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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第31話 生きること
170/196

31‐2

 ネヴィアに案内された場所では、腕を組んだ男が静かにたたずんでいた。

 一行が来たことを察知すると、閉じていた目をゆっくりと開く。

 そのただならぬオーラに誰も何も言えずにいると、ビシャスがおもむろに口を開いた。


「お前らのことはネヴィアから聞いた」


 そう言うと、その場にいる者たちの顔をゆっくりと見回す。


「何かあるとは思ってたが、まさか世界を救う勇者とその一行とはな」


 そして険しい表情で後方にいるラウダを見た。


「ラウダ、こっち来い」


 呼び出された少年はため息をつく。

 案の定というべきか。こうなるであろうと大方予想はついていた。

 しかし出ていかなかったら出ていかなかったで面倒なことになりそうで、ラウダは嫌々男の前へと出る。


「腑抜けた面しやがって……」


 うつむく少年に舌打ちまじりでそう言うと、次にビシャスは大声で吠えた。


「そんなんで救えるほど世界は簡単にできちゃいねえんだよ!」


 耳をつんざくようなその声に、皆がひるむ。


 何故自分がこんな風に叱られなければならないのか。

 世界がどうできていようが自分には関係ないはずだ。

 そんな考えが沸々と湧き上がり、ラウダは怒りのまま言葉を吐き出した。


「僕は望んで勇者になったわけじゃない!」


 だがビシャスはその答えが返ってくることを見透かしていたようで、すぐさま言葉を返す。


「なら旅なんて辞めちまえ! 中途半端なことされても目障りなだけだ!」


 男の言葉にラウダは何も返せなかった。


 確かにこれ以上旅を続ける意味などない。周囲の人間の言うことなど無視して、1人どこかへ消えてしまえば良いのだ。


 しかしそう考えたとき、心のどこかで何かが引っかかった。

 果たして自分に本当にそんなことができたのだろうか、と。


「お前は逃げてるだけだ」


 先ほどの怒声とは打って変わって、ビシャスは静かにそう告げた。

 ラウダがきっと相手をにらみつける。


「違う! 僕はティルアと正面から向き合って自分の道を決めたんだ!」


 それを聞いた男は、馬鹿にするように小さく笑った。


「死んだ人間と向き合うだあ? 生きた自分とも向き合えないやつが勝手なこと抜かしてんじゃねえ!」

「勝手なこと抜かしてるのはそっちだろ! 僕のことを何も知らないくせに!」


 両手にぎゅっと握り拳を作り、ラウダが叫ぶ。


「自分のことを話そうともしないやつのことなんぞ分かるわけねえだろ! 何も言わないでも知ってもらえるなんて思ったら大間違いだ!」

「……っ!」


 またしても何も返せず、ラウダは唇をかんだ。


「駄々こねんなら他所へ行け! 周囲を巻き込むな!」


 いよいよもって堪忍袋の緒が切れたラウダは、一際大声で叫ぶ。


「うるさい!!!」


 次の瞬間、ラウダは激しく地面にたたきつけられた。


 ビシャスが彼の頬を思い切り殴りつけたのだ。

 あまりに強烈な光景に皆が息をのんだ。


「正論ぶちかまされて反論できなくなった途端うるさい、だあ? 生きることに恐怖してるような野郎が俺様に反抗してんじゃねえ!」

「…………」


 口の中に血の味が広がり、頬がズキズキと痛むラウダは言葉を紡げない。


「2日だ」


 そんな彼に、ビシャスが唐突に告げた。

 何のことか分からなかったが、その際感じた嫌な予感はすぐさま的中する。


「てめえのその腐った性根、俺様が直々にたたき直してやる」


 こうして、翌日から第2回特別戦闘講座が始まることになったのであった。


 *     *     *


 町外れでは、朝から怒声が響いていた。


 その野太い声の主は言わずもがなビシャスである。

 それにぶつかり続けているのは少年ラウダ。


 大剣を地面に突き立てたまま、素手で相手をするビシャスに対し、彼は普段使いの真剣で勝負を挑んでいた。

 だがいくら素手対真剣でもそう簡単にビシャスが後れを取るはずなどなく。


 ラウダはどしゃあと勢いよく地面に吹き飛ばされた。


「それがてめえの本気か! その程度で死にたいなんてよく言ったもんだな!」

「くっ……」


 頬に付いた砂を拭うと、ラウダはその場で立ち上がり、再び剣を構える。


「死ぬつもりだったんだろ? だったらその気でかかってこい!」


 余裕を見せるビシャスを見る目には怒りを宿し。


「うわあああああああああああああ!!!」


 ラウダは大声を上げて剣を振りかぶった。

 しかしその一撃が相手に傷を負わせることはなく、またしてもラウダは勢いよく吹き飛ばされる。


