27‐2
橋を渡り切るのには最低でも3日を要する。
露店や人々の往来を眺めながら歩いていた一行はやがて、複数あるうちの適当な休息所に入り、休むこととなった。
そして翌日。
休息所は宿と違って簡易な寝床を提供しているだけなので、近くの店で朝食を買うと、それを手に、さらに歩いていく。
店の中には食べ物を販売しているところも少なくないようで、甘いものが出ている店の前ではローヴとオルディナが誘惑に負けそうになっていた。
それからしばらく先へ進んだ頃、一行の耳に聞き覚えのある声が届く。
「いらっしゃーい! ウチの店はいつでも大特価、出血大サービスやでー! そこのお兄さんもお姉さんもニコニコなること間違いなしやでー!」
その特徴的なしゃべり方に思わずそちらを見やると、口に筒を当てて呼び込みをする少女の姿。
タートの村で出会った商人娘のタアラだ。
「世界各地のええモン揃い踏み……って、ああーっ!」
一行が声をかけるよりも先に彼女がこちらに気づく。
「アンタら久しぶりやないの! 元気しとった!?」
そう言ってぶんぶんとこちらに手を振る彼女の姿に思わず笑ってしまった一行は、店の前へと足を運んだ。
「タアラちゃんこそ元気そうじゃない」
アクティーがそう言うと、彼女は手を腰に当てる。
「そりゃ、元気がウチの取り得やもん!」
「おっと、こりゃ見覚えのあるお客さんが来たもんだ」
どやっと言ってみせるタアラの元へ、荷物を手にした彼女の父バルベッドがやってきた。
さらにその後ろからは――
「マル?」
同じように荷物を手にしたマルコがやってきたのを見て、ノーウィンが名を呼ぶと、彼は目をぱちくりさせる。
「ノーウィンさん!?」
やがて興奮した様子で彼の元へと駆け寄ってきた。
「お、お、お久しぶりッス! あ、あの、その」
「おいおいマル、話は荷物を置いてからだ」
感激しているところをバルベッドが呼び止めると、彼は慌てて荷物を所定の位置へと置きに行く。
「こんな所で会えるとはねえ」
そんなマルコの姿を見て笑うガレシアの言葉に、タアラが口を開いた。
「そらここは商人の稼ぎどころやからね」
「とはいえ、通行許可証制度導入のおかげで客足はさっぱりだがな」
父親にそう言われ、タアラはむうと腕を組む。
彼の言う通り、並べられた武器や道具が売れている様子はない。
「このタアラちゃんの売り文句も品揃えも問題ないのに、国の偉いさんが余計なことするからや」
文句を言う彼女をなだめるバルベッドの横から、荷物を置いたマルコが顔を輝かせながらやってきた。
「ノーウィンさんはどうしてここに?」
相変わらずのファンっぷりに後ろで仲間たちが小さく笑う。
それに少々恥ずかしさを感じつつも、ノーウィンが質問に答える。
「ああ、今はマルメリアを目指してるんだ」
その言葉を聞いて、タアラが何かを思い出したようにせやっと声を上げた。
「金髪の兄ちゃん、カルカラで芝居したんやってな! 見たかったわー」
言いながら、ラウダの方を向き――首を傾げる。
「あれ……兄ちゃん、なんか雰囲気変わった?」
会話に参加することなくだんまりを決め込んでいるラウダに話しかけるタアラを見て、一行はぎくりとなった。
しかしそれに気付くことなく、彼女はぐいぐいと話しかけていく。
「何かあったんか? せや! こういうときはウチが相談に」
「タアラ」
そこでバルベッドが少々強い語調で娘の名を呼んだ。
「人には事情ってものがある。それを詮索しようとするのは感心しないな」
「えー? でも商人はお客さんに寄り添うもんやろ? きちんとお客さんの心を理解せんと」
眉間にしわを寄せるタアラに、バルベッドは静かに首を横に振ってみせる。
「理解することと詮索することはまるっきり逆の行為。それは人の心を遠ざける、人として一番やってはいけないことであって、商人と客の関係以前の問題だ。分かるな?」
父にたしなめられた娘は口をつぐみ、黙り込む。
だがすぐに真剣な眼差しで父を見つめ、分かったと一言返事をした。
そしていつもの明るい表情に戻ると、再度ラウダに話しかける。
「ごめんな、兄ちゃん。さっきのは気にせんとって」
ラウダは返事をしなかったが、タアラはそれを気にしていないようで、話題を変えた。
「そうそう、マルのことなんやけどね」
唐突に自分の名前を出され、驚く彼をそっちのけに、彼女はにこやかに話を続ける。
「なんと! ウチら親子専属の護衛になったんや!」
「専属の?」
ノーウィンはその場の雰囲気が崩れなかったことに安堵しつつ、マルコに尋ねてみた。
「あ、そうなんッス! 2人に一緒に来ないかって誘われて、これも修業の内だと思ったんッス」
なるほどとノーウィンが笑顔でうなずく横で、アクティーがタアラに問う。
「で、タアラちゃん的にマルはどうよ? 強くなってるか?」
「まだまだやね」
タアラにきっぱりと言われてしまい、マルコはがっくりとうなだれた。
