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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第31話 生きること
171/196

31‐3

 町の一角にあるカフェテラスにて、ノーウィンとネヴィアの2人がお茶をたしなんでいた。

 口につけていたカップを机に置いたノーウィンが微笑む。


「うん、飲みやすくて美味いな」


 その意見に、同じくカップを置いたネヴィアが小さくうなずいた。


「まろやかで香ばしい。なるほど、評判通りだな」


 彼女は満足げにそう言うと、店内に目を向ける。

 最近オープンしたというこの店は、今も若い男女でにぎわっていた。

 中でもここの紅茶は評判が高く、今彼らが口にしているのもそれだ。


「それにしても意外だったな。こういう所に興味があったなんて」


 ノーウィンはそう言うと、先ほどのことを思い返した。


 *     *     *


 空いた時間で町を見て回っていたノーウィンは、とあるカフェの入り口でメニューが書かれた立て看板をじっと見つめるネヴィアを見つける。


「ネヴィア? こんな所で何してるんだ?」


 何事かを悩んでいる彼女に声をかけると、少し驚いた後、戸惑った様子で口ごもる。


「ああ、いや……」


 それに首を傾げつつ、彼は店内をのぞいてみた。


「こんな所にカフェができてたのか」


 セルファと2人で旅をしていた頃にこの町を訪れたことがあるが、このような洒落た店はなかったはずだ。


「そう、らしいな」

「入らないのか?」


 ノーウィンに尋ねられると、ネヴィアは難しい顔をして、ぼそりと言う。


「1人で入るのは……」


 どうやらにぎやかな店内に1人で入ることに抵抗があるらしい。

 その言葉にぽかんとなった後、ノーウィンは吹き出した。


「何が可笑しい」

「いや悪い。ネヴィアもそういうこと考えるんだなって」

「……私を冷血な女か何かと思っていないか?」


 こちらをにらみつけるネヴィアの問いに、彼はぶんぶんと首を横に振るう。


「まさか! ……すまん、デリカシーがなかったな。本当に悪かった」


 非礼を認め、謝罪をするノーウィン。

 直後、彼はあることをひらめいた。


「そうだ。詫びってわけじゃないが、俺も一緒に店に入ろう」

「え?」

「2人で入れば目立つこともないし、抵抗感も薄れないか?」


 思いもよらぬ提案にネヴィアは目を瞬かせたが、相手の笑顔を見て、やがて小さくうなずく。


「そう、だな。それなら……」

「よし、そうと決まればさっそく入ろうか」


 嬉々として入っていくノーウィンに慌ててついていくネヴィア。

 そして今に至る。


 *     *     *


「意外、というのはどういうことだ?」


 またしてもネヴィアににらみつけられ、ノーウィンは慌てて首を横に振った。


「あ、いや、そうじゃなくて……」

「冗談だ」


 ネヴィアは一言そう言うと、再び紅茶に口をつけた。

 無表情な彼女ではあるが、一緒にいるうちに少しずつ表情の変化が分かるようになってきたつもりだった。しかし本当に微妙な変化であるため、何を考えているのかを把握するのはなかなかに困難を極めている。

 そのため今のも本当に冗談なのか、彼女の顔色をうかがいながら、ノーウィンも紅茶に口をつけた。


「……自分でも意外だと思っている」


 カップの中の紅茶。そこに映る自分を見つめ、ネヴィアがぽつりと言う。


「今までにぎやかな所へ行くことも、大勢の人間と行動を共にすることもなかったからな」


 以前彼女は自分が傭兵ではなく旅人であり、ずっと1人旅を続けていると言っていた。

 そういえば彼女の昔話は聞いたことがない。

 せっかくの機会だ。聞くだけ聞いてみようと口を開きかけたその時。


「お待たせいたしました! イチゴリボンパフェです!」


 ウェイトレスがやってきて、事前に注文してあった商品を机に置く。


「ごゆっくりどうぞ!」


 明るくそう言うと、彼女は素早く立ち去っていった。

 その商品を見て、2人はしばし呆然となる。


「これは……」

「でかいな……」


 この店の人気メニューで、女性なら一度は食べておくべきと看板に書かれていたイチゴリボンパフェ。

 イチゴクリームにイチゴソース、そしてもちろんイチゴ本体があちこちふんだんに使われたこのパフェのすごいところは、全長40センチというその高さだ。


 あのウェイトレス、よくもまあこんな大きなものを余裕で持ってきたなと思っていたノーウィンの前で、ネヴィアはスプーンを手に取ると、さっそく一口食した。


「美味しい……」


 その表情にノーウィンはドキリとなる。


 一瞬、本当に一瞬だったが、ネヴィアが柔らかく微笑んだのだ。

 鼓動が早くなる。そんな時、不意に脳裏を何かがよぎった。


 銀色の長い髪。白い服。


『わ、たし、は――』


 ノイズがひどく、話の内容はおろか、顔も見えない。


「どうした?」


 不思議そうに問うてくるネヴィアの声で、ノーウィンははっと我に返った。


「あ、いや……」

「…………」


 口ごもるノーウィンを見て何を思ったのか、ネヴィアは突然立ち上がるとどこかへと行ってしまう。

 少しして、彼女は1本のスプーンを手に戻ってきた。


「疲れているときには甘いものだ」


 そう言って差し出されたスプーンを受け取ったノーウィンは、それを見ながら目をぱちくりとさせる。


「どうせ1人で食べきれる量ではないからな」


 ネヴィアは元通り席に着くと、少しずつパフェを食べ始めた。


「……じゃあ遠慮なく」


 ノーウィンもまたパフェを口に運ぶ。


「確かに美味しいな。俺じゃなくてローヴを連れてくれば良かったかな」


 きっと彼女なら目を輝かせただろうし、女性同士で話も盛り上がったかもしれない。

 しかし、ネヴィアは小さく首を横に振った。


「いや、話しかけてくれたのがお前で良かった。ちょうど聞きたいことがあったからな」

「聞きたいこと? 俺に?」


 彼女はうなずく。


「お前の過去の話を聞きたかったんだ」


 ネヴィアにそう言われた途端、彼の表情が寂しそうなものに変わった。


「俺は……俺には……」


 自分に過去の記憶がない。そのことは彼女も知っているはずだ。

 黙り込むノーウィンを見たネヴィアは慌てて首を横に振る。


「ああ、いや、すまない。そうじゃない」

「え?」

「お前が記憶を()()()()()()()()を聞きたかったんだ」


 ノーウィンは思わず眉根を寄せた。


「どうしてそんな話が聞きたいんだ?」


 その質問にネヴィアは少し考えてから答える。


「単なる好奇心だ」


 遠回しな表現をしない素直な回答にノーウィンは思わず笑ってしまった。


「それなら、俺もネヴィアの昔話を聞いてみたいな」


 ちょうど先ほど尋ねてみようと思っていたことを口にすると、彼女は何事かを考える。


「……そうだな。こちらが話をしないのも不公平だ。良いだろう」


 ネヴィアがうなずいたのを確認すると、彼もうなずいた。


「よし。じゃあ俺からだな」


 ノーウィンはそう言うと、カップに入っていた残りわずかな紅茶を飲み干し、語り出す。


「気が付いたとき、俺はとある小屋のベッドに寝かされていた」

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