表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第32話 世界一長い橋での鬼ごっこ
185/196

32‐9

 一行はシグルドと商人一行、ザジと共に、ハルフの村やカルカラの街があるデトルト大陸側の出口へとやってきた。

 橋から外へ出ると、外は真っ暗。月が辺りを照らしている。


「すごかったね、あのリフトっていうの」


 ローヴが興奮冷めやらぬ様子でオルディナに話しかけた。


「は、はい。びゅーって、とっても速くて……」


 風で髪が乱れたオルディナもまた興奮気味だ。


「あれも魔術の一種やね。乗ったんは初めてやけど」


 そう言うタアラもまた目をキラキラとさせている。


 彼女たちが話しているのは、橋の裏手にある橋守専用の“高速移動用リフト”について。

 本来数日かけて渡り歩かなくてはならない橋を一日のうちに渡ってしまえるという代物で、今回特別に乗せてもらったのだ。


「仰る通り、あれは風の魔法で高速移動を実現させています」

「あれも昔から?」


 興味深そうにガレシアが尋ねると、シグルドは首を横に振る。


「いえ。ちょうど父がここで働き出した頃に設置されたものですね」

「確かに橋の両側を守るのに、数日かけて橋歩いてりゃ意味ないか」


 その横で納得したようにアクティーがふんふんとうなずいていた。


「でも魔術ってその頃からあったんですか?」


 ふと気になったことをローヴが尋ねると、これまたシグルドが首を横に振る。


「当時設置したのはリフトだけで、魔術を取り入れたのは5、6年前です。そのため魔術がない頃は手漕ぎ式で、スピードもそんなに出なかったと聞いてますよ」


 その話を聞いて皆が思わず苦い顔をした。

 リフトは最大で20人が同時に乗れる大きなものだった。それを手動で動かすとなるとさぞ苦労したことだろう。


「ところで……」


 ふと何かに気づいたようにガレシアは周囲を見渡すと、首を傾げた。


「橋から避難したやつらはどこへ行ったんだい?」

「皆さんにはこちら側を守っていた橋守たちと共にカルカラまで避難していただきました」


 それを聞いたオルディナがほっと安堵する。


「無事な方もいるんですね……良かった……」


 シグルド曰く、被害に遭った者も少なくはないが、橋守共々大半は逃げ延びれたそうだ。


「あなた方があそこで戦っていなければ今頃もっと被害が出ていたでしょう。改めて礼を言わせてください」


 そう言うと、シグルドは再び深々と一礼した。


 自分たちの戦いには意味があった。

 決して無駄などではなかった。

 そう思った一行は、そこでようやく笑顔を浮かべられたのだった。


「さて! 俺はここでおさらばさせてもらうぜ」


 そんな彼らをはたから見ていたザジが、唐突にそう言い出した。

 すっかりなじんでいたが、そういえばこの男、敵なのだったと皆が呆れた様子を見せる。

 しかし彼らの様子など気にも留めず、彼はぶつぶつと何事かをつぶやいている。


「太陽の証が消失したなんて報告受けてねえし……きちんと確認しねえと……」


