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ボクたちのてのひら【旧版】  作者: 雨露りんご
第5話 のけ者ぼっち
16/196

5‐1

 広がる大地。

 遠くには連なった山々が見える。

 暖かな日差しが降り注ぎ、空を見上げれば綺麗な青が広がる。

 こんな日には弁当でも持ってピクニックに行きたいところだ。


 しかし、ベギンの街を旅立った4人はピクニックどころではなく、今まさに戦闘中であった。


「やあっ!」


 威勢のある声と共に、ラウダは敵を斬り上げた。

 既に極限まで弱っていた魔物はその場に倒れこみ、2度と動かなかった。


 街を出てからというもの、なかなか気が抜けない。

 てっきり魔物は薄暗がりな場所を好むものだとばかり思っていたために、すっかり油断していたのだ。


「よし、それで終わりだな」


 剣をしまうラウダに向かってノーウィンが声をかけた。その横ではセルファがダガーをしまっていた。

 これで何度目だろうか。次の目的地まで半日と聞いていたが、既に数時間は経っている。この分では半日以上かかりそうだ。


 彼らを足止めしているのは、遺跡で出会ったゴブリンとは違う、4つ足で黒い毛を持つ犬のような狼のような魔物である。ハウリングというらしい。

 その名のとおり、遠吠えで仲間を呼び、大勢で獲物を仕留めるそうだ。今のところそのような事態には陥ってはいないが、当然ゴブリンより知能は上である。


 ラウダは一息つくと、何気なく後ろにいたローヴの方を見やる。

 そこには何やら難しい表情があった。


「どうかしたの?」


 首を傾げながら尋ねるが、ラウダが近くにいると気づかなかったようだ。

 はっと我に返り、こちらを向いた。そしてそっと首を横に振る。

 ラウダはローヴの近くに寄ると


「大丈夫。きっと元の世界に戻れるよ」


 と言った。


 恐らく日常が非日常へ変わってしまったことに不安を抱いているのだろうと考えたのだ。

 だからこそ励ましたつもり、だった。


「それにノーウィンもセルファも力を貸してくれるよ」


 そう言うと、ローヴはそっと目を伏せ軽く深呼吸をした。

 それからゆっくり目を開けると


「ごめん。ボクは大丈夫だよ」


 微笑んだ。

 そんな2人の様子を見て、ノーウィンは何事かを考え込んでいた。

 彼の顔をのぞき込むようにセルファが近づいてくる。


「いや、悪い。大したことじゃないさ」


 彼女にそれだけ答えると、2人を呼び寄せた。


「この先に村があるんだ」


 そう言って指差した方向には少し山が開けている場所がある。


「あと少し、ですね」


 示された方向を見やりながらローヴが言った。

 村はまだ見えないが、目算して1時間もかからないだろう。


 邪魔さえ入らなければ、だが。


 突如セルファが先程しまったダガーを再び抜き払った。

 そして仲間たちがそれに反応するより早く、鋭い遠吠えが辺りに響き渡る。


「また来たか!」


 ノーウィンはそう叫ぶと素早く槍を抜き、宙で円を描くように大きく振るって構えた。

 ラウダも同じく、剣を両手で支えるように構える。


 この感覚にはまだ慣れないが、やらねばやられるということは理解しつつあった。

 敵の声はするのだが姿が見えない。相手は素早いため、一瞬でも油断すれば命取りとなる。


 ふとローヴに視線が流れた。


 そこでぎょっとなる。


 彼女はまたあの難しい顔をしていた。武器も構えずに。


 さらに悪いことに、ハウリングが2体、彼女目がけて猛スピードで突っ込んできている。


「ローヴ!」


 ラウダは彼女の前に立つ形で、向かってきたハウリングを右から左へと横に()いだ。

 斬り払われた1体は跳びかかってきた勢いのまま吹き飛んだ。

 その際甲高い鳴き声を上げたが、地に着く頃にはただの肉塊と化していた。


 共に突進してきたもう1体は、鋭い牙をラウダに向けて迫りくる。

 今度は先程の勢いのまま左から右へと斬り捨てた。

 剣の軌跡に沿って鮮血がほとばしる。


 そこで初めて前へと向き直ると、10体、いやそれ以上。

 皆牙を剥き、よだれを垂らしながら駆けてくる。


 ラウダは後ろを振り返った。ローヴは相変わらず動かない。何も言わない。

 ただただ、倒れた物を見つめていた。

 そんな彼女の後ろに視線を移すと、ノーウィンとセルファがそれぞれに群れの中心で武器を振るい応戦していた。彼らが武器を振るうたびに数体の肉塊と鮮血が飛び交う。


 やはり強い。


 ラウダは改めて彼らの強さを実感していた。


 するとそこで左腕に鋭い痛みが走った。


 慌ててそちらを見やると、1体が腕にその鋭い牙を突き立てていた。振り払おうとするが、相手はそのまま食いちぎらんとするほどの力でくわえて放さない。

 このままでは本当に腕が無くなりかねない。


