32‐6
マナ砲を粉砕した直後から身動き一つしなかった鬼がゆらりと立ち上がった。
どこかふらついた様子を見るに、顔面に受けたマナ砲が利いているようだが――
「どんなバケモンだよ、こいつ……!」
その顔面は破損するどころか、傷一つない。
それを見たザジが身震いする。
「逃げるなら今のうちだぜ?」
少し前にネヴィアに言われたことと同じことをアクティーに言われ、ザジはむっとした顔を見せるも、すぐにパンパンと両頬をたたき、気合を入れ直した。
「ここで引いたら男じゃねえ!」
それを見たアクティーは面白そうに小さく笑む。
グオオオオオオオオ!!!
鬼が虚空へ向けて吠えた。
それを合図に方々へ散っていた仲間たちが再び攻撃を仕掛ける。
最初に駆け出したのはイブネスとアクティー。
それに合わせるようにセルファが舞い始めた。
「「おおおおっ!」」
勢いよく斬りかかってくる2人に向けて、鬼は力いっぱいに拳を振り下ろす。
「ロックニードル!」
そこで発動したセルファの魔法。
無数の岩塊を器用にコントロールし、拳の軌道をそらさんと強引にたたきつける。
「マル、行け!」
再び交戦が始まったことを確認すると、ノーウィンが叫んだ。
「は、はいッス!」
震える体にありったけの力を込めると、マルコは立ち上がり、商人親子の元へと走り出した。
その間にも鬼の背後からはゴブリンやピクシー、サンダーウルフの残党がやってくる。
それらを銃撃で打ち倒していくザジだが、敵は続々と姿を現していた。
「だー! 雑魚は引っ込んでろっつーの!」
イライラしながら弾丸を装填していると、その隣にすっとネヴィアが立つ。
「無駄弾が多いな」
「うるせー! 俺の銃はお前の特別製とは違うんだよ!」
「私の銃にも自動照準機能はついていないのだが」
「あーもー! ちょっと黙ってろ!」
「お前も黙った方が多少は命中精度が上がるかもしれんな」
「なーっ!」
怒り心頭のザジを無視して、ネヴィアは射撃を始めた。
的確に敵を打ち倒すだけではなく、相手の一手先をも読んだ攻めに、ザジは思わず開いた口が塞がらない。
「ちっくしょ、俺だって……!」
ハンチング帽をかぶり直し、ザジは再び攻撃し始めた。
* * *
「出血は収まりました。骨折の方はお医者様に見ていただく必要があるので、ひとまずこのまま安静にしていてくださいね」
「お父ちゃあん……」
戦線から少し離れた所で、バルベッドの治療を一通り終えたオルディナがそう告げると、安堵したタアラがボロボロと涙をこぼし出した。
そんな娘の頭を、辛うじて動かせる手でポンポンと軽くたたいたバルベッドは、遠く離れていてもよく見える鬼の姿を見やる。
今なお熾烈な戦いを繰り広げる一行だが、中には怪我を負っている者もいるようだ。
「オルディナ。すぐ、みんなのところへ行くんだ」
「えっ、でも……」
「なあに、ここにはマルがいる。心配はいらないさ」
そう言うとバルベッドは側に立つマルコを見る。
「ここは任せてくださいッス!」
張り切るマルコは、自身の胸をドンとたたいた。
彼らを守るのはノーウィンとの約束でもある。
オルディナは少し悩んだが、やがて首を縦に振ると、駆け足で仲間の元へと向かっていった。
その頃前線では、わらわらと湧いていた敵の数が急激に減少しつつあった。
「アクティー! 戦況は! 向こう側はどうなってるんだ!」
死骸が散乱する中、必死に鬼との攻防を繰り広げていたノーウィンが叫ぶ。
敵を倒したことで激減しているだけなのか。それとも何か仕掛けてくるつもりなのか。
先行きを懸念するノーウィンに対し、アクティーは笑ってみせた。
「心配する必要はなさそうだぜ?」
すると、鬼の背後で何やら魔物が騒ぎ出す。
何事かとそちらに視線を移すと、数人のブリッジディフェンダーたちが魔物を蹴散らしつつ歩を進めてきていた。
その中には橋守長シグルドの姿もある。
「エンジェルブレス!」
応援が駆けつけたことに安堵したところへ、オルディナの魔法がかけられた。
中級の全体回復魔法により負傷箇所が治癒されると、各々武器を力強く握り直し、攻撃を再開する。
そうはさせまいとその間に割って入る魔物たち。
「テラブラスト!」
今度はそこにセルファの魔法が発動し、いくつもの土塊がたたき込まれた。
「メテオブレイズ!」
続けてローヴの魔法が発動する。
ネヴィアとの修行で得た新たな魔法は、敵全体に向けて空中からいくつもの火球を降り注がせるというもの。
続けざまに放たれた強力な魔法を前に、魔物の群れはなす術なく。
あっという間に土まみれの焦げた肉塊の山が出来上がった。
雑魚がいなくなった今、残るは鬼一体のみ。
「うおおお!」
ブリッジディフェンダーたちが雄叫びを上げて駆け出す。
それを見たオルディナはすぐさま集中し始めると、彼らに支援魔法をかけた。
「プロシード!」
己の守りが上昇したことを感じたブリッジディフェンダーたちは、もはや怖いものなしと果敢に目標へと攻め込んでいく。
――だが、いくら弱っていても相手は鬼。素早く腕で辺りを薙ぎ払った。
「うわああ!」
それを真正面から受けたブリッジディフェンダーが軽々と吹き飛んでいく。
さらに鬼は力強く跳躍、足元にいる別のブリッジディフェンダーの上へ着地した。
これにはさすがにオルディナの支援も通用しなかったようで――色々なものが同時に潰れる嫌な音がした。
「ひっ」
眼前で仲間のむごい死に様を見せられたブリッジディフェンダーたちは恐怖から硬直してしまう。
鬼はその隙も逃さない。
勢いよく1人の男を鷲づかみにすると、有無を言わせず、両の手で勢いよく四肢を引きちぎってしまった。
そのままぽいと放り投げると、次に誰をどうしてやろうかと、足元の人間たちを順番に見やる。
先ほどまでの勢いはどこへ行ったのか、ブリッジディフェンダーたちはぶるぶると身を震わせて、その場から動けなくなってしまっていた。
鬼は新たな獲物に狙いを定めると、素早く手を伸ばし――
「ふんっ!」
そんな中でも仲間を守らんと動いたのは、長のシグルドだ。
彼は大剣を力強く振るうと、伸ばされた手にざっくりと傷を負わせた。
「引け! すぐにここから引くのだ!」
鬼が痛みで手を引いた隙を見て、すぐさま仲間たちに指示を飛ばす。
ブリッジディフェンダーたちは彼の言葉に異を唱えることもなく、その場から脱兎の如く逃げ出していった。
彼らの後を追えないように、シグルドはその場に1人立ち塞がる。
「鬼め……これ以上貴様の好きにはさせんぞ」
父を殺したのと同種かもしれない存在がそこにいて、しかも以前と同じく橋を襲撃している。
大剣を構える彼の瞳には、怒りの炎が静かに燃えていた。