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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第32話 世界一長い橋での鬼ごっこ
178/196

32‐2

 朝食を手に、引き続き橋を歩いていく一行。

 皆が和気あいあいとするその最後尾で、ラウダはぼんやりとサンドイッチをもぐもぐしていた。

 が、不意にあることを思い出し、食べていたものを急ぎのみ込む。


「リリエル酒だ!」


 それを聞いた仲間たちがむせた。


「おまっ、いきなり何言ってんだ馬鹿!」


 面食らったアクティーが素早くラウダに詰め寄るも、時すでに遅し。

 周囲にいた人々の冷たい視線がこちらに集中していた。


 リリエル酒。その薬物の名を知らぬ商人などよほどの新米くらいのものだろう。

 そしてここには腕の立つ商人がわんさかいる。


 そんな中でその名を大声で叫んだのだ。

 にぎやかな通りが一変して静まり返るのも無理はない。


 仲間たちはラウダの口を押さえると、足早にその場を去るのだった。


 *     *     *


 にぎやかな通りの片隅。


「お前馬鹿なのか? っつーか馬鹿だな?」

「あの場で違法物の名を出すとはな……」

「ラウダさん、まだどこか調子が……?」

「まったく……」


 ようやく解放されたラウダは、仲間たちからの非難を浴びていた。


「ま、まあまあ。ラウダにも何か事情があるんだろう」


 そんな中ノーウィンだけが、困り顔を浮かべつつも、ラウダを庇護する。

 確かに自分が悪かったがそこまで責めなくても、と落ち込むラウダは、気を取り直すと説明を始める。


「昨日の夜、酔っ払ったおじいさんに――」

「待った」


 だが、それを早々にノーウィンが制止した。


()()()()っていうのはどういうことだ?」


 先ほどまでの優しさはどこへやら。ノーウィンが険しい表情で詰問する。


「えーと……」


 どうやらまたしてもやらかしたようだ。ラウダは視線をそらす。

 するとアクティーがやれやれと肩をすくめる。


「おいおい、今さらかよ。こいつは抜け出しの常習犯だぞ?」

「なっ!?」


 それを聞いて、さすがにノーウィン以外も皆、冷たい視線を向けてくる。

 ただでさえ夜は危険なことが多いうえ、一度失踪したことのある前科持ちなのだから、皆が咎めるのは当然なのだが。


「ま、その話は追々として、だ。要するにその酔っ払ったじいさんが薬物を摂取してたわけか?」


 アクティーの要約を肯定した後、ラウダは詳細を話し出す。

 それを聞き終えると、皆が怪訝(けげん)な顔を浮かべていた。


「この橋には検問もあるし、橋守もいる。おまけに今は通行許可証も必要なんだよ? そう簡単に違法物を持ち込めるとは思えないけどねえ」


 ガレシアの言う通り、現状リリエル酒を持ち込むのはリスクが高いはずだ。

 その点はラウダも理解していた。


「でも確かに言ってたんだ。飲み友達が酒を持ってきてくれるって」

「持ってきてくれる、か……」


 腕を組み考え込むアクティーだったが、そこでセルファが首を横に振った。


「まさか首を突っ込む気じゃないでしょうね? 私たちにはやるべきことがあるのよ?」


 冷ややかな視線を受け、アクティーは肩をすくめる。


「分かってるって。ま、あの橋守長さんにでも言っておきゃ大丈――」

「見つけたぜえええええ!!!」


 突然、比較的近い所から声が響いた。

 その大きすぎる声を聞いた人々が皆そちらを注視する。


「何だよ急に……ってか聞いたことある声だな」


 話を途中で遮られた一行が何事かとそちらを見やる。するとそこには――


「ふははは! ここで待ってた甲斐があったぜ!」


 青髪にハンチング帽の少年が、腰に手を当て、立っていた。

 ――周囲で怪訝(けげん)そうにひそひそと話されているにもかかわらず、ドヤ顔で笑っている。


 その無神経っぷりに呆れてものが言えない一行を、彼はびしっと指差した。


「久しぶりだな、お前ら! 俺がここで待っててビビっただろ!」


 どうやら、相手は自分の存在に恐怖していると解釈したらしい彼は一人わははと笑っている。


「あー……お前誰だっけ? パチペチク君?」

「誰だよ! っつーか一文字も合ってねえし!」


 面倒臭くなる予感を感じつつも、アクティーが適当にそう尋ねると、ご丁寧にツッコんでくれた。

 そして今度は己を親指でびっと差してみせる。


「いいか! 俺の名前はザジ! お前を殺」

「暗殺者ならもっと慎重に行動すべきだと思うのだが」


 前回会った時と同じくネヴィアが鋭くツッコむと、今度は悔しそうに地団太を踏んだ。


「おーれーが! まだ! 話してる最中! だろーがっ!」

「何だか頭が痛くなってきたわ……」

「……奇遇だな。俺もだ」


 そのやかましい声とやり取りに、セルファとイブネスがそろって頭を抱え、ため息をつく。


「で? 自称暗殺者さんが何の用だよ」

「誰が自称だ! 俺はプロだ! 本物だ!」


 投げやりな質問にも真面目に突っ込むザジに、アクティーは露骨な嫌悪感を示す。が、案の定相手は気にも留めない。一体どんな神経をしているのだろうか。


 これ以上話しても埒が明かない。そう判断――というよりも疲弊して何も言う気がなくなった一行を見て、ザジはこほんと一つ咳払いをすると、再びこちら指差す。


「今日こそ! 今日こそ太陽のお前を、暗っ殺っするーっ!」


 ウキウキした様子の今の彼には、太陽の証が消滅したなどと言っても通じないだろう。

 どこからどう話すべきか。いやそもそも話す必要などないのか?


 頭痛を覚え、頭を抱える相手を気にすることなく、ザジは至ってマイペースに銃を取り出した。


「さあ! 覚悟し」

「きゃあああああああああああ!!!」


 ザジがカッコよく言い切るよりも前に、辺りに女の悲鳴が響く。

 これは断じて彼が銃を取り出したからではない。

 そもそも声はまるきり反対方面から聞こえた。


「何だ……?」


 それまでひそひそざわざわとザジを見ていた周囲の人々も、何事かと皆一様にそちらを振り返る。


「ぎゃああああああああああ!!!」


 次に聞こえたのは男の声。

 だがそれは悲鳴というよりまるで、断末魔のようだった。


「いやあああああああああああ!!!」


 次々とあがる悲鳴、奇声。

 どう考えても尋常でない様子にざわめきが次第に大きくなる。


 さすがのザジもただ事ではないと思ったのだろう。銃を下ろし、声のする方をにらみつけている。


 ――そして、その叫びが聞こえてきた。


「鬼だあああああああああ!!!!!」


 ほんの一瞬、静寂が辺りを包む。しかしすぐに。


「に、逃げろおおおおおおおおお!!!」


 誰が叫んだのかは分からないが、その声を皮切りに皆が一斉に駆け出した。


 だがここは海上で橋上。逃げ道は一箇所しかない。

 おまけに端々には露店や休息所があるため、大勢の人間が逃げるには道が狭い。狭すぎる。


「ど、どけえええ!」

「いや! いやああああ!!」

「おかあさああああああん!!」


 死にたくない。ただその一心で、皆走る。

 転んで、それでも逃げようと必死にはいずる人もいる。


 ここは地獄だったろうか?

 そこに先ほどまでの平穏など微塵も見当たらなかった。

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