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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第32話 世界一長い橋での鬼ごっこ
181/196

32‐5

「タアラ!」


 不意に名を呼ばれ、タアラは和やかムードから真面目な表情に切り替える。


 一行がそちらを見やると、バルベッドとマルコがこちらへと駆けてきていた。

 2人の背後では黒煙が晴れ、死骸の山と、それを踏みつけてさらに進行してくる魔物の群れが見える。


「二発目頼んだ!」

「よっしゃ!」


 父の合図を受けた娘は、すぐさまマナ砲と呼ばれた大砲の照準を魔物の群れに向け、引き金のようなものを勢いよく引いた。

 するとそれはキュイインと音を立てて、砲身にキラキラと光り輝く何かを充填し始める。

 初めて見る光景だ。


「これは、マナ……?」


 キラキラの正体に気づいたオルディナがつぶやく。

 彼女の言う通り、マナ砲とはマナを集めて撃ち出す武器らしい。


 しかしどうやら充填にいくらか時間がかかるようで、手のひら大のボタンがピコンという音と共に点灯したのは数分経ってからだった。


「いっけえええ!」


 タアラが勢いのあるかけ声と同時にボタンを思い切り押すと、砲弾と化したマナの塊が勢いよく放出される。


 それは最前の魔物に見事的中。当たったものはもちろん、周囲にいたものも木っ端微塵に。衝撃と爆風で床や壁にたたきつけられたものは、潰れてもの言わぬ屍となった。


 壊滅した敵陣を見て、その威力、脅威に、皆が息をのむ。


「これは、私の銃と同じ仕組みか?」


 そんな中、ネヴィアが興味深そうにタアラに尋ねる。


「んー、残念やけどちょっとちゃうね」


 タアラは言いながら、大砲の調整に手を付け始めた。


「さっきそこの兄ちゃんが言うてたけど、これはマナ砲言うてな。見てもうた通り、周囲のマナを充填して撃ち出すものやねん。確かに実弾は不要やけど、素材は鋼鉄やから充填に時間かかるし、操作や事前調整も必要で、姉さんのほど便利なもんちゃうんよ」

「なるほど……」


 ネヴィアが改めてマナ砲を見ていると、そこへバルベッドとマルコが駆け込んでくる。

 ぜーはーと息を荒げるマルコと異なり、敵を圧倒する動きをしていたバルベッドはまだまだ余裕そうだ。


「さて、楽しいおしゃべりはそろそろ終わりにしておこう。タアラ、3発目行けるか?」

「モチのロンや! 任せとき!」


 元気よく答えたタアラは再度マナ砲の裏に回り、発射のため準備に取りかかる。



 オオォオォォ……



 地鳴りのように響いてきた声。

 その場にいた皆が慌ててそちらを振り返ると、それまでひざをついていた鬼がゆっくりと立ち上がっているところだった。


 よろめきながら立ち上がった鬼は両拳に力を込め、虚空へ向けて大きく叫ぶ。



 グオオオオオオオオ!!!



