30‐3
一行は魔法庫へと足を踏み入れる。
中にはさらに小部屋が1つ。これまた鉄扉で閉じられていた。
ウーテンが、壁面にあるボタンをポチポチと押すと、小部屋の中でガコンガコンと大きな音が響く。
表向きは分からないが、何か大きな仕掛けが働いているようだ。
やがて音が静まると、ウーテンが小部屋の扉に触れる。それは魔法庫の扉同様に光り、すうっと消える。
そうして中に入ると、室内には固定された鉄の箱がひとつだけぽつんと置かれていた。
さらにウーテンが箱に手を触れると、ガチャリという音と共に箱がその口を開く。
「魔法庫、小部屋、中の宝箱……厳重なロックだねえ」
そう言うガレシアは呆れた様子だ。
ウーテンがいなければどれも開かない仕組みだが、パターンは全く同じなのだから無理もない。
口には出さないが、もう少し工夫が必要だと思っていた。
「うむ、これを破れるものは絶対にいないアル」
しかしそれを褒め言葉だと思ったウーテンは、彼女が内心どう思っているかなど気づきもせず、うんうんとうなずく。
「これが惑わずのコンパスネ」
そして彼は箱から取り出したものを、先頭に立っていたノーウィンに手渡した。
横からひょいとアクティーがのぞき込む。
「んー、見た感じ普通のコンパスだけどな」
あまりにもあっさりと目的のものが手に入ってしまったので、まだ何かあるのではと訝しんでいるアクティーだったが。
「……いや、水の流れを感じる」
そんな不安をイブネスが払った。
「水鬼の証を持つあなたがそう言うなら間違いなさそうね」
セルファがここまでの旅路を思い返し、ため息をつく。
実に長かった――が、本番はこれから。本来の目的は精霊に会うことだ。
「ウーテン」
「分かってるアル」
小部屋から出ると、ハインとウーテンは目で何かを示し合わせた。
再び壁面にあるボタンをポチポチと押す。
そして仕掛けの作動音が止むと、ウーテンとハインは2人だけで小部屋に入っていった。
「ハインさんの用事って何だろうね」
ローヴがオルディナに尋ねるも、彼女はうーんと首を傾げる。
娘といえど、彼女も詳しく知らされているわけではないらしい。
「キィエエエエエエエエエエッ!!!」
突然、小部屋から奇声が響き渡り、一行はびくっと身を震わせた。
声はウーテンのものだが、明らかに尋常ではない。
「どうした!?」
慌てて小部屋に飛び込むと、彼は頭を抱え、全身をぶんぶんと振り回すような面妖な動きをしていた。
状況がさっぱり分からない。
「パパ、一体何が?」
困惑しつつもウーテンの隣に立つハインにオルディナが問うと、彼は険しい顔でこちらを振り返った。
「ここに安置していたものがなくなっていた。箱が空いていたところを見るに……盗まれたようだ」
一行は顔を見合わせる。
ここは魔法庫。
衛兵の目もあればトラップもあり、ここまで見てきたようにウーテンの手でしか開けられない箇所もある。
盗まれるなどということがあり得るのだろうか。
「あり得ないあり得ないあり得ないアルうううううううううう!!!」
ウーテンはしばらく激しい動きを繰り返していたが、やがてゼーハーと息を切らして止まった。
「一応確認だが、前に取り出してそのまま開けっ放しでーってことはないよな?」
アクティーが問うと、ウーテンは素早くこちらを振り返る。
「馬鹿言うなアル! そもそもあれは吾輩とハインしか知らな」
「ウーテン」
ウーテンの言葉を遮ると、ハインは静かに首を左右に振る。
「なくなったものは仕方ない。このことは忘れるのだ」
「なっ!? あれは貴重な研究素材アルよ!? それこそ、この世界の歴史を覆すような」
「ウーテン」
再度名を呼ばれてたしなめられるが、彼は諦めきれないらしく、地団太を踏んだ。
「……何が入っていたのだ?」
ネヴィアが問うも、ハインは語ろうとせず、目を閉じる。
場が静まり返った。
「パパ……?」
オルディナが不安そうに父の顔をのぞき込む。
彼はしばし何かを考えた後、ゆっくりと目を開けた。
「天より降りし黒い石」
「なっ!?」
ハインの言葉にガレシアが声を上げる。
それは、彼女が父の死の真相を知るために追い求めているものだ。
思いもよらぬところでその言葉を聞いたガレシアは、ハインに詰め寄る。
「教えとくれ! あれは一体何なんだい!?」
彼女の鬼気迫る表情に、ハインが怪訝な顔を浮かべた。
「君は? 石のことを知っているのか?」
しかしガレシアはそれに答えることなく、さらに詰め寄る。
「何だっていいんだ! あの石について知ってることなら何でもいい!」
「落ち着けガレシア!」
必死なガレシアをアクティーが止めようとするが、彼女は聞き入れようとしない。
「落ち着けるわけないだろう!? あれは父さんの……!」
「落ち着きたまえ」
それをハインが静かになだめる。
「私ならきちんと話を聞く。だからまずは落ち着きたまえ」
「…………」
ガレシアは胸に手を当てると深呼吸を何度か繰り返し、ようやく落ち着きを取り戻した。
そしてゆっくりと、昔を思い返しながら話し始める。
天より降りし黒い石を探しに出たあの日のことを。
父と別れたあの時のことを。