31‐5
広場では数人の子供たちが元気よく遊んでいる。
彼らのはしゃぐ声を聞き、ベンチに腰かけたローヴは昔を思い出していた。
ウィダンの街で毎日のように姿を見かけた子供たち。その先頭には必ず金髪の少年がおり、必ず桃色の髪の少女の手を引いていた。
母を亡くして独りになった後も同じように見かけたが、いつからかとんと見なくなってしまう。
その後、彼女が見かけたのは芝居用の模造剣を振る金髪の少年の姿。
来る日も来る日も必死に稽古を続ける彼の側に、いつも一緒にいたはずの桃色の髪の少女の姿はなく。
ある日少年は、陰から見つめる私の存在に気づく。そして――
そこでふと隣から人の気配を感じて振り向く。
いつの間にやらセルファが隣に腰かけていた。
思いがけない人物の登場に、ローヴは目をぱちくりとさせる。
「ええと……何か用かな?」
先ほどのローヴと同じようにじっと子供たちを見つめる彼女に恐る恐るそう尋ねてみると、首を横に振られた。
一向に口を開く気配がないので、仕方なくローヴは再度子供たちの方を向いた。
大声を上げながら駆け回る子供たちの姿をしばらく2人で眺める。
「暇」
不意にセルファが言葉を発した。
驚いて彼女の方を向くも、相手はまっすぐ前を向いたまま話を続ける。
「やることもないし、行くところもない」
ため息をつくと、ようやくローヴの方を向いた。
「こんなことをしていて楽しいの?」
「ええと……?」
「たまたま見かけたからあなたの真似をしてみたのだけれど。よく分からない」
どうやら心底退屈らしい。
ローヴは返答に困るが、とりあえず思っていることをそのまま話す。
「どちらかと言うと楽しくはない……かな。ただ、昔のことを思い出して懐かしいなって」
「楽しくない思い出を懐かしんでいたってこと?」
「う、うーん。そういうわけじゃないんだけど……」
実に難しい質問にローヴはまたしても返答に困り、苦笑するしかなかった。
首を傾げるセルファに別の話題を振ってみる。
「そ、そういえば2人きりで話をするのって実は初めてだよね!?」
「そう?」
「う、うんうん! ほらじっくり話す機会ってあんまりなかったなーって!」
「…………」
そうだっただろうか、と言いたげに眉をひそめるセルファが何かを言う前に、ローヴはあることを提案した。
「せっかくだし、セルファの昔話とか聞きたいなーって!」
これなら会話も続くだろうと力強く言い切ってみせたが、今度は彼女の表情が陰ってしまった。
黙り込むセルファを見て、何かやらかしたかと慌てて話を続ける。
「あ! 嫌なら無理に話さなくてもいいからね!」
「……嫌ではないけれど」
彼女はそこで一区切り置くと、きっぱりと言い放った。
「今は話せない」
「あ、そ、そっか……」
戸惑うローヴだったが、そんな彼女のことをセルファはまっすぐに見つめて言う。
「でも……来るべき時が来たら話す」
その言葉で、そのまっすぐな目で、何か深い事情があるのだと察するのは容易だった。
ローヴは思う。
そういえば自分は彼女のことをろくに知らない、と。
そこでローヴは別の質問を投げかけてみた。
「セルファはどうして勇者を守ろうとするの?」
するとセルファは怪訝な顔を浮かべる。
「どうしてって……それが使命だからと以前から言っているはずだけど」
「使命ってことは誰かに言われてやってるってこと?」
今度の質問の答えには少し悩んだようだが、すぐに首を縦に振った。
「……ええ、そうよ」
ローヴはそっかと言うと感嘆のため息を漏らす。
「すごいね。ボクだったら投げ出しちゃいそう」
「投げ出すなんてできないわ。それが私の全てだから」
セルファの迷いのない答えを聞いて、ローヴはうつむいた。
「全て、か。自分の時間、人生を費やしてやらないといけないって何だか寂しい気がする」
「……以前似たようなことをラウダに言われたわ」
ローヴは苦笑する。
「そうなんだ。でも、前からずっと気になってたんだ」
そう言うと彼女は顔を上げ、真剣な表情でセルファを見つめた。
「そこにセルファの意思はあるのかなって」
「……え?」
言われたことがとっさに理解できず、セルファは目を瞬かせる。
「意思もなく、誰かに言われたから、使命だからって理由だけで行動してちゃ、本当に大切なものは守れない気がするんだ」
「そんなことない!」
セルファが勢い良く立ち上がった。
「私の意思なんかなくても使命は達せられる! むしろそんなもの、遂行の邪魔だわ!」
怒りをはらんだ声をローヴにぶつけるも、彼女はひるまない。
「セルファにとって本当に大切なものって何?」
「そんなの」
決まってると言うより前にすかさずローヴは問うた。
「使命を守ること? 勇者を守ること?」
セルファの言葉が詰まる。
使命を守るのは絶対。であれば勇者を守ることは?
使命イコール勇者を守ること。であれば“本当に”大切なものとは?
セルファは答えられない。
ローヴの言葉をきっかけに、彼女の中で疑問が生じてしまったのだ。
黙り込んでしまったセルファを見て、ローヴはもう1つ別の質問をする。
「じゃあ、もし世界を救うことができたら……この旅が終わったら、セルファはどうするつもり?」
「え……?」
セルファは驚いた。
そのようなことは一度たりとも考えたことがなかったからだ。
使命を守って勇者を守る。それが全てだと思っていた。
ではそれが終わったら?
自分はどうなる? どうすれば良い?
「…………」
またしても答えられないセルファは愕然となり、色を失った。
全てを決められて生きてきた彼女は他の生き方を知らない。
「ごめんね。意地悪したかったわけじゃないんだけど、気にかかってたから」
ローヴが申し訳なさそうに謝ったが、少女はすっかり言葉を失くし、ふるふると首を横に振っただけだった。
子供たちの元気な声が一際大きく聞こえる。
「……あなたにも」
「え?」
ぽつりとこぼした言葉が聞き取れず、ローヴは首を傾げた。
「あなたにも本当に大切なものってあるの?」
「あるよ」
力ない声で問うてくるセルファに、彼女は小さく微笑んでみせる。
「って言っても、本当に大切なのかどうかはまだ分からないけどね」
「それは、どういうこと……?」
「ボクはまだ同じものを見れてないから」
意味が分からず首を傾げるセルファから視線を外し、正面を向いたローヴは以前ポーリィに言われた言葉を思い返していた。
その横顔を見て何を思ったのか。セルファは再度ベンチに腰かける。
「……行くところはないけど、やることはできた」
そうして2人はしばらく子供たちの様子を見ていた。