 その丸聞こえな内容から察するに、やはり彼の背後に何者かがいるのは間違いないようだ。


「あの、ザジ」


 そんな少年にラウダが声をかける。

 なんだよと言いたげな顔でこちらを振り向く彼に、ラウダは思ったことを正直に伝えた。


「一緒に戦ってくれてありがとう」

「…………」


 まさか礼を言われるとは思っていなかったらしく、ザジは目をぱちくりとさせている。

 しかし次の瞬間にはいつもの騒々しさが復活していた。


「ま、まあ? 俺ってば強いし? 弱っちいやつに力を貸すのは当然だよなー?」


 ふふんと鼻高々にそう言ってのけるも、どこか照れくさそうに見えるのは気のせいだろうか。


「けど! 次こそはお前の命、頂戴するからな!」


 調子に乗ってびっと指を差してくるザジに、ラウダは呆れ顔を見せる。


「だから僕、証持ってないんだけど……」

「……じ、事実確認してからな!」


 それだけ言うとザジはその身をひるがえし、さっさとその場を後にした。


「やっと騒々しいのがいなくなったな」


 少年の姿が見えなくなると、アクティーはやれやれと息をついた。

 どうやら仲間たちも同じことを思ったようで、同調するようにうんうんとうなずく。


「侮ったらあかんで」


 そこに口をはさんだのはタアラだ。

 彼女は真面目な顔で一行に告げる。


「多分あの兄ちゃん、帝国の人間や」

「え!? あれが!?」


 それを聞いてラウダは思わず叫んでしまったが、すぐに両手で口を押さえた。

 本人がいたらまたなんやかんやと文句を言ってきたことだろう。


「何故そう思う?」


 怪訝(けげん)な顔でネヴィアが尋ねると、マルコに支えられているバルベッドが口を開く。


「マナ砲のことを知っていたからな」

「あれは帝国製だったのか」


 あの威力。帝国の兵器だとしてもおかしくない――とノーウィンが納得したようにそう言うも、バルベッドは首を横に振った。


「いや、あれはマルメリア製さ。それも他国には極秘に開発したものでな」

「マルメリアの……?」


 オルディナが目を丸くする。どうやら魔術ラボに自由に出入りできる立場の彼女でさえ知らされていないことらしい。


「そう、対帝国用の兵器だ。だがどういうわけか最近その技術を帝国が利用しているってうわさがあってな」

「マルメリアの人間が情報を売ったのか?」


 腕を組んだアクティーがそう問うも、またもバルベッドは首を横に振った。


「真相は不明だが、帝国の人間が情報を奪取した可能性の方が高いだろう。何せ帝国には何万もの諜報員や暗殺者、傭兵が所属しているって話だからな」

「万……!? 帝国って悪者なんですよね? どうしてそんなにたくさんの人が……?」


 その話に驚いたローヴが信じられないと言いたげに首を小さく横に振る。

 バルベッドは空を見上げた。


「年々強大化している帝国に恩を売っておこうとしているだとか、弱みを握られてるだとか、戦闘狂の集まりだとか……色々言われてはいるが、いずれもうわさばかり。真実は分からないな」