「痛いか? 痛いだろ! それが生きるってことなんだよ!」


 早くも息が上がっているラウダは剣を地面に突き立てて屈み込むと、荒い呼吸を繰り返した。


「どうした? もう終わりか? それともまた逃げ出すか?」

「うるさい!!!」


 挑発にあっさりと乗せられ、ラウダはばっと剣を地から抜くと、素早く斬り上げる。

 が、再三吹き飛ばされるはめになる。


「偉そうな口利く暇があるならもっとぶつかってこい!」


 仰向けに倒れているラウダに怒鳴るビシャスに遠慮という文字はない。

 何度でも立ち上がり、剣を構える少年の姿に、男の目はぎらつくのだった。


 *     *     *


「暇だー!」


 隣の部屋からたびたび聞こえる聞き慣れた男の声に苛立ちを覚え、ガレシアは壁を殴りつける。


「まったくアイツは! 暇ならどっかに行きゃいいものを……」


 ぶつくさと文句を言う姿に、オルディナがふふっと笑った。


「ガレシアさんとアクティーさん、いつも仲良いですよね」


 それを聞くや否や、壁の方を向いていたガレシアがばっと彼女の方を向く。


「仲良しだなんて冗談じゃない! アイツはアタシを苛立たせる天才なだけさね!」

「でもガレシアさん、アクティーさんといるときは生き生きしてる気がしますよ?」

「そんなわけ……っくしゅん!」


 オルディナの意見を否定しようとした矢先、ガレシアはくしゃみをした。


「それにしてもすごい臭いだねえ……」


 鼻をすすると、彼女の手元に視線を移す。

 丸机の上に特殊な器具や採取してあった植物等を広げ、オルディナは薬を調合していた。


「慣れるとそうでもないんですけど……ごめんなさい」


 すり鉢でゴリゴリと何かの種を粉末状にしていた彼女は、手を止めガレシアの方を振り返り、謝る。


 彼女は今までも旅の道中、空いた時間にこうして薬を調合していることがあったので見慣れはしたものの、その独特な臭いだけはどうしても慣れなかった。


「謝らないどくれ。それも大事な作業なわけだし」


 彼女の才能は魔法にとどまらず、調合でも発揮されていた。

 どうやらあらゆるレシピが頭に入っているうえ、その応用もあっさりとこなせてしまうらしい。


 血が出るような外傷や、骨折による痛みなどは回復魔法で癒すことができるが、骨折そのものや腹痛、腰痛などの内部的な痛みを魔法で治すということはできない。そのためそういった治療は医者の担当になる。


 だが彼女の調合した薬には内部的な痛みを治すものや、毒消し、麻痺治しなど状態異常を治すものなど多くの種類が存在しており、彼女の存在はまさに医者泣かせとなっていた。


 とはいえ当の本人は自覚がないようだが。


 作業を再開するオルディナを見て、ガレシアはふと気になったことを聞いてみた。


「その薬ってどうにかして甘くならないのかい?」


 というのも、これらの薬はとにかく苦いのである。

 口に入れた瞬間苦みが口内いっぱいに広がると同時に、独特の臭さが鼻を刺激し、皆必ず一度はむせる。

 良薬は口に苦しとは言うものの、誰もが極力お世話になりたくないと思っていた。


 そのため味を変えれば多少は飲みやすくなるのではと思ったのだが、その提案はすぐに否定されてしまう。


「味を変えようと思ったら別の成分を混ぜることになるんですが、そうすると薬の効能が変わってしまって、効き目が悪くなってしまうんです」

「ふうん……うまくはいかないもんだねえ……」


 ガレシアがため息まじりにそう言うと、オルディナは困ったように笑った。


「味についてはよく言われるので色々考えてはいるんですけど……今後の課題ですね」

「じゃあ今後に期待させてもらうとするかねえ」


 そう言ってガレシアはベッドに腰かけると、もうひとつ気になったことを尋ねてみる。


「ところで、アンタの魔法も調合も父親直伝のものなのかい?」


 するとオルディナは小首を傾げ、うーんと小さくうなった。


「パパからは魔法も調合も基礎を学んだだけですね。あとは自分で本を読んで調べたり、色々試してみたり」


 その話を聞いてガレシアは感嘆の声を漏らす。


「アンタ本当に天才なんだね……」


 しかしそう言われたオルディナはぶんぶんと首を左右に振った。


「天才だなんてそんな……何となくできちゃっただけで……」

「……それを人は天才って呼ぶんだけどねえ」


 その様子を見て、ガレシアはため息をつくと、小声でぼそりと言う。

 それが聞こえなかったオルディナは不意に手を止め、そうそうとあることを話した。


「私の家には魔法書がたくさんあって、ハーブを育てている小屋なんかもあるんですよ。いつかご招待させていただきますね」

「へえ。楽しみにしてるよ」


 お互い嬉しそうに微笑みながら2人は会話を続ける。

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