32‐8
「終わった……のか……?」
ぼそりとそう言ったシグルドは、鬼だったものを見つめ、呆然と立ち尽くしている。
「か……」
次に口を開いたのはザジだった。
「勝った……勝ったあああ! 俺様最強! 俺様最高! いえーい!!!」
「うるさい男だねえ……」
「全くだ」
1人小躍りする少年を見たガレシアとネヴィアはやれやれと首を振る。
「か、勝ったんですね、私たち……」
「そうみたい、ね……」
信じられないと言いたげなオルディナと、疲れた様子を見せるセルファ。
少し離れた所では、マルコが興奮した様子で叫んでいる。
「やったッス! 本っ当にやったんッスね!」
「はは。どうやらすごい連中を客に引き込んだようだな」
「うん……せやね……」
横たわったままのバルベッドの言葉に、タアラは涙目で小さく微笑んだ。
大きく息をつくラウダの側へ、嬉しそうな表情のローヴが駆けてくる。
「お疲れ! やったね!」
さらにその後ろからノーウィンとアクティー、イブネスがやってきた。
「ラウダ、お疲れ」
「うん……本当に疲れた……」
皆に労いの言葉をかけられるも、ラウダは疲労の色を見せた。
あの垂直の肉壁を登るために全力を使ったのだ。無理もない。
「にしてもローヴちゃん、やるねえ」
「え?」
不意にアクティーから褒められるが、ローヴは何のことか分からずきょとんとする。
「光魔法。たった1日で使えるようになるとはな」
「あ、あはは……超ハードでしたけどね……」
ローヴは恥ずかしそうに笑った。
「だが……これはどこから来たんだ……?」
イブネスがちらりと倒れた鬼を見やる。
「そりゃ俺が聞きてえよ。こんなデカブツが気づかないうちに入り込むなんて洒落になんねえ」
アクティーは腕を組むと、しげしげと周囲を眺め始めた。
その後ノーウィンも交えた3人であれこれと意見を交わしていたが、疲れ果てたラウダは参加する気が起きず、何気なくローヴの方を見やる。
すると彼女は全く別の方向を見て小さく微笑んでいた。
「役に、立てた……」
心底嬉しそうにぼそりとこぼした言葉。
それは恐らく、ラウダにしか聞こえていなかった。
何か声をかけるべきなのか。でも――
「皆さん」
不意に声をかけられ、ラウダが視線を移すと、そこにはシグルドが立っていた。
「シグルドさん、怪我は?」
そう声をかけたのはローヴだ。
再度彼女の方を向くと、先ほどまでの表情はどこへやら。いつも通りの少女がいた。
シグルドは笑いかける。
「あなた方のおかげで大したことは」
「良かった……」
ローヴはほっと安堵する。
だがシグルドは固く目を閉じ、うつむいた。
「これで、亡くなった者たちも浮かばれることでしょう」
「あ……」
橋を守っていた者も。商売をしていた者も。
この襲撃で一体どれだけの命が散ったのだろうか。
そう思うと、手放しでは喜べなくなってしまい、その場が静寂に包まれた。
「私は、長失格ですね。守るべきものを守り切れなかった」
静かにそう話すシグルドだが、その手には固く拳が握られている。
その言葉を否定しようにも、死者が多数出たのは事実。
彼の悔しさを、怒りを、悲しみを、解きほぐせる者はここにはいないだろう。
「それでも生存者がいたのは、あなた方がここで戦ってくださったからです」
そこまで言うと、シグルドは深々と一礼する。
「本当にありがとうございます」
言葉に詰まる一行。
礼を言われているのに素直に喜べないのはやはりおかしいだろうか。
複雑な気持ちにもやもやしながらも、何か言わなければと口を開きかけた――その時。
「サケ……」
突然響いた低い声。
皆、慌てて声がした方を振り返る。
鬼が震える手を宙に伸ばしていた。
それに驚きつつもそれぞれ武器を構えるが、相手はこちらのことなど眼中にないらしく、苦しげに言葉を紡ぐ。
「トモダ、チィ……ドウ……シ……テ……」
何かを求めるように。何かを悲嘆するように。
伸ばした手は何かをつかむことなく、どさりと地に落ちる。
そして皆の眼前でさらさらと砂になってしまった。
誰もが一連の光景をうまくのみ込めず混乱している中、ラウダの脳裏に浮かんだのはある人物の姿。
『今の俺には飲み友達がいてなあ? 酒持ってきてくれるいーい奴らなんだよお……』
夜の橋で出会った名も知らぬ老人は、そう言っていた。
「まさか、ね……」
ぞっとするような発想に至ったものの、ラウダには心当たりがある。
メルスの古城。
玉座にいた魔物が最期に見せた映像。
それをもとに導き出された人体実験という非道。
問い質された際の王の表情。
シルジオの長ラグダナフから聞かされた竜の国の話。
結局あの件はうやむやになり、正確には分からずじまいだったが――
「…………」
ラウダはそれ以上のことを詮索するのが怖くなり、口をつぐむのだった。