 未だつかめぬ帝国の実態。自分たちが一体どれほどの存在を相手にしようとしているのか判然とせず、一行は寒気にも似た感覚を覚えた。


「で、あの兄ちゃんやけど。マナ砲を知ってるけどマルメリアで開発にかかわってた人間には到底見えんし、帝国の人間やろなーって」

「なるほど……」


 タアラがそうまとめると、ネヴィアは納得した様子を見せつつ、何事かを考え込む。


「にしても、あんたらはどうしてマナ砲を所持していたんだ?」


 ふと気になったことをアクティーが尋ねる。


 極秘とされているマナ砲を一介の商人が所持していた。

 そのことを不思議に思った一行はバルベッドの顔を見つめる。

 彼は、ああと言うと微笑んでみせた。


「マルメリアのウーテン様とは昔からの知り合いでな。魔術で作られた品を実際に使う、言わばテスターとしての役割を任せられているんだ」

「そうだったんですね」

「いやいや……いくらテスターでも、普通あんな武器渡すか……?」


 納得した様子でオルディナがうなずくも、他は皆アクティー同様に呆れ顔を浮かべていた。


「今回は見事に潰されてしもうたけどね」

「耐久性に難あり、だったわけだ。良い報告ができるじゃないか」


 タアラはため息をついたが、バルベッドは大したことはないと言いたげににこにこと笑っている。

 果たしてあのウーテンがそんな言い訳で納得するのだろうか。


「報告するのは良いッスけど、まずは療養ッスよ」


 バルベッドを支えるマルコが呆れ顔でそう告げると、タアラはそれに同意するように力強く何度も首を縦に振った。


 そんなやり取りを穏やかに見ていたシグルドが一行の方を向く。


「ところで皆さんはこれからどちらへ?」

「カノッサの南にある港まで行かないといけないんだ」


 ノーウィンがそう返事をすると、オルディナが困り顔を浮かべた。


「皆さん結構待たせちゃってますよね……」


 通常でも港からマルメリアへの往復には十数日かかる。そのことはシグオーンたちも知っている。

 しかし今回はマルメリアでのおつかいに橋での激戦など、各所で時間がかかりすぎていた。

 船の整備や荷の積み下ろし、商人たちとのやり取りなどがあるとは言っていたが、さすがに今頃は待ちぼうけを食らっているだろう。


「人待たせとるんかいな! ほなはよ行かな!」


 そんなこととは露知らず、それまで楽しく談笑していたタアラの表情が厳しいものに変わる。


「商人たる者、約束は必ず守らなあかんねんで!」

「僕たち、商人じゃないんだけど……」

「問答無用!」


 腰に手を当てると、一行を順ににらみつけ、さっさと行けと急かし始めた。


「そう言うな、タアラ。今何時だと思ってる?」


 父親にそう言われ、タアラははてと空を見上げる。

 澄んだ夜空が広がっている。


 その様子にシグルドはふふっと小さく笑った。


「皆さん、よろしければハルフの村に行ってください。何もない所ではありますが、宿がありますので」


 彼の勧めに、一行は顔を見合わせる。


「もしかして、食事を山のように出してくれるお婆さんがいる宿ですか?」

「おや、ご存じでしたか」


 ローヴの問いに、シグルドは少し驚くも、すぐに穏やかに微笑んだ。


「実は私はハルフの出身なんです。宿の老婆には子供の頃から世話になった身で」


 一行が驚く中、彼は何かを思いついた様子で、懐から紙とペンを取り出す。

 それにさらさらと何かを書き込むと、ノーウィンへと手渡した。


「これは?」

「私の名前と、あなた方を無料で宿泊させるよう書いておきました。老婆に見せてください」


 本当に良いのだろうかと思わず仲間内で顔を見合わせるが、シグルドは小さく笑む。


「せめてもの礼です」

「分かった。そういうことならありがたく使わせてもらおう」


 ノーウィンはうなずくと、手紙を大切にしまった。


「あの……弔いのお手伝いができなくてごめんなさい……」


 しゅんとした様子で言うオルディナに、シグルドは首を横に振ってみせる。


「どうかお気になさらないでください。これが私の役目であるように、あなた方にもあなた方の役目があるでしょうから」

「……はい」


 その後、商人一行とも簡単な挨拶を済ませると、一行はハルフの村へと向かって歩き出すのだった。


 *     *     *


「さて」


 そう言うとバルベッドはシグルドを見る。


「何から始めようかね」


 言われた意味が分からず、シグルドは目を(しばた)かせる。


「まさか、後片付けを手伝ってくださるんですか?」

「はは、お察しの通り。この体じゃ手伝えないが、あちこちに知り合いがいるからそれを、ね」

「力仕事は自分に任せるッス!」

「もちろん、うちも頑張るで!」


 バルベッドの提案に、マルコとタアラもやる気を見せていた。

 どうやら3人とも最初から手伝うつもりだったらしい。


「弔いももちろんだが、各地への連絡やら今後のことやら……1人でやってたら何年かかるか分からんからね」


 男の言う通り、やることは山積みである。

 シグルドは少しばかり考えた後、ふっと笑みを見せた。


「……あいにくと持ち合わせがないのですが、よろしいですかな?」

「まあその辺は何とかするさ。出世払いなり、国に支払わせるなり、ね」

「金取るッスか……」


 にやりと笑むバルベッドを見て、マルコがうげーと苦い顔を浮かべる。


「商人だからな」


 当然と言わんばかりにウィンクをしてみせるバルベッドを見て、シグルドは笑った。


「はは、分かりました。それではよろしくお願いいたします」


 そして深々と礼をした後、商人一行と共に橋へ戻っていくのだった。

第32話読んでいただきありがとうございます!


「面白かった!」「続きが気になる!」など、少しでも思っていただけましたら、是非ブックマークや評価にて応援よろしくお願いします!


一評価につき作者が一狂喜乱舞します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【小説家になろう 勝手にランキング】
よろしければポチっと投票お願いいたします!
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