その様を見て皆が笑っていると、不意にバルベッドが口を開く。
「ところで。ここへ立ち寄ったってことはもちろん何か買って行ってくれるんだよな?」
にかっと笑う彼の横で、タアラもまたにかっと笑う。
「せやせや! まさかおしゃべりだけで帰るわけあらへんよな?」
その商人根性丸出しのオーラに圧倒された一行は引くに引けなくなった。
「手強いな……」
アクティーが大げさに額の汗を拭う動作をして見せる。
その後ろからネヴィアが皆に声をかけてきた。
「だが、ここの商品は良品ばかりのようだ。各々武器を買い替えるのも良いかもしれないな」
「おお! 姉さん見る目あるなあ!」
彼女の言葉にタアラは目を輝かせ、それぞれの商品を紹介し始める。
「これは魔石を用いて作られた剣で、物理攻撃が効きにくい敵もスパッといける代物や。こっちはミスリル銀を使用した杖で、持ち手の部分には妖精の森の木を使用してる。マナの収集力が圧倒的に変わるから魔法使なら誰もが欲しがる一品やね。それから――」
説明しながら彼女は一行の武器を確認し、それぞれに合ったものを順に見繕っていく。
作業をしつつも商品の説明がすらすらと出てくる辺りもそうだが、力や身の丈に合ったものを適切に選んでくるのを見ると、そこらの商人よりも十分頼りになる。
経験を積んでいるからというのもあるかもしれないが、どちらかと言うと才能の一種だろう。
新しい武器を確認する皆の後ろで、タアラがネヴィアの武器を見て首を傾げる。
「これ珍しい武器やね……初めて見たわ」
「ああ、これは二丁魔拳銃と言って、一般には普及してない代物だ」
「ちょっと見してもろてもいい?」
ネヴィアはうなずくと、タアラに一丁の銃を手渡した。
彼女はそれを色々な角度から見ると、再度首を傾げる。
「これ、弾入ってないやん」
「それは私のマナを魔法に変換して弾として発砲する。実弾は不要だ」
タアラはふーんと言った後、何やらブツブツとつぶやき始める。
「全面にミスリル銀が使われてる……これでマナの収集力を上げてるんか……このグリップは……ああ、そか……」
しばらくして、観察し終えた彼女はネヴィアに銃を返した。
「なかなか興味深いもん見してもろたわ。おおきに!」
ネヴィアは小さくうなずくと、銃を元通り腰に提げているケースにしまう。
結局ネヴィアの武器は特殊なため、彼女以外が武器を買い替えることとなった。
新調した武器に問題がないことをチェックした後、ノーウィンはタアラに金額を確認する。
良い機能の付いた8人分の武器。結構な額になるだろうが、今ならオルディナの掃除代がある。
しかしタアラの提示した金額は明らかにいくらか安いものだった。
「本当にこの値段で合ってるのか?」
ノーウィンが問うと、タアラは明るく笑った。
「兄さん忘れたん? 今後旅先で会うことがあったら、アンタらには特別価格で用立てたるって前に言ったやろ?」
そういえばそんなことを言っていたと思い出すも、本当にそれで良いのか少々思い悩む。
だが、タアラの方も譲る気はないらしい。
「タアラちゃんの言葉に二言なし、や! ほらほらさっさと払った払った!」
「はは、じゃあお言葉に甘えて」
ノーウィンは笑顔を浮かべると、支払いを済ませた。
その様子を見ていたローヴがふと気になったことを尋ねてみる。
「ねえ、タアラはどうして商人をしてるの?」
「へ?」
「いや、お金を稼いで何かやりたいことでもあるのかなって」
その質問にタアラは少々面食らいつつも、すぐに答えを出す。
「そりゃあ、あれやん。タアラちゃんランドを造るためやん」
「……え?」
斜め上を行く返答にローヴが困り顔を浮かべる。
タアラはくるりくるりと楽しそうにその場で回り出す。
「来る人来る人みんなが笑顔になれる、素敵な素敵なタアラちゃんランドー」
よくは分からないがどうやら遊園地のようなものらしい。
そのようなものを建造しようなど、大きな夢を持っているのだなと思っていると、タアラがピタリと回るのを止めた。
「……いつになったらツッコんでくれるん?」
「……え?」
「そない真面目に、すごいなあみたいな顔されても……」
呆れるタアラに戸惑うローヴ。2人のやり取りを見ていたバルベッドがため息をつく。
「お前のボケは難解すぎるんだよ」
「えー。気楽にボケられる初心者向けのボケやったんやけど」
どうやらタアラちゃんランドはただの冗談だったらしい。
ボケの難しさを痛感しているローヴに、タアラが突然真剣な表情で話し出した。
「ウチは商売が好きなだけやねん。お金はついでやね」
「え、そうなの?」
タアラは微笑み、目を閉じる。
「ウチの手を通じて誰かから誰かへ品が渡る。そしたらウチに品を渡してくれた人も、品を買ってくれた人も笑顔になる」
彼女は目を開けると、ローヴを見る。
「こんな嬉しいことってなかなかあらへんやろ?」
意外とまともな理由に驚くが、すぐにローヴは笑顔でうなずいた。
そんな彼女の話を、ラウダはじっと聞いていた。