5‐2
何故なのかは分からない。でも――でも、その後の言葉が出ない。
ローヴは、自分を背に戦うラウダを見つめるばかりだった。
テンポのよい動きで剣を振り、時には刺し、ラウダとハウリングの群れの攻防戦は続いていた。
しかし左腕が使えなくなった分、剣の軌道が大きくずれ、勢いは半減していた。にも関わらず敵は逆に勢いを増すばかりである。
次から次へと跳びかかってくる。
そして、手前の敵にばかり気を取られすぎていたため、気づけなかった。
「うわあっ!」
群れの後ろから1匹のハウリングがすごい跳躍力で跳びかかってきたことに。
敵はそのままラウダを押し倒し、眼前に鋭い牙を向けた。
左腕が動かせないため、剣で何とか抵抗するものの、この体勢では確実に不利である。
おまけに敵は1匹だけではないのだ。餌に食いつくように次から次へと群がってくる。
そこで初めてローヴが動いた。腰に下げていた剣の柄にゆっくりと、震える手をかけた、が。
「うおおおっ!」
威勢の良い声と共に槍がラウダの上にいた敵を振り払った。
言わずもがな、ノーウィンである。
彼はそのまま槍を振り払いさらに蹴散らすと、今度は立ち向かってくる敵に深々と突き刺した。
それを横へ払い投げると、そこから前線へと駆け出す。
そこへセルファが駆けつけ、倒れたままのラウダの脇にしゃがみこんだ。そして左腕に左手をかざすと、小さく言葉を紡ぐ。
「アースヒール」
黄の光があふれる。
するとたちまち傷が癒え、傷跡もすっかり消えてしまった。
「これが、魔法……」
前回の戦いでのセルファの魔法を見ていないラウダは、その力に目を丸くしていた。
セルファは立ち上がると
「立って。戦いはまだ終わっていないわ」
とラウダに告げた。
そして一瞬、ローヴの方を見つめた。が、何も言わずにすぐにノーウィンの方へ駆け出した。
ラウダは立ち上がると、同じくローヴの方を見た。彼女は相変わらず無言のままだったが、
「待ってて。すぐに終わらせてくるから」
そう声をかけると、顔を上げてラウダを見つめた。
何か言いたげな顔だったが、それを待たずに彼もまた駆け出した。
何の根拠もなかった。また仲間を呼ばれるかもしれないし、もっと強い魔物が出てくるかもしれない。
でも、口がそう言ってしまった。そう言わなければいけない気がした。
それは、嘘になるのだろうか。
ノーウィンの槍が勢いよく敵を貫き、セルファのダガーが敵を切り裂く。重い一撃と素早い数撃。
初めて会った時はどうしてこの2人が共にいるのか分からなかったが、今では少し、それでもほんの少しだけだが分かった気がした。
互いに互いを支え合う戦い。どこで攻撃が仕掛けられるのか、どこで防御するのか。互いの動きを分かっている。
だから強いのだろうか。
だが、一緒にいる以上、まかせっきりにはできないから。
それに――
駆けながら、再び跳びかかってきたハウリングを斬り捨てる。左腕が使えるかどうかではまるで感覚が違う。今度は狙った場所にきちんと攻撃できる。
脇に駆け寄り口を大きく開けたところを、相手を持ち上げるように斬り上げる。
ふと気がつくと目で数えられるほどになっていた。
あと5体。
ノーウィンを狙って2匹が交差して襲いかかる。
しかし脇目も振らずに槍を振り下ろすと、そのまま横に跳躍。
標的のいなくなった目的地では代わりにセルファがダガーで切り払う。
あと3体。
振り下ろした槍はそのまま、近づいてきたハウリングに振るわれた。
甲高い鳴き声と共に勢いよく吹き飛ぶ。
ダガーは相手を突き刺し、もう1本で切り捨てられた。
あと1体。
仲間が倒れてもひるむことなく牙を向き、よだれを垂らし、2人に突っ込んでくる。
セルファが再び武器を構えようとしたが、後ろからの気配に気づき、下ろした。
敵が跳び上がり、かみつこうとする。が、2人の間から鋼の剣が突き出され、跳躍の勢いのまま胴体部から、自らそこに突き刺さった。
口を開けたままうなだれたものは、剣先を下に向けるとその重みでずるりと落ちた。
ラウダはそっと剣を振るい、汚れを落とすと、鞘に収めた。
「所詮欲望の塊……そこに連携なんてないわ」
ダガーをしまうと、セルファが静かにそう言い放った。
「とにかく……これで全部か」
ノーウィンは表情を緩めると槍を元通りにしまった。
そして辺りを見回しため息に似たものを吐き出した。
「ひどい有り様だな、これは……」
もともと草原だったものが、ハウリングの肉と血とで埋め尽くされ、その毛のせいで全体が黒く見える。
その奥ではセルファの使用した魔法の影響で、広い範囲にわたって地肌が剥き出しになってしまっている。
「なんでこんなに集団で……」
ラウダもたまっていた息を吐き出すと、改めてひどい目にあったのだと実感した。