 助けを呼ぶべきだが痛みに圧されて声が出てこない。


 不意に、セルファが以前ぼんやりするなと言っていたことを思い出した。


 完全に油断していた。


 痛みに意識を持っていかれそうになりながら、ラウダは剣をつかむ右手に力を込め、歯を食い縛り、思いきり敵の顔に突き刺した。


 顔面から血をあふれさせだらだらと流すそれは、口をだらりと開け、よだれと血とを零した。

 ようやく解放された左腕をそこから外し、剣を思いきり横に振った。

 その勢いで肉塊は剣からずるりと抜け、横に崩れた。


 腕は歯型が見えないほどに紅く染まっていた。感覚がない。しかし、ひるんでいる場合ではない。

 動かない左腕を垂らしたまま、ラウダは再び剣を構え直した。


 *     *     *


 前後左右。足元のどこを見てもハウリング。完全に囲まれた状態である。

 しかしノーウィンはそれにひるむことなく、槍を可能な限り長く持ち直すと、勢いよく旋回した。

 槍は剣と違いリーチが長いため、広範囲の敵が吹き飛ばされる。

 自身を囲んでいた敵を振り払うと、ばっと顔を上げ、周囲の様子を確認した。


「ゴブリンに続いてこいつらまで……」


 敵の数が異常すぎた。とりあえず数え切れない。

 大げさかもしれないが、もしかすると百近くの数がいるのかもしれない。

 思わずそんな考えを持ってしまうほどに。


 数が多い時にはセルファの魔法を持ってすればさっさと片付けられる。

 しかし、当の本人はハウリングの海の中である。


 本来攻撃と魔法、2つの戦法を持つ彼らにとっては単数も複数も関係なかった。

 しかし前回のゴブリン、そして今回のハウリング。通常出てくる数とはわけが違う。


 彼女もいくら戦歴があるとは言え、自慢とするのは魔法と素早さ。

 ノーウィンほどの腕力がなければ、リーチも短い。下手をすれば危機に陥ることもある。


 ――この異常も世界崩壊への一歩ってわけか?

 ――違うわ……これはきっとソルが現れる前触れ……


 2人の少年少女を助けた翌朝。その時のセルファの瞳は希望に輝いていた。

 今思えば、彼女の勘は当たっていたのだ。


 海の向こうでゴブリンが大量発生していると聞いたとき。森の奥に気配を感じたとき。そして少年の戦いを見ていたとき。彼の、崖から落ちたという話を聞いたとき。


 何故ゴブリン退治に連れて行ったのか。それは薄々気づいていたからかもしれない。

 だが現状での一番の心配は相棒ではなく、ラウダとローヴであることにも違いない。

 いくらセルファが勇者だと認めても、彼が戦い慣れていないのは事実であるし、ローヴに至っては――


 そこでノーウィンは顔をぶんぶんと横に振った。


 戦闘中に無駄な思考を働かせることは敵に背を向けることと同じ。命を落としたい人間がすること。


 “あの男”はそう教えてくれた。


 そして、考える労力があるならば敵を打ち倒すために体を動かせ、とも。


 ノーウィンは一瞬表情を緩めたが、次の瞬間には厳しい表情で駆け出していた。

 追ってくるハウリングを物ともせず一直線に走る。


 彼らを誘った以上、責任は持たなければ。


 *     *     *


 幾多ものかみつきを軽やかな跳躍で避けると、1回転し、囲んでいた敵の外側へ回り込んだ。

 すると、敵はすぐにまた標的を囲むべく追いかけてくる。

 それを両手に構えたダガーで切り捨てると、敵の攻撃を跳躍でかわし、逃げ、追われ、逃げ――


 キリがない。


 しかし、彼女は何も考えずに行動しているわけではない。

 味方の配置。敵の数。自分が降り立つべき大地。一瞬の隙。


 戦況を把握することは戦士としての基本である。


 “あの人”がそう教えてくれた。


 大地に足をつけるものは全て彼女の手のひらにいるも同然である。

 セルファは着地をすると、素早く手を動かし始めた。

 まるで1つの舞の如く。魔法を体現する。


「鬼ごっこはお仕舞いよ」


 それだけつぶやくと高々と跳躍、再び迫り来るハウリングの群れに手を突き出した。


「テラ!」


 その掛け声と同時に魔法が完成し、多数の岩塊が地面から浮き上がり、全ての敵に降り注ぐ。

 大地の初級魔法テラ。初級なだけに威力はそれほどではないが、この群れには十分である。


 岩塊に撃たれ、身を削られると、敵は次々に倒れていく。全てがそれで倒れるわけではないが、ひるませられればそれでいい。

 その一瞬ともいえる隙に、敵の合間に着地。今度はダガーによる多段攻撃を当て、確実に敵の息の根を止める。


 魔法と素早さこそが彼女の戦法。


 その魔法が効果を現し終える頃には、立っている敵はいなかった。


「私はソルを導かなければならないの」


 つぶやくようにそう言うと、素早く駆け出した。

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