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たどり着いた森の奥には目を奪われるほど立派な大樹が生えており、その前にこれまた目を奪われるほど美しい金髪の女性が立っていた。
しかし、彼女が人間でないことはその背から生えている透き通った4枚の羽を見れば分かる。
髪に巻き付けている葉や花を揺らしながら、彼女はこちらへと歩み寄ってきた。
「お待ちしていました」
「待っていた? 俺たちをか?」
ノーウィンが問うと、彼女は静かにうなずく。
「わたくしの名はポリン。この森に住まう妖精ポワンの取りまとめをしております」
「ポワン……あ、もしかしてあのゼリーみたいな子たち?」
ローヴがそう言うと、彼女は再度うなずいた。
「はい。きちんと案内できたようで何よりです」
「うきゅ!」
ポリンと名乗った女性の足元にいるゼリー、もといポワンが当然だと言いたげに鳴いた。
「ええと、分かってなくて申し訳ないんだけど、森の外にいた妖精たちとは種類が違うのかい?」
ガレシアがポワンを見ながら、マルメリアへ向かう途中に襲ってきた少女型の妖精たちを思い出す。
「あれはピクシー。妖精の成りをしてはいますが魔物の一種です。対してこの子たちポワンは心を司る妖精。人を襲うことは絶対にありません」
「心を司る?」
皆が首を傾げると、ポリンはにこやかに微笑んだ。
「人の優しさや明るさといった心のプラス面が実体化した存在だと考えていただければ」
「心のプラス面が実体化した存在……」
ポリンの言葉を繰り返すガレシアは、赤いポンポンを楽しそうに左右に揺らすポワンを見つめる。
「あの、それで、どうしてわたしたちを待っていたんですか?」
「証を持つあなた方にいくつかお伝えしたいことがあったからです」
オルディナの問いに答えると、ポリンは寂しそうな表情で足元のポワンを見た。
「近年、ポワンの数が減少しているのです」
そんなポリンに対して、ポワンは寄り添うように側に跳ね寄る。
「どういうことだ?」
「先にお伝えしたように、ポワンは心のプラス面が実体化した妖精。故に本来は世界中に存在しているもので、遠い昔には人と共存していたこともありました」
人と共存と言われ、町や村にポワンがいる様を想像するも、いまいち実感が沸かない。
一体どれほど昔の話なのだろうか。
「しかし時を経るにつれて、人同士の争いや魔物の襲撃などが増え、人々の心から優しさや明るさが消えつつあるのです」
「人のプラス面が消えると、それを司っているポワンの数も減るわけか」
アクティーがそう言うと、ポリンはその通りだとうなずいた。
「今、世界でポワンが住んでいるのはこの森のみ。ここからポワンがいなくなるということは人々の心が完全に荒んでしまったということです」
「それはつまり、世界の滅亡ということ?」
それまで黙って聞いていたセルファが反応し、口を開くが、ポリンは首を左右に振る。
「ポワンがいなくなった瞬間、世界が滅亡するわけではありません。ですが、それが滅亡への兆候であることには違いないでしょう」
思いもよらぬ現実を突きつけられ一行は黙り込むが、ポリンはさらに話を続けた。
「それからもう一つ。世界に流れるマナの量が減少しています。それも近年急速に」
「マナが?」
「わたくしたち妖精はマナの塊のようなもの。世界からマナがなくなるようなことがあれば、わたくしたちはもちろん存在できませんし、人々は魔法を使えなくなります」
「魔法が使えない世界……」
一番魔法を多用しているであろうオルディナが信じられないという風につぶやいた。
「マナがなくなっている理由は?」
アクティーが問うも、ポリンは首を横に振る。
「分かりません。ただ、誰かが何かに使っていることは間違いないでしょう。とにかく減り方が尋常ではないのです」
彼女の言う通り、魔法使の数が増えたとか1人当たりのマナの使用量が増えたとかでは世界からマナが減少するなどということはないだろう。
誰かが故意にマナを大量に使用している――それを考えた時、皆の頭に同じ存在が浮かんだ。
「帝国……」
セルファが厳しい表情でそう言うと、ノーウィンもうなずく。
「可能性は高いだろうな」
「マナを大量に消費する方法か……嫌な予感しかしねえな」
思い悩むアクティーだが、そんな方法など皆目見当がつかない。
「けどこれは重要な内容だねえ……教えてくれて感謝するよ」
ガレシアが礼を言うと、ポリンは首を横に振った。
「このままではポワンたちもわたくしも消滅してしまう運命。ですからこれはわたくしたちからのお願いでもあるのです」
「うきゅー」
ポリンがそう言うと、足元のポワンがぴょんと飛び跳ねる。
どうやらポワンもお願いしているらしい。