30‐5
夜、またしてもラウダは宿を抜け出して外にいた。
というのも、実はジェスト邸で目が覚めてからはろくに眠れず、夜は遅寝、朝は早起きという生活を繰り返していたのだ。
今夜もいつも通り眠くなるまで適当にと思い、外で散歩をしていると、町角から聞き慣れた声が聞こえてきた。
怪訝に思い、こっそりのぞいてみると、そこにはやはりイブネスの姿。
「姉上の件はどうなっている?」
そして彼が会話している相手は――ハインだ。
「各地で手を尽くしてはいるのだが、未だこれといった情報がなくてな」
申し訳なさそうにハインが言うと、イブネスはため息をついた。
「あんたを疑うわけではないが……俺はいつまでオルディナのお守りをすれば良いんだ?」
「……すまない。だが娘を私の手元に置いておくわけにはいかんのだ」
2人の間に沈黙が流れる。
「……あんたは一体何をしているんだ?」
「前にも言ったがその質問には答えられん」
今度は2人の間に険悪な雰囲気が漂い出した。
「それは娘よりも大事なことなのか?」
「…………」
イブネスに責められ、ハインは黙り込む。
またしても2人の間に沈黙が流れた。
イブネスは再度ため息をつくと、口を開く。
「引き続き情報収集を頼む」
「分かった」
ハインがうなずいたのを確認すると、彼はマントを翻し、宿へと帰ってしまった。
残されたハインは1人空を見上げる。
「……これはオルディナのためでもあるのだ」
自分に言い聞かせるようにそう言うと、彼もまたラボの方へと去っていった。
「姉に、お守り、か……」
どうやらイブネスにも深い事情があるようだ。
しかしラウダはぶんぶんと首を横に振る。
「……僕には、関係ない」
そしてラウダもその場を離れた。
* * *
翌朝、出立の準備を整えた一行はラボを訪問していた。
近くにいた研究員にオルディナが話しかける。
「あの、ウーテン様は?」
「いつも通り、まだ寝てらっしゃいますよ」
「やっぱりそうですよね……コンパスの件や許可証の件でお礼を言いたかったんですけど……」
本当に昼夜逆転型なんだなと呆れる一行を他所に、オルディナが困ったように言うと、研究員は彼女に笑いかけた。
「それなら私から伝えておきますよ」
「ありがとうございます。お願いします」
ぺこりとお辞儀をしたオルディナは、あっと何かを思い出したように顔を上げる。
「パパ……ハインはどちらにいますか?」
その質問に研究員は首を傾げた。
「ハイン様ならもう立たれたようですが……」
「ええっ!」
何も聞かされていないオルディナは驚く。
「しばらくラボにいるって言ってたのに……」
しゅんとなるオルディナの元にイブネスが歩み寄った。
「……ハインなら昨夜会ったが、急遽立たなくてはならないと言っていた」
「ええっ!」
またしても驚くオルディナ。
「……引き続き娘を頼むと言われた」
イブネスにそう言われ、彼女は小さくため息をついた。
「もうパパったら、いっつもわたしに何も言わないんだから……」
ぷくーっとむくれるオルディナをイブネスがなだめる。
――それが嘘であることは、ラウダだけが知っていた。
その後一行は研究員に別れを告げ、ラボを出る。
「コンパスは手に入れた。あとは来た道を戻って、カノッサ南の港まで戻るだけだ」
「……また長いわね」
ノーウィンが地図を手にこの後の進路を告げると、セルファはやれやれとため息をついた。
皆で歩き出す中、ローヴは残念そうに都市を見渡す。
「時間があれば観光したかったな」
「また来りゃいいじゃない」
アクティーが気軽に言ってのけると、ローヴはぱっと明るくなった。
「そうですね!」
そんな彼女を見て、ラウダは無意識に立ち止まってしまう。
「帰らないの?」
「……え?」
ローヴが目をぱちくりとさせて彼を見た。
彼が久しぶりにはっきりと言葉を発したことに驚いた仲間たちも思わず立ち止まり、彼を見つめる。
皆の視線と、口をついて自然と出た言葉にラウダははっとなった。
「……何でもない」
そう言って口元を手で押さえると、彼は皆を追い越して先に行ってしまう。
何故あんなことを言い出したのだろう。
罪人である自分は帰るつもりもなければ、帰れるわけもない。
――それともまさかこの期に及んで未練でもあるというのか。
自分の心がよく分からなくなったラウダは1人早足でどんどん先へ行く。
仲間たちが慌てて後を追う中、ローヴは見えなくなってしまったその背を見つめた。
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