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翌朝、シグオーンから「金を払うから乗船中は甲板掃除を続けてほしい」と依頼される。
動きやすいようにと手渡された船員服を着たオルディナは、結ってもらった髪がすっかり気に入ったらしく、毎朝起きるなり、同じ髪型にしてほしいとガレシアにお願いし、1人張り切っていた。
船では、愛らしい船員が増えたといううわさですっかり注目の的になった彼女を一目見たいと、仕事中に甲板に出てきてはデレデレする船員が多数発生。最終的にガレシアに一喝されるという実ににぎやかなイベントが発生していた。
ラウダもまた嫌そうな顔をしつつも清掃を続けていた。何かしていた方が気が紛れるのかもしれないし、単に退屈なだけなのかもしれない。
そんな彼の様子をちょこちょこ確認しに来るローヴも今は明るく過ごしている。
皆の楽しそうな姿に、ノーウィンは色々と考えるべきことはあるが、ひとまず状況が落ち着いていることに安堵していた。
にぎやかな船旅は、カノッサ南にある港に到着することで終わりを迎える。
「オルディナちゃん、本当に行っちまうのか……?」
「俺、オルディナちゃんの笑顔が見れなくなったら死んじまうよお……」
「このままここで一緒に働こうぜ?」
一行が船を降りようとすると、船員の皆が名残惜しそうにオルディナを取り囲んだ。
「ごめんなさい……わたし、行かないと……」
そこへやってきたガレシアは腰に手を当てると、船員たちを一喝する。
「アンタらいつまでウジウジやってるんだい! 女の子を困らせるんじゃないよ!」
そしてオルディナの手を引いて船を降りた。
「皆さーん、コンパスを手に入れたらまたお会いしましょうねー!」
「はーい!」
優しく微笑み手を振るオルディナに、船員たちはまるで子供のように手を大きく振り返す。
「恐るべし天然……」
それを見ていたアクティーは非常に真面目な顔でそうつぶやく。
さすがのノーウィンもその様に何も言えず、苦笑した。
「ったく末恐ろしい娘を連れてきたもんだな」
シグオーンは口ではそう言うも、実に楽しげに笑っている。
そしてガレシアとオルディナが合流したことを確認すると、手にしていた袋をノーウィンに手渡した。
「これが約束の報酬だ」
何の気なしに受け取ったノーウィンだったが、その重さに眉をひそめる。
中身を確認すると、金貨が大量に入っていた。
「待て、いくら何でも多すぎる」
「多くて困るもんでもないだろ」
シグオーンは大したことではないと言いたげに笑っているが、ノーウィンは首を大きく横に振る。
「こんなに受け取れない」
ガレシアも袋の中身をのぞき込むが、同じように眉をひそめた。
どう見ても掃除をしただけの人間に渡す量ではない。
「どういうつもりだい?」
何か裏があると見たガレシアは厳しい表情で男を見る。
「そう怖い顔するな。ただの気分さ」
明るくそう言うと両手を上げてみせる。裏はないと言いたいらしい。
「気分ねえ……」
だが手を下ろすと、シグオーンは真剣な表情になった。
「一つは、これからマルメリアまでコンパスを探しに行くアンタらの旅費として、だ」
「旅費?」
「もしコンパスが俺の手元にあればすぐにでもアンタらは神殿へ行けたわけで、面倒なことをする必要はなかった。これは俺の、いや俺たち一族の落ち度だ」
どうやらコンパスの件で責任感を感じていたらしい。
だが水の神殿へ行くのはこちらの都合。そんなことを気にする必要はないとノーウィンが言うよりも先にシグオーンは話を続けた。
「それからもう一つは」
男はそこで言葉を区切り、オルディナを見やる。
そして首を傾げる少女を見て、ふっと笑った。
「久しぶりに船をにぎわせてくれたお嬢ちゃんへの謝礼だな」
「なるほどねえ」
ガレシアはそう言うと、彼と同じように笑う。
「ええと……」
「可愛らしいアイドルへのお布施だと思っといてくれ」
困り顔のオルディナに、シグオーンはウィンクして見せた。
「そ、そんなわたし、大したことは……」
ぽっと顔を赤く染めるオルディナを見て、皆が笑う。
直後、何やら思い出したようにシグオーンが声を上げた。
「ああ、それともう一つあった」
「うん?」
「これからもよろしくごひいきにってやつだ」
言ってる意味がよく分からず、一行はしばらく考え込むが、すぐにアクティーが察する。
「それってワイロ」
「海賊流の挨拶さ」
それを最後まで言わさぬまま、シグオーンは背を向けると、ひらひらと手を振りながら船に戻っていった。
「元海賊が何言ってるんだか」
ガレシアは呆れた様子でその背を見送った後、ノーウィンが手にしている袋を見る。
「ま、受け取っとくしかないねえ」
「みたいだな」
ノーウィンは苦笑すると、袋の口を閉めた。
「シグオーンさんって海賊だったんですか?」
そこへローヴが気になったことを尋ねてきた。
「そ、そうだったんですか!?」
さらにオルディナが驚いた様子で問うてくる。その目はキラキラしている。
「ああ、そうさ。暴嵐のシグオーンっていう……まあその話は歩きながらしたげるよ」
歩き出したガレシアにローヴとオルディナがくっついていく。
「っつーか気づいてなかったのな……」
盛り上がる3人の背を見ながら、アクティーは呆れたように頭をかいた。
本人のあの風貌に巨大な船、数多くの船員たち。むしろ気づかない方が不思議なくらいだ。
「そういえばアクティー。家には寄らなくていいのか?」
「いい」
せっかくカノッサの町の側を通るのだ。
祖父に会ったことの報告や情報をくれた礼をすべきではと思ったのだが、アクティーは即答してさっさと歩き出してしまった。
これ以上家族間の問題に口出ししても仕方ない。
ノーウィンは小さく息をつくと、同じように先へ向けて歩き出した。
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