏やか。
砂浜はない。ここが自然の島ではなく、海から突き出した石の建造物だからだ。
いくつもの巨石が綺麗に組み合わされているこの地は、どう見ても自然にできるものではなく、何者かの手で造られたと考えるしかない。
一体いつ誰がどうやって造ったのかはまるで見当がつかないが、あちこちが風化し、欠けている様を見るに、想像もつかないくらい長い時を経てきたのだろう。
「神殿へは俺も同行する。一族の末裔として水の精霊様の姿を拝んでおかないとな」
そう言うとシグオーンはにっと笑う。
風の精霊に会う際も、巫女であるウーナが同行したのだ。別に問題はないだろうと判断した一行はこくりとうなずいた。
* * *
イブネスに先導されてやってきた島の中央、いくらか階段を上った先には、風の神殿と似た造りの建物が立っていた。
正面に立つ岩に複雑な紋章が刻まれているところも同じである。
「……入り口と思しきものはここだけのようだ」
「で、どうやって開けるんだ?」
手をかけるような所はない。
「風の神殿ではウーナさんが呪文のようなものを唱えていましたよね」
オルディナがそう言うと、皆の視線がシグオーンに集まった。
だが、彼は肩をすくめて見せるだけ。
「あー。あいにくとその手の話は聞いたことがないな。俺が先祖代々継いできたのは嵐の海域を乗り越える方法だけだ」
「ええ……じゃあ、どうするんだい?」
「あなたは?」
ガレシアが呆れ声を上げる隣で、セルファがイブネスに声をかけた。
水の証の所有者である彼ならば、と今度はそちらに視線が集まる。
しかし、イブネスは首を横に振った。
「……証には何の反応もない」
「意外と普通に開いたりするかもしれないな」
皆ががくりと肩を落とす中、ノーウィンが試しに岩を押してみる。
だが案の定というべきか。開かない。
ここまで来て入れないなど、ジョークどころでは済まない。
他に何か方法があるのかもしれないと、一度その場を離れようとしたその時。
分厚い岩が音を立てて開いた。
何の前触れもなかったため、皆が目を瞬かせ、しばらく無言のまま、開いた扉の先を見つめる。
「ええと……開きました、ね……」
ようやく口を開いたのはローヴだ。
困ったような笑みを浮かべつつ、皆の顔色をうかがうと、揃いも揃って複雑な表情をしている。
「なんで開いた? 誰か何かしたわけじゃないよな?」
アクティーが怪訝な顔でそう尋ねると、じっと入り口を見つめていたイブネスが口を開いた。
「……呼ばれている」
「精霊?」
「……恐らく」
セルファの問いに答えると、イブネスは入り口から中をのぞく。
下に続く階段があるが、先は暗い。
「俺が先を行こう」
シグオーンはそう言うと、用意していた松明に火をつけ、中へと入っていった。
それに続いて一行も慎重に階段を下りていく。
「呼ぶならもっと早く呼べっつーの……」
最後に残されたアクティーは悪態をつくと、仲間たちの後を追った。
* * *
ピチョン、ピチョンとどこかからともなく水滴の音が反響してくる。
「足元が滑りやすくなってるな。気をつけろよ」
先頭を行くシグオーンが注意した。
先に続くのはぬめぬめの階段。両端にはぬめぬめの岸壁。
神殿内部は想像以上に地下深く、そして、とにかく磯臭い。
そうして何段くらい下りたのか。
一行は広大な空間に下り立った。
岩でできた幅広の一本道。その周囲は全て澄んだ青い海。
それだけでも十分に圧倒される光景なのだが、不思議なことに太陽の差さぬ地下でありながら、空間内は青い光で満たされていた。
まるで水中に照明でもあるような明るさで、松明がなくても全く問題ないほどだ。
足元に気をつけながらそっと水中をのぞき込んでみると、色とりどりの魚が悠々と泳ぎ回っているのが見えた。
だが、長年海で生活してきたシグオーンでさえ、いずれの種も見たことがないと言う。
「……ここは、水の流れがよく分かる」
イブネスの言葉に、底の見えない深く青い海を見つめていた仲間たちが顔を上げた。
彼は一人、静かに目を閉じている。
シグオーンがふっと笑った。
「そりゃあ俺たちは今、海中にいるも同然だからな」
そしてすっと、遠く離れた岩壁を指差す。
「俺たちは今あの岩壁に守られてるから呼吸ができるんだ。もしあれが壊れたら……」
「……海の藻屑だな」
「え、縁起でもないこと言うんじゃないよ!」
物騒なことを言う笑顔のシグオーンと冷静なイブネスを、ガレシアが叱った。
その後、一行はしばらくその場に留まり、幻想的な光景を見つめ続ける。
「でも不思議ですよね。海中にあるのに空気があるって。この神殿、どうやって建てたんだろう?」
「あらかじめ造った神殿を海底にぽいっと沈めたか。あるいは神殿を建てた時まだここは海じゃなかったか……ああ、海中に神殿を造ってから水を抜いたってのもアリか」
きょろきょろと空間内を見渡していたローヴの疑問に答えたのはアクティーだった。
「どれも非現実的だねえ。あり得るのかい?」
適当に聞こえたその内容に、ガレシアが呆れたように問う。
アクティーは肩をすくめてみせた。
「さあな。けど、可能性はゼロじゃねえ。過去の人間がどんな技術を、能力を、魔法を持っていたのか。全部が全部明らかになってるわけじゃねえし。いわゆるロストテクノロジーってやつだな」
「ロストテクノロジー。便利な言葉だねえ」
結局何も分からないのかと、小馬鹿にしたように言うガレシアに、アクティーは口を尖らせる。
「おい、俺は一応真面目に答えてんだぞ?」
「はいはい」
「お前な……」
そのやりとりが面白かったようで、シグオーンはくっくっと笑った。
「そんなに気になるなら水の精霊様にでも聞いてみるか?」
するとイブネスが首を横に振る。
「……そんなことを聞くためにここまで来たわけではない」
「ああ。というわけでそろそろ行こうか」
ノーウィンの言葉に皆うなずくと、再び歩き出した。