「肉体はいずれ土に還る。放っておいても大丈夫よ」
しかしセルファはまるで何事もなかったかのように再び歩き出そうとしていた。
その様子に思わずラウダはノーウィンの顔を見やった。すると彼は肩をすくめ
「まあ、このままここにいてまた襲われるより、さっさと立ち去った方がいいかもな」
最もな意見を述べた。そして少し離れたところにいるローヴの方へ歩き出した。ラウダもそれに続く。
長身のノーウィンはローヴの身長に合わせるように少し屈み、顔をのぞき込んで彼女の無事を確認する。
「大丈夫か? 怪我とかしてないか?」
ローヴは辺りの光景を見渡していたが、目を閉じ軽く深呼吸すると
「大丈夫です」
とだけ答えた。それを確認するとノーウィンは立ち上がった。
「よし、じゃあ目的地まであと少しだからな。行くとするか」
ただの掛け声にも励ましにも聞こえる言葉に、ローヴはゆっくり目を開け、うなずいた。
そしてラウダのほうを向くと、
「行こっか」
と微笑んだ。だがやはりどこかぎこちない気がした。
ラウダはしばらく悩んだが、普通に微笑み返すだけにした。
ローヴのことだ。きっと色々言っても無理をさせて困らせてしまうだけだろう。
ノーウィンが歩き始め、それにローヴが続いた。先に行っていたセルファがこちらを向き、待っている。
ラウダは何気なく右手を見た。
今回の戦いでは紋様も光も放たなかった。あれは果たして何なのか。
だが、こちらに来てから自分の思いが変わりつつあるのは実感している。
ぎゅっと握り拳をつくると、胸に当てる。
先程の戦闘中に思った言葉。
――強くなりたい。
* * *
ようやっと到着した村、リース。
結局半日もかからないはずだったのが、丸1日かかってしまった。既に空は紅く染まっている。
さすがに村ということだけあってベギンの街と違い、のどかな場所である。人の声より牛や羊の声の方がよく聞こえる。
山のふもとであるため緩やかな斜面が続く。
ひとまず宿屋にて部屋を借りることを決めた一行は、村入り口の正面にある大きめの木造建築に入ろうとする。
その途中で村の様子を見渡していたローヴがあることに気づく。
「ここからどうやって他の場所に行くんだろう」
その言葉に気づいたラウダが同じように周囲を見渡す。
畑やかかしに家畜。木造の家々。山の方から流れてきた水は滝となり川となり、村の中央には池ができている。
そして村の周囲は木々で囲まれており、最奥には山が壁のようにそびえている。
「トンネルを使うのさ」
その疑問に答えるようにノーウィンが指差した、が。段差や家の陰になって見えない。
2人は横歩きに少し移動してみる。すると彼の言うとおり村の最奥の山壁に、ぽっかりと大きな穴が開いていた。
「行商人や旅人はあそこを抜けて、土地を行き来しているんだ」
後ろからノーウィンとセルファが歩いて近づいてくる。
「あの穴は何百年も昔に、ここにまだ村や町がなかった、未知の領域だった頃に人の手で長い時間をかけて完成したトンネルなんだ」
「え! 自然にできたんじゃないんですか!?」
穴が人工のトンネルだということに驚き、ローヴが目を細めてそちらを見る。
「ああ。機械も何もない時代に人の力だけで生まれた産物さ。偉大な先人ってやつだな」
そこでローヴがクスクスと笑った。
「何か可笑しかったか?」
困ったように頭をかくノーウィン。何が面白かったのかよく分からない。
ローヴは顔を上げると
「いや……ノーウィンさんってガイドさんみたいだなって」
そう言うなり、またクスッと笑う。
「ガイド?」
「だって、行く先々で色々教えてくれるから……」
それを聞くと、ああと困ったように笑う。
「それは2人にこの世界のことを教えようと思ってだな……俺だって色々考えてるんだぞ?」
どうやらノーウィンは彼なりに場を盛り上げるためにあれこれと考えてくれていたようだ。
元の世界に帰れるかどうかも分からない2人を明るくするつもりだったのだろう。
少なくともローヴには効果があったようだ。
「まあその知識も――」
「え?」
何事かをつぶやいたが聞き取れなかった。
思わず聞き返してしまったラウダに、ノーウィンは明るく笑ってみせた。
「何でもないさ。さて、そろそろ宿屋に行くとしよう」
そう言いながら宿屋へと歩み始めた。そんな彼をセルファがじっと見つめていたが、やがて彼女も歩き出す。
よく分からぬままローヴが空を見上げると、山の向こうから夜が迫ってきていた。
一瞬。ほんの一瞬だったが、ラウダはノーウィンが哀しんでいるように見えた。
もちろん理由は分からないけれど。
ローヴに呼ばれ、考え事を止めると、ラウダは気を取り直して宿屋へと向かう。