「間に合うか!?」


 ノーウィンの言葉を聞き、今度はマナ砲を見やる。

 皆の気持ちがはやる中、マナ砲はマイペースに充填を続けていた。


「くっ!」

「今動いたらあかん! 射程内に入ってまうで!」


 何とか鬼の動きを止められないかと前線に出かけたノーウィンを、タアラが慌てて制する。

 他の仲間がすぐさま魔法で応戦しようとするも、こちらに駆け出した鬼の動きの方が明らかに速い。


 辺りに散乱する魔物の死骸など気にも留めず。

 相手はこちらに狙いを定めると、拳を振りかぶり――



 パァン



 こちらをまっすぐ見つめていた敵の右目を、一発の弾丸が撃ち抜いた。


 激痛に襲われた鬼はその場に急停止。目を抑えると、うめきながら再びひざをつく。


 撃ち抜いたのはザジだった。

 銃を下ろす彼は、普段の間の抜けた様子からは想像もできない、真剣な眼差しで敵を見据えている。


「おお! 兄ちゃんやるやん!」

「へっ! 俺はこんなとこで簡単にやられる男じゃねえからな!」


 しかしタアラに褒められるなり、いつもの調子に戻ってしまった。

 そうこうしているうちにマナ砲の充填が無事に完了する。


「これで……しまいや!」


 勢いよくボタンを押されたマナ砲は、溜め込んだ力を轟音と共に発射。

 砲弾は猛スピードで目標である鬼の顔面に的中した。


 巻き起こる爆風と衝撃。もうもうと立ち上る黒煙。


 皆が固唾を飲んで見守る。


 先ほどの魔物たちの有り様から、鬼が無事で済んでいるとは到底思えなかった。

 少なくとも顔に直撃したのは間違いないのだ。木っ端微塵か、部位粉砕か。


 辺りはしんと静まり返り、何も聞こえない。


 タアラは満面の笑みを浮かべた。


「どや! これでさすがの鬼も」

「ダメだっ!」


 真っ先に動きを察したのはアクティーだった。


 だが彼が何か行動を起こすよりも、鬼は黒煙を突き破って猛スピードで殴りかかってくる。

 怒り狂ったその拳が狙う先には、マナ砲と、その近くにいる――


「タアラっ!」


 名を叫ばれた少女はその場から突き飛ばされ――ほぼ同時に重い一撃が振り下ろされた。


 その衝撃で辺りにあった露店や休息所が片端から全壊していく。


 *     *     *


 ローヴがはっと目を覚ますと、自身はノーウィンを下敷きにする形で倒れていた。

 いつの間にか意識を失っていたようだ。


 慌てて身を起こすと、辺りには木片やちぎれた布、壊れたタルなどが散乱している。

 それに紛れてあちこちに仲間たちの姿が見える。皆、鬼の攻撃で吹き飛ばされたみたいだった。


 どうやら時間はそう経っていないようだが、盛況を見せていた橋の姿はもはやどこにもない。


「ノーウィンさん!」

「くっ……」


 吹き飛ばされる前にローヴをかばってくれたであろう男の名を呼ぶと、彼はうめき声を上げた。

 急ぎ回復魔法をかけようとする彼女をノーウィンは片手で制する。


「これのおかげで助かったみたいだ」


 彼が指差したのは、己の下敷きになっている露店の天幕だった布。

 吹き飛ばされた際にクッションの役割を果たしてくれたらしい。


「俺よりもタアラを」


 ノーウィンはふらつきながらも何とか立ち上がると、ほっと胸をなで下ろすローヴにそう頼んだ。

 彼の言う通り、彼女は鬼の攻撃に一番近い所にいたのだ。


 ローヴは慌てて立ち上がり、タアラの姿を探す。

 すると少し離れた所に倒れている彼女を見つけられた。


「タアラ! 大丈夫!?」

「う……」


 ローヴが急ぎ駆け寄ると、彼女はうめき声を上げながら、ゆっくりと身を起こす。

 怪我は見当たらないが、少しぼーっとした様子だ。

 しかしすぐにはっとなると、立ち上がり、きょろきょろと自分を突き飛ばした者を探す。


 その人物は今まさにオルディナの治療を受けているところだった。


「お父ちゃん!!!」


 タアラは父の姿を認めるなり、弾かれたように駆け出していた。


 *     *     *


 少し離れた所ではマルコがすっかり腰を抜かしてしまっていた。


「マル、立てるか?」


 そんな彼の側に駆け寄ったのはノーウィンだ。

 そっと屈んで尋ねる。


「うう……ノーウィンさん……自分はもう、駄目ッス……」


 特に外傷は見られないものの、彼はすっかり弱気になっていた。


「やっぱり自分は傭兵に向いてなかったッス……」

「何言ってるんだ。さっきはあんなに勇敢に戦ってたじゃないか」

「それとこれとは話が別ッス……あんなバケモノを、力を見て平然とできるほど、自分は強くないッス……」


 萎縮してしまったマルコを見て、ノーウィンはしばし考え込む。

 やがて彼は小さくうなずくと、すくっと立ち上がった。


「なら、マルはタアラとバルベッドの側についているんだ」

「え?」

「何かあったらすぐに2人を連れて避難するんだ。それならできるな?」

「で、でも……」


 マルコは戸惑う。それは自分の憧れる人物が取る行動ではないから。

 その考えを見透かしていたノーウィンは首を横に振った。


「なあ、マル。誰かに憧れを持つのは悪いことじゃない。でもな、人にはその時その時でできることとできないことがある」

「…………」


 それを聞いたマルコは沈黙し、床に視線を落とす。

 やはり自分なんかでは憧れの人にはなれないのだと。


「……そんなこと」


 ぼそりとそう言うマルコは両手に握り拳を作ると、叫ぶ。


「そんなこと知ってるッス!! 分かってたッス!!」


 その瞳に涙をにじませて。


「弱虫で! 泣き虫で! いじめられてばかりの自分でも誰かを助けられるんじゃないかって!」


 思いの丈を、叫ぶ。


「ノーウィンさんのうわさを聞いたとき、自分もそうなりたいって……グスッ……思って……」


 鼻水まで垂らして。


「でも……駄目だったッス……」

「…………」


 ノーウィンは、嘆くマルコの傍らに再度屈む。

 その肩に手を置いた彼は、静かに告げる。


「俺はマルじゃないし、マルは俺じゃない。だから全く同じになることなんてできない」

「…………」


 黙り込むマルコ。

 そんな彼に、続けてこう言った。


「でも、同じ理念を抱くことならできる」


 言っている意味が分からず、マルコは少しだけ顔を上げる。


「今日が駄目なら、明日頑張れば良い」

「え……」

「俺が何か失敗して落ち込んでるとき、親父によく言われた言葉さ」


 マルコが顔を上げてノーウィンの目を見つめる。

 真剣な表情で、いつかの父親が言ってくれたように、ノーウィンは告げた。


「負けるな、マル。失敗したって落ち込んだって良い。でも、自分に負けるな」


 そうして見せた笑顔は、まるで太陽のようで。


「あ……」


 マルコの瞳には、いつしか再び光が灯っていた。

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